【第四章】『母との関係』

その後紗弥加は石田の運転する車でマンションの前へと帰ってきた。


「ありがとうございました石田さん。気を付けて帰って下さい」


「お気遣いありがとうございます。では私はこれにて失礼します」


走り去っていく車を見送った後、マンションへと入っていく紗弥加。


我が家へと帰ってきた紗弥加はエレベーターで七階まで上がり我が家の玄関を開ける。


「ただいまぁ」


「おかえり紗弥加、思ったよりも遅かったのね」


「うん遅くなっちゃった、でも会長さんの運転手さんがそこまで送って下さったのよ」


「そうそれならよかったじゃない、ちゃんとお礼言った?」


「言ったわよ、この前も言ったでしょ、あたしだってもう高校生なんだからお礼くらいちゃんと言えるわ、それよりママ仕事って言ってなかった?」


「そうなんだけど予定より早く終わったの、でも帰って来たのはついさっきよ」


「そうだったんだ、お仕事お疲れ様」


「それでどうだった? 会えたんでしょ?」


「会えたわよ、でも急に人と会う用事が出来たとかで少し待ったの」


「そう、少しってどの位?」


「一時間弱位かな?」


その言葉に怪訝な表情を浮かべる麗華。


「そんなに? それって少しなんてものじゃないじゃない、こっちの方が先約なんでしょ、それなのにどうして予定を入れるのかしら」


「相手の方がどうしても今日でないと予定がなかったんだって、仕方ないよママ、だいいち時間を作ってもらったのはこっちなんだから文句は言えないわ、その代り会長さんのお孫さんがずっと相手をしてくれていたから楽しかったわ」


「会長の孫? 確かまだ大学生くらいだと思ったけどもう卒業したの?」


うっかり口を滑らせてしまい思わず『まずい』と思ってしまう麗華。そんな麗華の言葉に紗弥加は疑問を抱いてしまった。


「夏休みを利用してインターンみたいな形で会長さんに付いて勉強しているんだって。それより何よママ、会長さんのお孫さんの事知っているの?」


紗弥加の疑問の声に麗華は慌てて取り繕う。


「別にそう言う訳じゃないけどお孫さんが産まれた時ちょっとしたニュースになったのよ、あの頃あの子のお父さんは社長になったばかりで度々テレビにも出ていたからね、それがあなたが産まれる三・四年前だったかな? だからなんとなく覚えているの」


実際にはそんな事実はなかったのだが、取り繕うために作り上げた架空の出来事であった。


さすがに苦しい言い訳にも聞こえるがこれが今出来る精一杯の言い訳であった。


なんとなく腑に落ちないと言った感じの紗弥加だが取り敢えずこの時は麗華の苦しい言い訳を信じる事にした。


「そうなんだ、だからママも覚えていたのね」


「そう言う事、それよりそのお孫さんてどんな子だったの?」


「何よそれ、そんな事聞いてどうするの?」


「なんとなくね、あの時ニュースになった子がどんな子に育ったのかなと思って……」


「うーん最初はなんかチャラそうな人って思ったけど、でもあたしの就職先を世話してもらえる様に会長さんに頼んでくれたりして思ったより良い人っぽい感じかな?」


紗弥加の発した就職と言う言葉にいささかの疑問を感じる麗華。


「就職って何年先の話だと思っているのよ」


「その事なんだけど、あたし高校を卒業したら大学へは行かずに就職しようと思って」


「もしかしてお金の心配をしているの? 良いのよそんなの心配しなくて、あなたは大学に行きなさい、それに高卒よりはきちんと大学を出ていた方が就職に有利よ」


「ありがとうママ、もう少し考えてみるね、でもそれには勉強もがんばらなくちゃね」


「そうね、あなたは成績も良いから心配ないと思うけど勉強もがんばらないとね」


ここで話を戻す麗華。


「あっごめんね話がそれちゃったね、元に戻すわね、会長に頼んでくれてその後どうしたの?」


「あとはケータイ番号教えてくれて何かあったら相談に乗ってくれるって言ってくれたわ、自分もまだ大学生だからたいした事出来ないけど話し相手くらいにはなるからって」


「それ注意しなさいよ、一見親切そうに見えてあなたの事狙っているかもよ! その時あなたの番号は教えてないわよね」


「それが雄哉さんから番号があっているか確認の電話をする様に言われて、あたしあんな大きな会社の会長室にいたでしょ? 緊張してしまって何の疑いもなくかけてしまったのよ」


「何やってんのよ、あの子それが目的だったかもよ」


「そうかなぁ? でも大丈夫よ良い人そうだったし」


「あなたは人を信用し過ぎるのよ、もう少し人を疑ってかからないと、もしお孫さんから電話がかかって来ても会わない様にしなさいね」


この時麗華はこれ以上二人の仲が良くなり万が一の事態になる事を懸念していた。


数日後の日曜日、麗華の予想通り紗弥加のスマートフォンに雄哉から電話がかかってきた。


「もしもし?」


『もしもし紗弥加ちゃん? 僕だけど、雄哉』


「あっ雄哉さんですか、どうしたんですか今日は」


『ちょっとね、これから会えないかなと思って、デートしようよ』


この時紗弥加はこうやって出会って間もない女の子をすぐにデートに誘う事にやっぱりチャライ人と思ってしまった。


それでも何故か憎めない、そんな気がする紗弥加。


「ごめんなさい、母は雄哉さんの事あまり良く思ってないらしくて雄哉さんと会わない様にって言われているの、だから会えないの、ほんとにごめんなさい」


『そうなんだ、なんか残念だな。でも良く思ってないってあった事もないのになんでそんな事分かるの?』


「分からない、でもダメだって言われたから会えないんだぁ」


『それなら仕方ないけど紗弥加ちゃんはお母さんの言いなりなんだ、お母さんがダメって言ったらダメなの?』


「別にそう言う訳じゃないけど……」


(どうしよう他に理由が見つからない、別に良いよね会ったって、悪い人じゃなさそうだし)


「分かりました、どこに行けば良いですか?」


『会ってくれるの? ありがとう無理言ったみたいでごめんね、今車なんだ、ナビに入力するから住所教えてくれる? 迎えに行くからさ』


「はい」


再び何の疑いもなく住所を教えてしまう紗弥加。


『じゃあ今から向かうから待っていてね』


「はい分かりました」


電話を切ろうとした紗弥加であったが、ある事を思いだし慌ててスマホを口元に寄せる。


「あっ待って下さい」


「何どうかした?」


「ママに見つからない様にしないと、近くに富士見公園て言う大きな公園があるの、そこで待っていてもらって良いですか? そこは駐車場もあるので」


『分かった富士見公園ね、そこで待っているよ、紗弥加ちゃんは慌てないでゆっくりでいいからね』


「はい」


電話を切った二人だが、慌てなくて良いと言われてもそれでもやはり慌ててしまう紗弥加。


急いでお気に入りのワンピースに着替えメイクを済ませた紗弥加は麗華に一言声をかけ家を出る。


「ちょっと出かけてくる」


「どこ行くの?」


「どこだっていいでしょ、ちょっとよちょっと」


「はいはい、気を付けて行って来るのよ」


「はい行ってきまぁす」


家を出た紗弥加はすぐに富士見公園へと向かった。

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