第2話-1 猛渦という女
「
しばらくじっとしていたが、自分を呼ぶ聞き覚えのある声に固く閉じていた瞼を無理矢理こじ開ける。
「あ……?」
「一体どうしたってんだよ!大丈夫か?」
霞んだ目を何度か瞬きする。誰かが大声で近づいてきた。
(この声は・・・)
「
「おう。大丈夫かよ」
見れば幼馴染みの猛渦が心配そうに傍らにしゃがみ込んでいた。
「……うん、大丈夫だよ」
息を整えて軽く微笑む。幸いなことに数分が経ち、発作は治まりかけていた。
「大丈夫って、オマエ・・・真っ青だぞ。どっか悪いのか?」
「……いや。別に」
心配そうな猛渦に、悪いとは思いながらも嘘を吐く。原因も対策も分からない以上、いたずらに心配を掛けたくはなかった。
「はあ!? 別にってなんだよ!」
猛渦は明らかに疑いの目を向けた。しかし説明をしたところでどうしようもない。これ以上詮索されたくない青玉は、そんなことより、と若干強引に話をそらした。
「久しぶりだな。猛渦と会うのは三年ぶりだよな?」
青玉の白々しさに眉間にしわを寄せた猛渦だったが、しぶしぶ頷いた。
「・・・あぁ、だな。前に会ったのはセニアの中央都市だったっけ。里で会うのはもう八年ぶりか」
そんなになるのか、と改めて猛渦を見る。
猛渦は青玉と同じ歳の女だ。産まれた時から一緒で、常に一緒に育てられてきたので兄妹同然で一番仲が良い。
豊かで長い水色がかった銀色の髪を頭頂部で結い上げ、雪のような白い肌に三日月形の眉と、大きくて少しだけ目尻の下がった水色の瞳。口角が上がった桃色の唇、真顔でいても微笑んでいるように見える聖女のような顔を持つ彼女を、百人見れば百人が間違いなく美しいと賞賛するだろう。三年前よりもまた更に美しくなった猛渦に青玉は溜息を漏らした。傍えの民は総じて美しい容姿をしているが、その中でも猛渦は群を抜いている。
「猛渦、めずらしいね。里に戻ってくるなんて」
「それはお互いさまだろ」
猛渦はチラリと歯を見せ笑った。青玉も笑いかけたが、すぐに思い出したように周囲を見回した。
「……あれ?猛渦の
猛渦の傍えは大些という名の青年だ。優秀な傭兵で、青玉は以前一度だけ会った事があった。
「ああ、アイツなら今頃長に会いに行ってるぜ。今回の里帰りの目的は長の占いで尋ね人の行方を調べてもらうためだから」
「ふぅん。猛渦は行かないのか?」
「あ~いいのいいの!オレが行くと長がうるせぇし。こんな所まで来て死に損ないに説教されるのはゴメンだよ」
顔に全く似合わない下品な仕草で盛大にゲラゲラと笑う猛渦に、青玉は思わずこめかみを押さえた。
「……口開けすぎだよ。長がうるさく言うのは猛渦の言葉遣いとか所作が乱暴すぎるのを心配してるからだろ?」
猛渦はとても美しい姿をしている。顔だけでなくスタイルも良く、黙って立っている分には醸し出す雰囲気も儚げで、まるで幻想的な絵画のようだ。
猛渦を初めて見た者は、一様に息を呑む。
その美しさはいっそ恐ろしいほどで、街を歩けば人々が振り返り、猛渦の後をフラフラと付いてくる輩まで現れる始末だった。
そう、猛渦は美しい。
ただし、あくまで口を開かず微動だにしなければ、の話である。
猛渦は気でも触れたのか、はたまた悪霊でも憑依しているのかと疑われるほど口も悪く動作も粗暴で下品だ。外見と行動が全く合っていないのでその奇異ぶりはよけい目に付く。
長達が何度も注意をしたが、本人は全く聞く耳を持たず、それどころかうっとおしがって今では長達に近づこうとしない。自分が言っても今更か、とその話題は捨て置く事にして、青玉は気を取り直すと、尋ね人って?と聞いた。
「あ~。オレ達が護衛してた巫女が消えちまってな」
「巫女?」
「お前も名前くらいは聞いたことあるだろ?『光の
「光の滴?……ああ、確か金さえ出せばどんな病も治してくれる奇跡の巫女を擁した宗教団体だろ?ただしその金がとんでもない額だって聞いたけど」
真実のほどは分からないが、奇跡の巫女に病を治してもらう代わりに財産の大半をなげうった大富豪の話を、噂として青玉も聞いた事があった。
「そう、その奇跡の巫女ってのがオレらが護衛してた対象者。その巫女が、ある日突然置き手紙を残して消えちまった。光の滴の収入源は巫女がたった一人で起こしていた奇跡の力だけだったからな。巫女が消えちまって幹部連中は大パニックさ。あくまで極秘にだが血眼になって捜してるぜ」
「拉致・誘拐された可能性は?」
犯行を隠すためにわざと被害者に直筆で自らの意思で出て行くと書かせる事は常套手段でもある。
「今のところわかんねーな。巫女の希少性から常に身柄は狙われているから拉致の可能性はある。でも家出だろうが拉致だろうが捜すのは一緒だ。オレらの仕事は巫女を捜して生きたまま元の場所に帰すことだからな」
猛渦は興味なさげに言った。
いなくなった巫女が心配ではないのだろうか。基本的に自身のパートナーである傍え以外に対しての興味が希薄な傍えの民ではあるが、猛渦の反応はそれとは違うように見えた。
「……それでその巫女の行方を長に占ってもらいに?」
「そ。長の占いは百発百中ってのが売りだ。しらみつぶしに捜すより効率的だろ。で、青玉こそどうしたんだよ。ずっと旅に出てたんだろ?傍えはどこだ?連れてきてるんだろ?」
きょろきょろと辺りを見回す猛渦に、青玉は顔を曇らせ言葉を濁した。
「いや……」
ん?と首を傾げ青玉の言葉を待った猛渦だったが、一向に話し出そうとしない青玉に、一つの可能性が頭に浮かび顔を強ばらせた。
「まさか……まだ……」
「……うん。見つかってないんだ」
困ったように微笑む青玉を、猛渦が呆然と見つめる。
(見つかっていない!?)
