第4話

「わたしは……」


 彼女が口を開こうとすると、マハロが戻って来た。こんなにすぐに、茶葉を買えたの……? じっとマハロを凝視すると、彼はにこやかに「すぐ近くに行商人が来ていてね」と聞いてもいないのに話し始めた。

 慣れた様子でお茶を淹れ始め、私たちにも配る。


「……マハロがお茶を淹れられるなんて、初めて知ったわ」

「そうだっけ?」


 マハロと共に過ごした時間の少なさに肩をすくめる。とてもじゃないけれど、飲む気分にはなれなかった。ポーラはゆっくりとお茶を飲もうとするも、カタカタと手が震えていてガシャンとカップを落としてしまった。


「ぁ、ぁ……ご、ごめん、なさい……」

「良いよ。それよりも、お茶が掛からなかった?」


 震えながらもこくりとうなずく彼女に、マハロは優しく微笑んだ。――これは一体、どういう状況なのかしら……。エヴァン司祭がお茶を飲み、ちらりとフェリシアンさんを見る。フェリシアンさんは小さくうなずき、マハロへと声を掛けた。


「このお茶を売った行商人は、どんな方ですか?」

「え? ああ、頭にターバンを巻いていた人だよ。色々な物を仕入れているみたいで……」

「そうですか。……このお茶、あまり人には飲ませないほうが良いと思います」

「……どういうことですか……?」


 私が恐る恐る尋ねると、フェリシアンさんはゆっくりと息を吐いて、それからお茶に視線を向ける。


「毒が入っています。微量ですが。飲み続けていれば、いつかは……」

「なっ! そんなものを買わされたというのか!?」

「そもそも、これは本当に、行商人の商品でしょうか。それとも、あなたに見る目がなかったと言うことでしょうか、マハロさん?」


 フェリシアンさんの問いかけに、マハロは激昂したように顔を赤らめた。がたっと立ち上がり、フェリシアンさんに掴みかかろうとする。フェリシアンさんは、視線――いえ、殺気を放ってそれを止めた。ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。私に向けられた殺気ではないのに……。


「知っていますか、領主様。ここ五年の間に、領地の女性が数名行方不明になっていることを……」

「行方不明……?」


 びくっと『ポーラ』の肩が震えた。僅かに希望を見出したような、そんな眼の光を感じた。


「大方、盗賊か野生のものにでも襲われたのだろう」

「それが可笑しなことに、女性たちは一人ずつ、跡形もなく姿を消しているのです。残された家族の嘆きをご存知ですか? 視察に来た領主様に頼ろうとしても、邪険に扱われると……」


 エヴァン司祭がそう口にすると、マハロの眉がぴくりと動いた。


「……そう言えば、領主様の幼馴染である『ポーラ』様も、五年前に一度姿を消しましたね。あれほど大切にされていましたのに……。ここに居る方を『ポーラ』とお呼びになっておりますが、以前のポーラ様とはあまりに似ておりませんが……?」


 エヴァン司祭、ポーラと知り合いだったのかしら……?

 ……一体五年前に、なにがあったの――……?


 私たちがマハロへと視線を向けていると、当のマハロはおかしげに口元を歪めていた。そして私たちを見つめて、眉を下げて微笑む。


「なにをバカなことを言っているんだ。この栗色の髪も、鳶色の瞳も、『ポーラ』そっくりじゃないか」


 すっと『ポーラ』と呼ばれる彼女に、手を近付けて、髪をひと房手に取ると愛しそうに口付け、私たちに見せるように目を大きく見開かせた。彼女はガタガタと震えている。隠れていた首元に、ハッキリとした手の痕を見つけて、私は思わず立ち上がり、彼女を庇うように抱きしめた。


「――マハロ、これはどういうことなの?」


 しゅるりと、『ポーラ』の首元に巻かれているスカーフを解く。ハッキリと指の痕が残っていた。それを見たエヴァン司祭が「惨いことを……」と呟く。マハロはそれを不思議そうに見ていた。


「どうしたもこうしたもないだろう? 苦しそうだったから、楽になってもらいたくて気を失わせただけさ」


 ――この人は、誰?

 当たり前のようにそう言うマハロに、私は悪寒が走った。ぎゅっと縋るように私に抱き着く彼女に、私はマハロに対して厳しい視線を向ける。


「あなたの幼馴染は身体が弱くて、いつもあなたを呼んでいたのよね……?」

「そうだよ、ローラ。ポーラは身体が弱いんだ」

「そんな彼女の首を……、どうして。死ねと言っているようなものじゃない!」


 私がそう叫ぶと、私を落ち着かせようとしたのか、ナタリーがそっと肩に手を置いた。


「……ローラ様、無駄ですわ……」

「……ナタリー?」

「……彼は、精神異常者なのでしょう」


 ナタリーの言葉を聞いたマハロは、目を瞬かせて、それから「面白いことをいうなぁ」と笑った。その表情は……笑っているはずなのに目が笑っていなくて、恐ろしかった。


「悪魔に憑かれたわけでもなく、ただただ五年前に行方不明になった幼馴染を、領民で代用しようとしたのでしょう」


 フェリシアンさんが苦々しそうに表情を歪めた。私たちを庇うように前に出て、自分の後ろに居るように声を掛けると、剣を抜いてマハロに向けた。

 ナタリーは、私の肩から手を離して一歩前へ出る。


「お聞かせください、『ポーラ』様。あなたは一体、『誰』なのですか?」

「面白いことを聞くなぁ。ポーラはポーラだろう?」

「あなたには聞いていません、マハロ様。――いえ、マハロ」


 ナタリーの声が一層低くなった。怒っている。……私はそっと、『ポーラ』を抱きしめた。大丈夫よ、と伝えるために。


「わた、わたしは……マーシー、マーシーよ! 『ポーラ』様じゃない……っ!」


 彼女の叫ぶような言葉に、エヴァン司祭が立ち上がる。そして、マーシーに近付いて、安心させるように微笑んだ。


「あなたのご家族から、依頼を受けています。三ヶ月前に行方不明になった娘を見つけて欲しいと……」

「あぁ、ポーラ、どうして……また置いて行ってしまうのかい……?」


 マハロが悲痛そうな声を出した。それがまた、恐怖を煽る。……三ヶ月前に行方不明になったのが彼女なら、私が結婚して三年間……彼は……。


「外道にもほどがある……!」


 ナタリーが怒りに震えた声を出した。……五年前に居なくなったポーラ。ポーラを求めて、マハロはこんなことをしていたの……? ポーラに似ている女性を、こんな場所に閉じ込めて……、一体、なにをしていたの……?


「きみもポーラになり損なったのなら……、新しいポーラを見つけなくてはね……」


 その言葉を聞いて、私は震えた。――狂っている、この人は……マハロは狂っている……!

 一体いつから、この人はこんなに狂っていたの――!?


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