第1話 青玉

 かたえの民は、誰の目も届かない場所にひっそりとその姿を隠すように存在する。実際彼等は、自身等が持つ特殊さゆえに人に易々と見つかってよい存在ではなかった。


「占いの結果は『無』。そんな事は今まで無かった」

 集落の深部、その声は地下深く、この世を包む光の一切が届かない場所で響いた。声を発した者の心にも一切の光が届いていないかのような鬱々とした声でもう一度、今度は弱々しく呟く。

「……無など……ありえん……」

 そこには性別・年齢共にバラバラな四人の傍えの民がいたが、一様に沈痛な面持ちをしていて、痛いほどの緊張感が漂っていた。

「わかった。長、ありがとう」

 その中の一人が立ち上がり沈黙を断ち切った。長と呼んだ老人に礼を言うと彼等に背を向けて歩き始めたのだ。

「何処へ行く、青玉せいぎょく

 年の頃は二十歳前後、胸の辺りまである漆黒というより紺碧の髪を無造作に垂らした青年は、髪と同じく紺碧の瞳を少し細め困ったように微笑みながら、彼を呼び止めた者を見つめ、優しげな顔立ちに似合う柔らかい声で言った。

「何処へ行くかは決めてないけどまた旅に出るよ。ここで見つからないならまた自分の足で捜すしかないだろ?」

「待て……!」

「……手を尽くして捜してくれた長には感謝してる。でもたとえ長の占いで結果が全く現れなくても、捜すのをやめることはできない。諦めたらその時点で俺は生きる理由を失う。分かるだろ?」

 呼びかけた老人は立ち去っていく青玉に何か言葉をかけようと喘ぐように息を吸い込んだ。しかし言葉を紡ぐ事に失敗し、うめき声に似た溜息を吐くに止まった。

 彼の姿が完全に見えなくなった後、それまで口を開かなかった別の老人が誰にともなく呟いた。

「傍えの民にとって傍えを見つけられないのは、絶え間なく拷問を受け続けているのと同じ。これ以上辛く、残酷なことは無い。我らの誰も彼を止める事は出来んよ。そんな資格を持つ者はこの世に存在せんのだから」

 その言葉に長は頷き、目を伏せた。

「……そうじゃな。もはや我々に出来ることは、彼が一刻も早く傍えに巡り会い、無限の苦痛から解放されるよう祈ることだけじゃ」


 部屋から出た青玉は集落の出口に向かっていた。彼を纏う空気に先ほどまでの柔和さは無く、その表情は焦りと苛立ちからか青ざめ強ばっていた。

(急がなくては。傍えが見つからないならここに居る必要はない)

 集落の出口に向かってただひたすら急いで歩いていた青玉は、突然息苦しさに襲われ立ち竦んだ。喘ぐように、小刻みに息を吐く。何とか呼吸を整えようとしたが、逆にあまりの息苦しさに縋るように壁に手をつき、ずるずるとしゃがみ込んだ。

 呼吸困難と同時に襲ってくるのが、何か得たいの知れない恐ろしい物につきまとわれているような恐怖感。思わず悲鳴を上げたくなるような恐ろしさだった。

(くそ、まただ……)

 青玉は、数ヶ月前からたびたび理由の分からない胸の痛みと呼吸困難、恐怖感に襲われるようになった。数分から数十分でこの発作は治まるが、発作自体がなくなる事はなく、むしろだんだん発作から発作までの感覚が短くなってきていて青玉を不安にさせていた。

「……っ」

 冷や汗が顎先からポタリと落ちる。きつく握った指先は氷のように冷たい。原因が分からない以上為す術がない青玉は、しゃがみ込んだまま歯を食いしばり発作が止むのを待つしかなかった。

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