第3話 蘇伊(そい)へ

 蘇伊そいには飛行場がなく、交通手段は船に限られていた。里を出た一行は、運良く見つけた貨物船に同乗させてもらう事が出来た。


「なあ、蘇伊までどんくらいかかんの?」

「十日ほどかかるそうだ」

 船に乗ってしまえば自分達は移動する必要はない。青玉はあてがわれた部屋で休み、猛渦もうか大些たいさは甲板に出て、蘇伊があるはずの方向を眺めていた。ぐんぐんと進む船は白波をたて、潮風が髪を乱す。潮気をふくんだ風が髪をべたつかせる気がしたが、狭い船室にいるのも退屈だった。要するに彼らは暇を持て余していた。

 暇を持て余しなんとなくいる甲板では、船員達が先ほどの港で積んだ荷物を相手に忙しそうに働きつつ、猛渦に熱い視線を送っている。

自身の容姿から、常に注目を浴びることに馴れている猛渦はそれらに気づくこともなかった。

 

猛渦は隣にいる大些を見て、ぼそりと言った。


「……青玉の事、ありがとうな」

「青玉?」

「うん。あの、ゴメンな。大些に聞かずに勝手に誘ったりして……」

 猛渦は頷きながら居心地が悪そうにゆらりゆらりと揺れた。白魚しらうおのような指を無意味に組んだり外したりしている。ようするに、もじもじしていた。


 猛渦は傍若無人ではあるが、あくまで大些以外に対してだけだ。大些を第一に考え、大些の意向を一番に優先する。それこそ猛渦自身よりも、だ。それがかたえの民の本質だからだ。


 傍えの民は時自身の傍えと同胞のみを大切にする。それ以外は塵芥ちりあくたと同じ程度の価値しかない。同胞は大切にするが、それでも自身の傍え以上に大切にすることはない。あくまで絶対的な優先順位は変わらない。何かあれば必ず傍えの意思を優先する。

 本来の猛渦であれば、まずは大些に青玉の同行の賛否を確認する。大些が首を横に振ればどれだけ青玉を案じていようと青玉と同行しようとはしないはずだった。

 そして、実際に大些は、簡単に他者が行動を共にする事に賛同しない。実は先ほども猛渦は反対されるのを覚悟で青玉の同行を切り出したのだった。反対されたらどうしよう。どう言えば大些に納得してもらえるだろうかと必死に考えながら。


「青玉はお前の幼馴染みだし信用に足る者なんだろう。それにあれだけお前が必死なんだから何かあるんだろう」

 大些の言葉に、猛渦は言葉に詰まり顔をしかめた。あれだけ強引に事を進めたからバレているだろうとは思ったが、いざそれを真っ向から指摘されるとバツが悪かった。額から頬までカッと熱くなるのを隠すように、猛渦は袖に顔を埋めた。

「あ~……青玉がさ」

 大些から表情を隠すようにあぐらをかき頭をガシガシ掻く。

「まだパートナーが見つかってねえんだってよ」

「そのようだな。めずらしい事なのか?」

「ああ」

 

猛渦は大きく顔をしかめて言った。偶然その表情を見た船員がギョッとする気配がしたが、猛渦は気づくこともなく続けた。

「めずらしいなんて次元じゃねぇな。『前代未聞』という表現の方が正しい。オレが大些を見つけたのは六年前、十四歳の時だ」

 ああ、と大些も出逢った時を思い出した。

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傍えの民 いちのせ @1ns_knk

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