第2話-2 猛渦という女

猛渦もうか

 猛渦が頷いたところで、一人の男が歩み寄ってきた。猛渦が男に向かって軽く手を挙げる。

「おう、大些たいさ!終わったのか?」

 年の頃は二十七・八歳。作りは悪くないが表情のない顔と、大きくがっしりした筋肉質な体躯は隙がなく、人を寄せ付けない冷たい雰囲気がある。猛渦のかたえの大些という名の青年だ。傭兵をしていると聞いた。

 青玉は軽く会釈をした。

「ああ。……お前は確か……」

 大些が青玉に目をとめて言った。

「幼馴染みの青玉だよ。前に一度会っただろ?」

「そうだったな」

 大些が軽く頷くと、青玉は応えるように微笑んだ。

「で、占いはどうだったんだ? センジュの居場所、わかったのか?」

 センジュというのは件の巫女の名前だ。

「ああ。蘇伊そいにいるらしい」

 大些の言葉に猛渦が目を丸くした。

蘇伊そい!?なんでそんなところに・・・」

 蘇伊とは雷帝らいていを唯一神として奉る独自の文化を持つ島国である。現在内戦状態で荒れており、おいそれと観光で行くような場所ではなかった。

「危険な国だ。すぐに発つ」

「そうだな。……あ、そうだ、青玉は行ったことある?」

「いいや。悪いが行ったことが無いな」

 蘇伊について何か情報を持っているかと聞かれたと思い「悪いが」という言葉を使った青玉だったが、猛渦の質問の意図はそこには無かったらしい。軽い調子でニカッと笑って言った。

「じゃあちょうどいいじゃん、青玉もオレらと一緒に行こうぜ。どうせ行ったこと無いところに行くつもりだったんだろ?」

「いや、それはそうだけど……でも」

 断ろうと青玉が口を開く前に猛渦がたたみかける。

「青玉ずっと独りで旅してたんだろ? たまには誰かと一緒に旅するのもいいかもしれねえよ? 何か違った発見があるかもしんないじゃん。なあ、大些」

 猛渦が伺うように大些を見た。

「青玉も一緒に行っていいよな? こいつも傍えの民だから人間よりは優秀だし、オレらの仕事には支障が出ないようにするから」

「……ああ。いいんじゃないか」

 意外なほど簡単に大些が頷いた。

 猛渦の突然の発言にも驚いたが、青玉には、大些が第三者の同行を簡単に許す事の方が驚きだった。一度しか面識はないが、他者と群れる事を好むような人間には見えなかったからだ。

「いや・・・俺は」

 これ以上猛渦達と一緒に居て、いつまで平静なフリが出来るかわからない。

 またいつあの発作が出るかわからないのに、一緒に旅はしたくない。

 次は取り繕えるかわからない。


(あんな姿を見られたくない。知られたくない)


 青玉は困ったように笑いながらやんわり断りを入れようとした。

「悪いけど、俺は他の・・・」

「駄目だ!」

 猛渦が否定とともに青玉の腕を強く引いた。大の男がよろめくほどの強い力だった。

「ちょ、猛渦・・・」

 困惑した青玉の瞳に映ったのは、怒ったような真剣な表情をした猛渦だった。

「青玉はこれから行ったことのない所に行こうと思ってたんだろ? 蘇伊に行ったことがないなら蘇伊に一緒に行けばいいじゃねぇか。青玉の傍えとオレらの巫女を一緒に捜せばいい。一人では見つからなくても三人なら見つかるかもしれねぇだろ!」

「そういう問題じゃないのは・・・」


かたえの民であるお前が一番知っているはずだろ?)


 青玉は続けるはずの言葉を発するのをやめた。

 猛渦は本気で怒っていた。眉間にしわをよせて、頬を上気させて青玉を見据えている。絶対に譲らないぞと言わんばかりだった。

 青玉は小さく息を吐いた。

(知っているから、か。・・・ああ、やっぱり俺の幼なじみは優しいな)

 二十歳になって傍えを見つけることができない青玉を放っておくことなどできないのだろう。

(下品で粗暴で、だけど優しい)

 同時に後悔の念が青玉を襲う。

(傍えが見つかってないなんて言うんじゃなかった。言えば猛渦なら心配するって分かっていたのに。俺は馬鹿だ)


 ハッと気づく。まるで問題の正解を見つけた時のようだった。

(もしかしたら、すでに自分は正常で冷静な判断ができなくなってきているのかもしれない。いや、それとも一見してなにかおかしくなっているのだろうか。だから猛渦は余計心配して……)

 二人の前なのに思考がグルグルと回って二人に意識を向けられない。

(そうだ。そうに違いない。ああ、駄目だ。とにかくまずは微笑まなくては。それで「何でもない」って弁解してごまかして、なるべくすぐに二人から離れて……)

「おいっ! 青玉!」


 バチン!


 視界が左から右へ勢いよくぶれると同時に、左頬に鋭い痛みが走った。あまりに勢いよく視界がぶれたせいで眼球が痙攣をおこしたように小刻みに揺れる。

「っ……」

 どうやら猛渦が思い切り平手打ちしたらしい。痛みで今までの思考が全て止まり、涙目で左頬を押さえた。

「大丈夫か! おい! 気をしっかりもて!」

 そう叫びながらすでに右手はもう一発平手打ちをする構えをしている。いや、よく見ると平手ではなく拳に変わっていた。

「だっ大丈夫だから!!」

 青玉は必死に叫んだ。

「本当か? 本当に大丈夫か?」

 疑わしげな表情の猛渦に、青玉は大きく首をたてに振った。

(平手でこんな衝撃なのに、拳で殴られたらどうなることか。本当に昔から馬鹿力なんだから)

「ならいいけどよぉ。お前、一点を見つめて硬直してたぞ」

(そんなふうになっていたのか……)

「あ、そうだったんだ。ごめん。ありが……」

「で、一緒に来るんだよな?」

 ありがとう、まで言わせずに、猛渦が言葉を被せた。

「え? 一緒って?」

 殴られた衝撃で頭がまだぼんやりとしていた青玉は間抜けにも聞き返した。

「だぁら! 蘇伊|ルビを入力…《そい》に行こうぜって話! 言っておくけどな、今のお前を一人にする気はねえからな」

 猛渦が男前なセリフを吐いた。そして青玉の肩に腕を回す。柔らかな回し方ではなく、拘束に近かった。


(茶化しても、ごまかしても無駄だろうな)

 同じ傍えの民である猛渦には、傍えがいない時の傍えの民の状態をごまかすのは無理なのだろう。発作のようなものは経験したことがなくても、傍えが見つからない時の精神状態が辛い事は痛いほど分かっているのだから。 

(仕方がない。発作が起こりそうな時は離れればいいか……)

 青玉は頷いた。

「わかった。一緒に蘇伊へ行こう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る