第92話 世は全て事も無し 2

エンリには、きちんと お弁当を食べさせたものの、小鳥遊クンにとっては、久しぶりの、まともな食事となる。

睡眠不足と空腹とが相まって、先程からお腹が「ぐーぐー」鳴りっぱなしだ。


「では、いただきます」

「うむ。馳走になるのじゃ!」


エンリは口一杯にサンドイッチを頬張る。

幸福そうな笑みに、小鳥遊クンも満足げに頷いた。


「そう云えばさ。エンリは どうして、わざと捕まる様な真似をしたの?」


そこだけが、ずっと疑問だったのだ。

あれこれ理由を考えたのだが、やっぱり不可解で……


エンリの養父としては、この機会に、彼女の心内こころうちを、どうしても知って置きたかった。


「ひょっとして、捕まっていた子供達の為?」


小鳥遊クンは、思い切って聞いてみる事にした。

考えた中では、それが一番しっくりくる理由だったのだ。


「……それは違うのじゃ、小鳥遊クン」


だがエンリは、それを静かに否定する。


「確かに、あの会頭とやらの頭を覗いた時に、子供達が哀れとは思うたがの。しかしじゃ、ただ、、わざわざこの身を動かしはせぬよ。もっと利己的な理由なのじゃ」


小鳥遊クンは、目を細めてエンリを見詰めた。


エンリの口からポロリと零れた「それだけの為には動かない」と云う台詞。

今は、それだけ聞ければ十分だった。


「つまり、「理由の1つではあった」って事だね」

「なっ!?」


小鳥遊クン会心の笑みに、エンリが赤面で答える。


彼女は、本来自分の身を守る為に従えていた<<使い魔>>を、子供達の身を守る為に置いて行った。

つまりは、そう云う事だ。


エンリの優しさ、他人を思いやる心は、確実に育ちつつある。

なら、これからも、それを ゆっくり育てていけば良い。


それが小鳥遊クンに与えられた使命でもあるのだから……


「じゃあさ、エンリの云う『経験値』って何なの?」


「はぁ? そんな事を知ってどうするのじゃ? それに、べらべらと答えるつもりもないのじゃ。知らぬ、知らぬ。さ~て、『経験値』とは一体、何じゃろなぁ?」


後は、いつものじゃれ合いだった。

食卓を囲んでの、穏やかな朝の団欒が続く。


「えっと『経験値』とは、大気中のマナを吸収した生命体が、その生命活動の中で精製した高次のマナで、魔導回路の拡張に必要不可欠な……」

「うぉ!? つい疑問を投げかけてしまったのじゃ! ストップ、ストップなのじゃ」


本来、この世界の魔法とは、お伽噺や夢物語の産物にしか過ぎず、真に実践的な魔導技術と云ったモノは、存在しなかった。


しかし異世界より、エンリと云う存在が、実現可能な魔導技術の概念を持ち込んだ事により、その状況は一変する。


異世界人である彼女の魂が、この世界の集合的無意識に組み込まれた事により、この世界の『英知の書庫』は、その知識を、集合的無意識を介して汲みだす事が可能となってしまったのだ。


その危険性に、エンリと小鳥遊クンは、未だ気づいていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る