『絶品のハンバーグ』
広瀬はかなり年季の入った暖簾をくぐり中へと入った。
「こんばんは大将、久しぶりだね」
懐かしい声に嬉しそうに返事をする店主の森下。
「これは広瀬会長じゃないですかお久しぶりです。三年ぶりくらいになりますか? 懐かしいですね」
「そうですね、すまないねしばらくこられない日が続いてしまって。私も忙しくてね、なかなか時間が取れなかったんだ」
「そんなの気にしないで下さい、仕事では仕方ないじゃないですか」
「奥さんはもう帰ったんですか?」
「はい、客足も落ち着いてきましたからね、先に帰って家の事をやってもらっています」
すると森下は広瀬の後ろにちょこんと立つ紗弥加に気が付いた。
「会長どなたですか? 後ろにいるかわいらしいお嬢さんは」
「そうだったな、おいで、中に入んなさい」
その声に導かれる様に中へと入る紗弥加は自ら自己紹介をする。
「初めまして、畑中紗弥加と言います」
この時広瀬は初めて紗弥加のフルネームを知り、まさかと思いながらも信じる事が出来ずにいた。
「実はさっきうちの運転手がこのお嬢さんに迷惑をかけてしまってね、いろいろ病院に行ったりしていたんだ。それで夕飯もまだだったんでここで食べようって事になって連れて来たんだよ、もちろん親御さんには連絡して事情を説明してある」
「そうでしたか、よろしくねお嬢さん、何食べたい? 何でも作ってあげるよ」
「あのっハンバーグがおいしいって聞いたんですけど出来ますか?」
「ハンバーグね出来るよ、ちょっと待っててね、広瀬会長は何になさいますか?」
「私もハンバーグをもらおうか、あとここにいる秘書とあとから運転手の石田君も来るから二人の分もお願いできますか?」
「分かりましたハンバーグ四つですね、では夕飯がまだでしたらハンバーグ定食にした方がよろしいですか?」
「そうですね、ではそうして下さい」
そこへ近くのコインパーキングに車を停め終えた石田が遅れてやって来た。
「会長、車いつもの所に止めてまいりました」
報告をする石田に対しやさしい笑みで礼を言う広瀬。
「ありがとう石田君、君の分も注文しておいたから、ハンバーグ定食で良かったろ?」
ところが石田の表情は何故かすぐれなかった。
「どうした石田君、ハンバーグ嫌いか?」
「いえそんな事はありません。でも私ももういい歳ですし大の大人がハンバーグなんて」
「なんだそんな事気にしているのか、そうか君はここのハンバーグを食べた事はなかったな? 一度食べてみなさいすごく旨いから、それに大人だからといってハンバーグを食べたらおかしいなんて事はないだろ? 今はハンバーグの専門店だって結構あるの知らないか?」
「いえもちろん知っていますがどうも私は抵抗があって、ハンバーグとは子供が食べるものじゃないかって思ってしまうんです」
「君はそんなのを気にして食事をしているのか? 旨いものは旨い、それで良いじゃないか、君がどうしてもと言うなら今からキャンセルできるか聞いてみるが……」
「いえ会長がそこまで仰るのならハンバーグをごちそうになります、それに一度オーダーしてしまったものを今からキャンセルするのも申し訳ないですし」
「そうか、君も一度食べてみればきっと気に入るぞ!」
その後広瀬はスーツの胸ポケットに手を差し入れ何やらケースを取出すと、そこから白いカードの様な物を取出し紗弥加に差し出した。
「これ私の名刺だからとっておきなさい、そこに連絡先も書いてあるから何かあったら連絡すると良い」
「ありがとうございます。だけど良いんですか? さっき知り合ったばかりのあたしにこんな連絡先なんか渡して」
「君だって今こうして私と一緒にいるだろ? それと一緒だよ、ただ私も会長と言う身で経営からは一線を引いているとはいえ立場上すぐに電話にでられない場合があるから、その時はこちらから折り返し連絡させてもらうよ」
「分かりました、その時はよろしくお願いします」
