義兄妹の許されざる愛

HaL

【第一章】『突然出会ったセレブ』

この日少女は大好きだった彼に振られてしまった。


あれほど好きだったのに、あれほど愛し合っていたのに、まさか一番の親友だと思っていた彼女に彼をとられるなんて。


愛する彼に別れ話を告げられた帰り道、あまりのショックに放心状態になった彼女は降りしきる雨の中赤信号にもかかわらずそれに気付かずそのまま横断歩道を渡ろうとしてしまった。


そこへ黒塗りの高級車が一台通りかかるとドライバーの石田が慌てて急ブレーキを踏む。


彼女にぶつかる寸前でようやく車が止まると助手席からすらりと背の高い高木が慌てた様子で駆け下りてきた。


「危ないじゃないか急に飛び出して来たら」


高木の慌てた声にも俯いたままの少女。


「聞いているのか? 一歩間違えれば死んでいたかもしれないんだよ」


そこへもう一人五十代後半くらいの紳士、広瀬が傘を差しゆっくりと降りてきた。


この三人いずれも実年齢は五十代後半であるが、この少女には高木だけ四十代後半と幾分若く見えていた。


「高木君まぁ良いじゃないか、幸い事故にならずに済んだんだから」


優しく言いながら広瀬は少女に朗らかな笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。


「お嬢さん怪我はないかい? これからは気を付けないとダメだよ」


優しく諭す広瀬の声にも少女は何も言えずにいる。


「怪我しているじゃないか、とにかく病院に行こう、私のかかりつけの病院があるんだ、他にも異常がないか見てもらわないと」


「高木君坂本病院に行ってくれ」


「ですが会長、今日は久々にスケジュールが早く終わったからとこれから森下さんの所に行くのでは?」


「そんなのどうでも良い、別に森下食堂が逃げる訳でもないだろ、暇さえあればまたいつでも行ける」


「かしこまりました、では坂本病院に向かいます」


そう言うと高木はドライバーの石田に告げ、右手で傘を差しつつ後部座席のドアを開ける。


「さぁ乗りなさい」


少女に傘を差し伸べつつやさしく促す広瀬であったが、この時彼は初めて少女の声を聴く事になった。


「でもせっかくの立派な車なのにシートが濡れてしまいます」


小さな声で申し訳なさそうに言う少女に帰ってきた言葉は広瀬の優しい言葉であった。


「そんなの気にする事ない、そうかこのままでは風邪をひいてしまうね、着替えないと、石田君病院に行く前にどこか衣服を売っている所へ寄ってくれますか」


「かしこまりました。ですが会長、人の目もありますので予め貸切にしておいたほうがよろしいのでは?」


「そうだな? ではそうしてもらおうか、確かこの辺にうちの系列店があったな、そこに行って貰おうか」


「かしこまりました」


本来これまでの彼女であれば見ず知らずの男性の車にこれほどたやすく乗り込むなど考えられなかった、しかしこの男性だけは何故か悪い人に思えずどこか安心していた。


その後広瀬はシルバーのケータイ電話を取り出すと坂本病院の坂本医院長に電話をかける。


『はい坂本ですが』


「お久しぶりです、広瀬です」


『これは広瀬会長お久しぶりです、どうしました突然』


「実は大変申し訳ないのですがこれからある女の子を診て頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


『分かりました、良いですよ、連れて来て下さい』


「ありがとうございます。ただその前に寄る所があるのですぐにとはいかないのですが」


『でしたら来る前にもう一度連絡を下さい』


「その方が良ですね、分かりましたそうしましょう。では後程お願いします」


そうして広瀬は電話を切った。


広瀬が電話を切った事を確認した少女が慌てて声をかける。


「ちょっと待って下さい、そんな大事になるなら私は大丈夫ですから、こんなかすり傷何ともありません!」


「そんな訳にいかないよ、他に異常がないかきちんと見てもらわないと」


「大丈夫です、それにすぐ家に帰って着替えれば風邪なんかひきません。洋服もいりません、ほんと大丈夫ですから」


「大丈夫だよお嬢さん、これから行く店はうちの会社の系列店だから気にする事はないんだ。それにお嬢さん油断は禁物だよ、病院できちんと見てもらわなきゃ、それにはこんなにびしょびしょの体で連れ回す訳にいかないからね」


