第5話(完)
「フェリシアン、殺さない程度に」
「かしこまりました」
エヴァン司祭の言葉を受けて、フェリシアンさんが小さくうなずく。私たちはただ、それを見ていることしか出来なくて――……。フェリシアンさんがタン、と床を蹴ってマハロに近付いて行く。マハロも剣を抜いて応戦してみせた。
「この解毒剤を飲んでください。あなたはずっと、あの毒を飲んでいたのでしょう?」
ポーラ……いいえ、マーシーに解毒剤を渡すエヴァン司祭。おろおろとした様子のマーシーに、ナタリーが声を掛けた。
「無事な姿を、ご家族に見せてください」
「……っ、はい……っ!」
エヴァン司祭から解毒剤を受け取り、マーシーはこくりと飲み込んだ。病弱を装わせるために、微量な毒を飲ませていた……? そこまでして、なぜマハロはポーラを作り上げようとしているのだろうか。
「――ローラ様、お許しを頂けますか?」
「――ええ、ナタリー。私も彼はこのままではいけないと思うわ」
ナタリーはこくりとうなずく。そして――メイド服に隠していた、武器を取り出した。太ももにセットしていた二本の短剣を手にして、フェリシアンさんに向かい「私も参加致します!」と声を荒げてマハロへと短剣の一本を投げた。その短剣がマハロの頬を掠める。
マハロはただただ、微笑みを浮かべていた。目は笑っていない。
「だ、大丈夫なのですか、女性が……!」
「ナタリーは強いわ。私の護衛でもあるのだから……。それよりも、ここから逃げましょう。あなたを家に返さなきゃ」
「そうはさせない!」
フェリシアンさんとナタリーの攻撃を受けながらも、私たちに近付いて来るマハロ。マハロの形相は凄まじく、私は今まで彼のなにを見ていたのだろうと思った。もっと早く、あなたと向き合えていたのなら……違う結末もあったのかもしれない。
「マハロ、あなたは守るべき領民を自らの欲望によって穢した! それは領主としてあるまじき行為よ!」
「領民は領主のものだろう? それをどう扱おうが、俺の勝手だ!」
あんまりな言葉を聞いて、私はマハロを睨みつけた。
「――領地の運営を私に丸投げして来たあなたが、領民を勝手に扱って良いですって……? ふざけるのも大概になさいっ!」
私の怒鳴り声に、マハロがなぜか怯んだ。その隙を見て、フェリシアンさんとナタリーがマハロの動きを封じ込める。フェリシアンさんが持っていたロープでマハロを縛り上げた。
「どうしたんだい、ローラ……。君はそんなに声を荒げる人ではなかっただろう……?」
「……あなた、自分の罪を認められない人なのね……。残念だわ、非常に残念だわ」
――動きを封じられたマハロに向かって、私はその頬を拳で殴った。出来うる限り冷たい瞳と声を、マハロに向ける。
「痛いじゃないか、なぜそんなに怒っているんだ、ローラ……」
「言葉が通じない人、嫌いなの。――あなたの領地、私がもらいます。慰謝料の代わりとしてね。エヴァン司祭! 私――ローラ・カハレが宣言します。マハロをカハレ伯爵家から追放し、私がカハレ伯爵になることを! 元々領地の運営は私が主にしておりました。証人はカハレ伯爵邸で働いている使用人たちです」
私の宣言に、ナタリーが目を大きく見開いた。こんな人に、領民を任せられない。私の強い意志を感じ取ったのか、ナタリーはすっと私に対して跪いた。
「ナタリーはいつまでも、ローラ様について行きます」
「……ありがとう。マハロ、あなたは犯罪者なの。……罪を、認めなければならないの」
マハロを見てカタカタと震えるマーシー。彼女の心の傷は、どれだけのものだろう。考えるだけで胸が痛む。――守れなくて、ごめんなさい。
マハロは最後まで、罪を認めなかった。
それから一年――……色々なことがあった。『ポーラ』が住んでいた家の裏庭には、白骨遺体があった。恐らく、今まで犠牲になっていた『ポーラ』だろう。あと少し遅ければ、マーシーも……。
神殿に捕らえられたマハロは、狂乱状態になりながらも『ポーラ』を求めていた。私と結婚したのは、私が嫁いで来た資金で『ポーラ』を囲おうとしたかららしい。全く以て呆れてしまう。
私とマハロは正式に離婚をした。結婚した妻を蔑ろにし、幼馴染――それも、偽りの幼馴染を囲っていたことがバレて、マハロは男女共に糾弾されていた。一方、私はと言うと……『夫に愛されることもないまま、領地を運営していた夫人』と言う噂が広まったようで、私が伯爵家を継ぐことを公言しても、誰も文句ひとつ言わなかった。良いのか悪いのか……。
マーシーは解毒剤を飲み続けた結果、すっかりと元気になった。微量とはいえ三ヶ月ずっと飲み続けていた毒だから、解毒するのに時間が掛かったと言っていた。
「カハレ伯爵にご挨拶を申し上げます。フェリシアン・ホールデンと申します」
「ごきげんよう、フェリシアンさん。疲れたでしょう? ゆっくり休んでください」
――そして、私は今、『恋』をしている。相手は彼、フェリシアンさんだ。元は貴族であった彼が、神殿を守る聖騎士だと知ったのは、マハロを捕らえた後すぐだ。考えてみればエヴァン司祭を守る人だものね……。
「……マハロの様子はどうですか……?」
「相変わらず、罪を罪と認めようとしません。彼にとって、『ポーラ』と言う女性はどういう存在だったのかすらも、正直わかりません」
「わからなくても良いと思います」
フェリシアンさんはマハロの様子を教えてくれる。それを頼んだのは私だ。マハロがなにを考えているのかは……さっぱりわからないけれど……。
五年……いえ、六年前に姿を消した彼の幼馴染。話をよく聞いてみると、マハロが手に掛けた可能性が高いと言うこと。彼はそれを認められなくて、代わりの『ポーラ』を求めたのではないか、と言うのがエヴァン司祭の考えだ。
「――幼馴染とは、そんなにも心を狂わせる存在なのでしょうか……」
「いえ、今回の件については彼が異常なだけかと……」
緩やかに首を振ってそう言うフェリシアンさん。言葉を交わすたびに、彼に惹かれていく自分がいる。まさか私が『恋』を知ることになるとは……。
「……疲れているようですが、今度、気分転換に街へと行ってみませんか?」
「街、ですか?」
「ええ、たまには仕事以外のこともしないと、ね?」
優しく声を掛けられて、私はうなずいた。マハロと離婚して一年――……、領民たちの様子も気になるし、彼の誘いに乗ることにした。一緒に居られるのは嬉しいし、ね。これから私たちがどんな関係になるのかわからないけれど――今度こそは、結婚記念日をスルーしない人と結婚したいものだわ……!
それに……誰かに『恋』をしたのは初めてだから、この想いを大切にしたいの。私、まだ……人を好きになれたんだってわかって、嬉しいのよ。
これから先、きっと――今までよりも、幸せな時間が待っていると、信じている。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか? 秋月一花 @akiduki1001
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