8、絶望(前編)


『お疲れ様だなリタンド・クミン、どうだい進捗は?』


「シャイツ……、まだ期限の時期じゃないだろ?」


『想定した答えに該当しない言葉を発言したな。私が答えた質問にのみ答えろリタンド、この言霊魔法はそこまで有能でないことは自分が一番良く知ってるだろう?』


その夜、ヒコルの父であるリタンドの部屋にある窓から入ってきたのは一匹のエコウモリ、しかしそれはただのコウモリでなく、飼われているコウモリだ。


リタンドは当然、エディート以外の魔道具も開発している。このエコウモリは言霊魔法に関する訓練を重ねることで、自分の伝えたいことを録音してコウモリという動物を介して言葉を伝えられる。


あくまでこのエコウモリは魔道具ではなく伝書鳩のようなもの、リタンドが研究を重ねて開発したのは言霊魔法のほうだ。


しかしいまいち精度が悪い。音質は標準で一字一句録り逃がさないところのどこに不満があるのか。


便利なものというのは、またさらに便利さを要求したくなるものだ。


手紙よりも速く、より鮮明に会話の助け舟となっているエコウモリ。しかしもっと速く、一文だけでエコウモリを飛ばし合うのは生物虐待に等しい。


よってリタンドの付け焼き刃の改善として、想定した答えに対してさらに対処できるよう事前に言葉を録音しておくこと、という機能、というより訓練を施した。


「ま、まだ時間がかかる。すまないがもう少し待ってくれ」


『また延長か……。これで三度目だ、いつもなら期限通りに私からのノルマを達成していたじゃないか』


「それはだいぶ前の話じゃないか。私ももう歳だ、あの時みたいにホイホイと研究を思いついたり開発できるわけじゃない」


『もう一度昔のカンを取り戻すんだな。でなければ今後一切の取引はなしになるぞ』


「くそっ、まるでこっちの言葉を無視されてるみたいだ」


このように、シャイツがエコウモリに録音した内容は限られているため、こういった会話のズレが生じてしまう。電話のようにはいかないものだ。


『君は今何の研究をしているのだったかな? たしか、人類の進化にまつわる……』


「そうだ、エディチュラの力を人間に作用できないかと考えているんだ。エディチュラは8つもの手足で素早く移動できる。これが人間だと最強の生物になり得ると思うんだ! だからエディチュラの要素を、魔力で混ぜ合わせて適合さえすれば……」


『全く、聞いた時は驚いたよ……』


「そ、そうだろ? これさえ実現できれば……!」


『君がここまで荒唐無稽なことを言うとは思わなかったよ、失望したね』


「な、何だって……!?」


『そんな無駄な研究は今すぐ辞めて、新たな研究を進め完成させるのだな。期限までに』


「ば、ばかなことをいうな! 今から変えるなんてとても期限なんか……、それにこれは本当に私が心の底から……」


『シャイツ、私はどう見ても理不尽な男に見えるだろう。だがこれも君のためなんだ。私が君の尻を叩く、憎まれる存在になってあげよう、そうすることで、君は以前よりさらなる進化を遂げる。君もそうなりたいだろ?』


「そ、それは……、だからエディチュラの研究を……」


『私の言葉を否定したね? じゃあさらに君に焚き付ける言葉を与えよう。私は今の君より、君の息子であるヒコル君により興味が向いている。君を解雇させ、息子をスカウトするであろうことを、君に知らせておいてあげよう』


「なっ……!」


『ではな、良い研究成果を期待しているよ』


「……っ」


エコウモリが話を終え飛び去ってしまった。


命綱が緩み、むしろ切れかかっているような感覚をリタンドは味わった。


頭を抱え込んだまま、ひとまず部屋から出て現実から目を反らす。部屋にいるイコール現実にしか思えなくなっているからだ。


「……あ、父さん。少しだけ協力してほしいものがあるんだけど良いかな?」


すると廊下には自分の息子であるヒコルがいた。


「ん、何だ?」


「父さんは、雷魔法にそれなりの耐性を持ってる?」


「あぁ、昔は色々やらかしたからね。痺れには慣れてる、それがどうかしたか?」


「良かった、今からピリッとするだろうけど気を付けてね」


「おい何を……、っ!」


ヒコルが自分の頭とリタンドの頭を近づけた時、突然ピリッと電撃のようなものが脳を走った。


『すごい、父さんその程度で済んでるんだ』


「いやこの場合は私たちが親子だからな、頭脳回路が近いから影響が少な……、今お前喋ったか?」


『やったね成功だ』


「……驚いた、まさかこんなことができるなんて」


『うん、雷、といっても微量だけど、その力を応用すればこうすることができるんだ。電気って言っても分かんないと思うけど……』


ヒコルが行ったのは、雷魔法を駆使した脳内電話である。雷魔法の魔力操作、いわゆる電力を誤れば痛いじゃすまなくなるため不用意に実験を行えなかったが、リタンドのおかげで一歩前進、ヒコルは喜んでいた。


『ああでも勘違いしないで欲しいのが、これって伝えたいことしか相手の脳裏に届かないから、思考全てを読み取れるものじゃないんだ。独り言くらいなら多分聞こえちゃうんじゃないかな......』


「そ、それでもすごい発明だ……! これなら……、これなら……」


『私は今の君より、君の息子であるヒコル君により興味が向いている』


「……どうしたの父さん?」


今の考えを読まれてるわけではなかったな、とリタンドは少し安心する。


「何でもない、素晴らしい実験だったよ」


ヒコルと別れ自分の部屋へ戻るリタンド、エディチュラの実験途中である道具が机の上に並んであり、実際にエディチュラを飼っている。


普通なら机の上をバンと叩きたかったのだろうが、散らかって叩くスペースもないため、壁を叩いて自分の焦燥感を表現していた。


「私の研究が無駄に……、しかもヒコルに、息子に出し抜かれる可能性が……」


自分の息子が自分を超えるのならそれはそれで良いことじゃないのか、ともちろんリタンドは思っていた。


しかし、家族とそこまでコミュニケーションを取らず研究一筋になっていたこの男からすれば、たとえ息子であっても負けることは屈辱でしかなかった。それほどのプライドがリタンドにはある。


エディチュラの体液から作用した魔力との混合液、これを体内に挿入することでリタンドの理想である最高なる人間となるはず、ただ問題は臨床実験だ。


別の生物同士の体液が混合してしまえば、この世界では拒絶反応という言葉は浸透していないが、リタンドのような知識のある人間は理解している。そうさせないよう魔力で中和する実験を繰り返してきたがまだ本番を試していない。そんな危険な実験をする人間など存在しないからだ。しかし、


「シャイツは……、騎士側の人間だ。これで魔導士側が強靭な肉体を手に入れてしまったら勝ち目がないと思ったんだ……。きっとそうだ……、俺の才能に嫉妬したんだ、俺の力を見せてやる……!」


リタンドはエディチュラ混合液を一気に飲み干した。


「礼を言うよシャイツ……、お前のおかげで俺はさらなる進化を遂げる!!」

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