「ほんとに良いですよ、あたし今そんなにお金持ってないし」


「なに言っているんだ、君はそんな事気にしなくて良いんだよ」


そんな時、少女のもとに高木の優しい声が届いた。


「お嬢さん会長が買ってくださると言っているんだ、素直に受け取ると良いよ」


「でもそれじゃあ申し訳ないです。悪いのはあたしの方なのに……」


申し訳なさそうに恐縮してしまった彼女は更に続ける。


「それに全身買うとなったら結構な額になってしまいます」


「君はそんな事気にしなくたっていいんだよ」


その後高木は黒いスマートフォンを取り出すと、今から向う系列店に電話をかける。


「もしもし、私は広瀬会長の秘書をしております高木と言いますが、これからそちらに会長と共にある女の子を連れて向かいますので店を貸切にして頂きたいのですが?」


『貸切でございますか? 承知いたしました。もうすぐ通常の営業時間も終わりますのでその後でしたら可能かと思います』


「そうですか、ではよろしくお願いいたします」


高木の電話が終わったのを確認した少女は後部座席にいる人物にそれまで疑問になっていた事を訪ねる。


「あのっ先程からこの運転手さんや助手席に座っている方がおじさんの事会長と言ってますが、そんなに大きな会社の会長さんなんですか?」


疑問の声で尋ねる少女に対し高木が咎めるそぶりを見せた。


「こらっ! 広瀬会長に対しておじさんとはなんだ! 広瀬会長はいくつもの会社を束ねる広瀬コーポレーションの会長なんだぞ!」


そんな高木に対し広瀬がやさしい笑みを浮かべ制止する。


「そんな事良いんだよ高木君、そうだよな、知らなかったらそう言うしかないよな、そうかおじさんか、確かに君みたいなお嬢さんから見たらおじさんに違いないな?」


この時少女はこの紳士があの広瀬コーポレーションの会長であったことに驚いていた。


「うそ、そうだったんですか? そう言えば聞いた事あります。広瀬コーポレーションて言ったら関連会社をいくつも持つすごく大きな会社じゃないですか? そんな大きな会社の会長さんだなんてすごいなぁ? やっぱりそんな偉い方に服を買って頂くなんて出来ません、何だか申し訳ないです!」


「さっきも高木君に言われただろ? 君はそんな事気にしなくて良いんだよ」


「そうですか? ではお言葉に甘えさせていただきます、ありがとうございます」


その間も交通ルールを守りつつ急ぎ車を走らせる石田、その間に広瀬は少女の名前などを尋ねる。


「お嬢さん歳はいくつかな?」


「十七歳です」


「そうか十七か」


「名前はなんていうのかな? ほら、いつまでもお嬢さんなんて呼んでいたら不便だろ?」


「そうですよね、あたしの名前は紗弥加って言います」


「十七歳って事は高校生かな?」


「はい、高校二年生です」


「そうか紗弥加ちゃんて言うのか」


「この名前おかしいですか?」


「とんでもない、おかしい事なんてないよ良い名前じゃない、ただ昔の知り合いにも同じ名前の人がいてね、その人の事を思いだしてたんだ」


「そうなんですか、もしかして会長さんにとってその人はかけがえのない人だったんじゃないですか?」


「そうかもな?」


「ところで紗弥加ちゃんはこんな時間にあんなところで傘もささずに何をしていたの?」


この一言に一度は元気を取り戻したものの、再び落ち込んだ表情を浮かべる紗弥加。


「ごめんね言いたくなかったかな、だったら何も言わなくて良いんだよ」


「いえ良いんです」


ポツリと呟くと俯きながらもすべてを語り始める紗弥加。


「あたし実は付き合っていた彼がいたんですけど、ついさっき振られたばかりなんです。それもあたしの一番の親友だと思っていた彼女に彼を奪われて、あまりに辛くてあてもなく歩いていたらなんかこのまま死んでもいいかなって思えてきて」


「それで突然道に飛び出してきたの?」


ハンドルを握りながらの石田の声であった。


その声にこくりと頷くしかない紗弥加。視線の片隅に写るルームミラーにより紗弥加が頷いたことが確認された石田はなおも続ける。


「君は死んで終わりかもしれないけどもし君をはねてしまったら捕まるのはこの私なんだ、こういうのはやめてくれ! それにな、死んでしまったら何にもならないんだぞ、生きていてこそ見返す事が出来るんだ。もっと良い恋人を作ってその子たちを見返してやったらいいじゃないか」


石田の励ましに同意の言葉を口にする広瀬。


「そうだな、石田君の言う通りだ。もっといい男性を捕まえてその彼を見返してやりなさい。それに君はまだ若い、将来もっといい彼が見つかるよ」


二人の励ましにより再び紗弥加は少しずつ元気を取り戻していく。


「はいありがとうございます。もうこんなバカなこと考えたりしません」


このような事を言ったにもかかわらず、まさかあんなことになろうとはこの時誰が思ったであろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る