その後ハンバーグ定食が紗弥加の下に運ばれたが、紗弥加はみんなの分が運ばれてくるまで気を使って口にする事はなかった。
そこへ広瀬がやさしく声をかける。
「何しているんだ? 良いから先に食べなさいおなかすいたろ? 気を遣わなくても私たちの分もすぐに来るから」
「はい、ではお言葉に甘えてお先に頂きます」
その後紗弥加が目の前のハンバーグにそっと箸を入れると、スッと箸が入っていきたくさんの肉汁がじゅわっと溢れた。
「わぁ肉汁がこんなに、おいしそう」
「すごいだろ肉汁、美味しいから食べてみなさい」
「はい、ほんとおいしそうですね」
言われるがまま一口食べると想像以上のおいしさに感激してしまった紗弥加。
「すごくおいしいです、こんなにおいしいハンバーグ初めて食べました」
「そうかそれは良かった」
そう言いつつ顔をほころばせる広瀬。そこへ残りのハンバーグ定食を運んできた森下が笑顔を携え礼を言う。
「ありがとねお嬢ちゃん、お嬢ちゃんにそう言って貰えるとおじさんも嬉しいよ、ほんと作り甲斐があるなぁ?」
「だって本当においしいんですもん」
「ありがとう、さあどんどん食べて、なんだったらハンバーグもう一個サービスしちゃおうか?」
「やだおじさんそんなに食べられないです、太っちゃうじゃないですか。ただでさえこんな時間に食べてしまって気にしているのに」
「大将若い女の子に褒められたからって舞い上がらないの、紗弥加ちゃんだってそんなに食べられないよねぇ、それにそう言うの一番気にする年頃なんだから……」
広瀬のそんな言葉にこくりと頷く紗弥加。
「さあ私達も頂くとするか」
「はい、では頂きます」
高木の言葉に石田も続く。
「では私も頂きます」
この時広瀬はあれだけハンバーグを子供の食べ物と敬遠していた石田の様子が気になっていた。
「どうだ石田君、旨いだろ?」
「はい確かにおいしいです。今まで子供の食べるものと思って敬遠していた自分がバカらしくなってしまいます」
「そうかそれは良かった、特にここのハンバーグは旨いからな?」
その後食事を食べ終えた四人は森下食堂を後にする。
「ごちそうさま大将、今日も旨かったよ」
「ありがとうございます、またいつでもいらして下さい。お嬢ちゃんもまた来てね」
「はい、ごちそうさまでした」
そこへ石田が声をかける。
「では会長、車をまわしてきますので少しお待ち下さい」
「いや構わんよ、帰りも少し歩こう、今日は夜風に当たりたい気分なんだ」
「そうですか? ではともに車まで歩きましょう」
そうして代金を払った広瀬は紗弥加達とともに車へと向かう。
「会長さんごちそうさまでした」
紗弥加が礼を言うと慌てる様にそれに続く高木と石田。
「会長本日は私達までごちそうになってしまって大変ありがとうございました」
「私からも礼を言わせて下さい会長、本日は会長のおかげでハンバーグに対する見方が変わりました。ありがとうございました」
「気にしなくて良いんだよ、私がおごりたかったんだから」
その後車の下に到着し車に乗り込んだ石田が駐車スペースから車を出すと、その後広瀬達が車に乗り込んだ。
「ご飯も食べた事だし家まで送ろう、家はどの辺かな? 住所言ってくれればナビが付いているからわかるよ」
「はい、ありがとうございます」
そして紗弥加が住所を告げると石田はその住所をナビに入力していく。
「隣町だ、じゃあそれほど遠くもないんだね」
「でも町外れの方なので……」
「それでも近いじゃない、たいして変わらないよ」
そうこうするうちに石田はナビへの入力を終えていた。
「お待たせいたしました、では出発いたします」
「お願いします石田さん」
「お任せ下さい」
紗弥加の声に返事をすると石田はゆっくりと車を走らせる。
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