二十歳の傍えの民が、未だ傍えが見つかっていないなんて尋常じゃない。そんな話は今まで聞いた事がない。
猛渦は顔を強ばらせたまま言葉もなく青玉を見つめ続けたが、正確には掛ける言葉を見つけられなかったという方が正しいだろう。
青玉と猛渦は伝説とされる傍えの民である。欲に溺れた人間が欲して止まないこの伝説の民は、確かに実在はしているが、実はそもそもの絶対数が非常に少なく、今現在の彼等の総数は二十人ほどしかいない。災害や戦などのせいではなく、だいたいいつの時代であってもそれ以上に増えることは無い少数種族だった。
彼等は生涯において必ずたった一人の傍えを持ち、人生を共にすることを自分の存在意義とする。パートナーである傍えが玉座を望めば玉座を、平凡な幸せを望めば平凡な幸せを、何も望まなければただ傍らに。傍えと共にある事そのものが、傍えの民の生きる理由となる。
通常、傍えの民は十二歳まで故郷で暮らす。そして十二歳で成人の儀を済ませた瞬間から、例外なく言いようのない焦燥感と欠落感を抱えるようになる。それらは彼等を酷く苛み、自らの傍えに出会う瞬間まで続くが、傍えに出会えば苛んでいた苦痛が嘘のようになくなる。
傍えの民は成人の儀を済ませると、すぐに傍えを捜す旅に出る。傍えを見つける時期はそれぞれまちまちだが、早い者で十歳前後、遅くともだいたい十五・六歳で見つける。
猛渦は大些という唯一無二の傍えを十四歳で見つけたが、それだけに二十歳の青玉が未だ傍えを見つけていないというのは、傍えの民にとって異常としか言いようのない出来事だった。
(二十年も見つけられないのは俺だけだ。俺には傍えの居場所を感じることは出来ない。感じるのは圧倒的な焦燥感だけ。俺にはきっと欠陥があるんだ。だから俺だけ巡り会えない)
こうして誰かと話している時でさえ無くならない焦燥感、欠落感は、耐え難い苦痛となって青玉を蝕んでいた。
(きっと傍えの民が傍えを十五・六歳までに見つけられるのは、逆に精神をそれ以上保つ事が難しいからなんだろう)
自らに限界が近づいている事を、青玉は漠然と感じていた。
「……なぁ、青玉。長には占ってもらったんだろ?」
「うん……」
長の占いは恐ろしく当たる。占いと言うより霊視に近い。本来は自分だけの力で傍えを捜すが、あまりに見つからない事を心配した長が、特別に占ったのだ。
しかし、傍えと言う希望に繋がるはずの結果は、青玉の希望を打ち砕く物だった。
長は言った。
「青玉、お前が傍えを捜す旅をしている間、儂とて手をこまねいて、ただ朗報を待っていた訳ではない。あらゆる手段を用い、手を尽くしたのだ。……青玉、儂はお前の苦悩が痛いほどよく解る。お前が悪い訳では決して無い。だが……」
(いない、とは)
青玉は息を止め目を伏せた。溜息を吐きたかったがそのまま体中の力が抜けて崩れ落ちそうでグッと息を止める。
幾度となく長が占った結果はいずれも『無』、それは青玉の傍えが存在しないという事を表していた。
(傍えの民に傍えが存在しないなんて言うことはあり得るんだろうか。それとも見つけられなかった間に傍えが死んでしまったのだろうか。まだ産まれてないという可能性は?)
「青玉?」
心配そうな猛渦の声に現実に引き戻される。
(ああ、駄目だ。今は一人ではないのだから考え込んでいては)
「うん。そのうち見つかるって」
心配させないように、意識してにっこりと笑う。
口は悪いが心根が真っ直ぐで優しいこの幼馴染みに本当の事を言えば、我が事のように心を痛めるだろう。原因不明の発作同様、わざわざそんなことを言って彼女を悩ませる必要はない。彼女に言っても解決はしないのだ。話したところで楽になるわけでもない。
「そのうちぃ? なんだそりゃ。長の占いらしくもねぇ結果だなあ」
猛渦が驚いて声を上げる。しかし、でもまぁ、と呟きつつ頭を掻いた。
「長ももう歳だからなあ。ボケ始めてんのかもな。やだなぁ、今頃大些も『そのうち』とか言われてるんじゃねぇだろうな。こんな辺境まで来てそりゃないぜ~。
……あ、でも、じゃあさ、お前これから行くとこ決まってないんじゃねえの?」
確かに長から確たる情報を得られなかったので、行く当てはない。
「まあね。まあ、適当に旅を続けるよ。とりあえず行ったことのない土地へ行こうと思ってる」
「ふ~ん、そっか・・・」
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