第11話 また訪れた絶望

 王宮に到着し、麾下の兵士はそのまま教会に戻って行った。

 アイラは従者としてエレニアと共に警備の任務を果たすため残っていて二人は皇太子の執務室へ向かう。

 執務室に向かう廊下は騎士達が一定間隔で配置されていて彼らは同い年頃の子たちよりは少し成長が遅ているように見える銀色鎧の10歳の少女に敬礼をするのであった。

 皇太子の婚約者でありながら10歳でパラディンの称号を得た少女はさっきまでしていたプンプンした顔は消し、自分の任務に充実すると、また失敗は許されないと自分に語り心を締めていた。

 自分のミスで大事な者をまた失うことになるかも知れないという恐怖に立ち向かいながらも凛々しくあろうと頑張る少女の姿がそこにいた。



 少女は自殺という選択肢で自分の命を捨ててしまいこの状況から逃げ出すという方法も無論知っていたが、その選択は自分のみ楽になるだけで、生きていれば長く続くだろう苦痛から逃げ消えていく選択であるだけであった。死んだ後の大切な人達がどうなるかは誰にも予測できるものであろう。


 エレニアはヴァインクラッディ家の長女として上には二人の兄がいて、下には弟と妹が一人いるのであった。

 彼女は親も大切ではあるが下の二人のため犠牲し頑張っているのであった。上の兄たちと親は皇太子であろうともそう簡単にどうにかできるはずもなかったが、下の弟と妹は違うのであった。


 彼女は5歳になってからは兄弟ともほとんど話すこともなく、自分の運命から前に進むための知識と力を鍛えることに集中してた。きっと図書館で出会った彼に影響されて変わった感情であろう。

 しかし、家族と距離を置くということは家族からは変人に見えてしまうことであったが一人を除いた家の者達は彼女が聖人族の血が濃ゆすぎるからだと認識していた。

 冷たいエレニアの表の態度に対しても一つ年下の弟のエルヴァレットだけは外の世界から持ち込んできた色んな本をエレニアに持ってきてくれていた。

 彼を幼い頃には嫉妬することもあったエレニアだったがどんどんその気持ちは薄くなるもので、王国の全ての知識があるという王国図書館にもない彼が持ってきた庶民の本は興味深いものであった。

 そう大切な人達を思いながら歩くことを繰り返していると何故か開かれている皇太子の執務室の正門が見えてきた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 傲慢、色欲であり憤怒する皇太子カビルであったが彼はけして怠惰ではなかった。

 彼はエレニアよりは薄い色の金髪はサラサラと揺られ良い遺伝を続けられた王家らしく誰が見ても美青年と思う容姿をしてた。

 もの凄く活発に働く性格であり、皇太子の執務においても全てを早くやりこなせる才能も持っていた。

 既定の時刻に来る王宮のメイド達に構わず夜が明けた頃から一人で身の回りの準備を整え自分の執務室に向かい正門を両手で開けておいて机に戻り仕事に入ってた。

 執務室は広くピカピカし滑らかそうな床と太い柱が支えていて皇太子の机を中心として左右対称の形をしていた。


 やるべきことを絶対後に回さない彼の性格は怠惰という単語とは程遠かった。

 エレニアが執務室の警備をするようにした彼は5日ぶりの彼女に出会うことを期待しているようであった。


 彼のエレニアに対する執着は異常であり、彼の言葉に従順する他の女を抱いても全然楽しくないことを彼はよく知っていた。

 自身の性癖も他人とは違うことをよく理解していて婚約者を決めたその日見た4歳のエレニアは最初はガキであり全然興味がなかったが、彼女の言動に体中に電流が流れるような感覚を感じ、その後から他の女は全然楽しくなくなっていた。


 ただ彼はエレニアが13歳になる日だけを待ち望んでいた。


 夜が明けた頃から誰もいない執務室でカビルが一人で書類の処理をしていると官吏が使う執務室の横にあるドアから次々と臣下たちが入ってきてカビルに敬意を示す礼をあげ自分らの業務を始めた。


 皇太子カビルは強い力を持ち残酷な面も持っていたが以外とその欲求解放は全てエレニアに向かっているのであった。他の者には機嫌を損ねる行動をしない限り罰することなく自由に業務に集中できるよう配慮もしていて、時間を大切にする極度の効率重視の性格であった。

 皇太子の裏の性格を知っている臣下は指で数えるくらいであって、表の性格しか知らない臣下達は口でいちいち礼をあげるのではなく簡略にすましすぐに業務に入ったものだろう。


 ほんの少しの時間が過ぎたかカビルは書類の山が少なくなったことに気づき正門の方に視線を移すとエレニアが従者と共に歩いてきていた。その様子を見たカビルは独り言を語る。


「何か可笑しい、可笑しいぞ」


 そう喋り出したカビルは席から立ち上がり遠く見えるエレニアの容姿を観察し始めた。

 その姿を目にしたエレニアは一瞬気持ち悪いという表情になったがすぐ冷静な顔を取り戻した。

 彼女を観察していたカビルはしっかりと少女の姿が見えた頃大騒ぎし始めた。

 戦闘や遠征ではない警備の任務だったため兜を被ってなかったエレニアの姿から髪が短くなっていたことを知ってしまったのであった。


「髪...髪が!シルク見たいな髪がぁぁぁぁぁ!どういうことだエレニア!」


 叫びだし興奮する皇太子に執務室にいる全ての人間が驚き視線を下げ始めた。愛しき婚約者の大切な長い髪が短髪になったことに皇太子であろうとも怒っているだろうと臣下の人たちは何も言わずただそう思うのであった。

 

正門を通り執務室に入ってきたエレニアは皇太子へ着任の礼を上げる。


「カビル様4城郭遠征の任務から帰還し、只今からパラディンエレニアお召しによる執務室の警備任務のため参上致しました」


 続いて皇太子が怒っている事実に関しても語る。


「遠征の中4城郭に現れたゴブリンを退治するため独断の愚かな行動をしてしまい、カビル様が大切に思ってくださっていた髪を失ってしまいました」


 ゴブリンとの戦闘に関する報告は既に教会を通って皇太子に上がっているはずだが髪の件については教会に何も言わず兜を被っていた彼女の姿から教会の者は皇太子に報告できなかったのだろう。

 エレニアの独断による結果だという言葉にカビルはいきなり大人しくなってニヤけ始めた。きっと何か企み始めた嫌なニケやぷりだった。


「なるほどなるほど」


 そう言いつつカビルは席を離れエレニアに近づいてき、エレニアの前に立ち彼は彼女の耳元で囁く。


「そう髪はまた伸ばせばいいさ、しかし、君には教育が必要そうだ」


 すると彼は大声で命令する。


「エレニアとその従者以外の者は直ちに我の執務室以外でこなせる業務を優先し1時間退室することを命じる!」


 とすると官吏達は手に書類をもったり慌ただしく退室し始めた。

 2分ほどの短い時間で全員退室したことを確認したカビルは語りだした。


「従者の名は?」


 その言葉にアイラは頭を下げたままビクッとした。


「アイラ・ブランコリチでございます」


 皇太子の様子が可笑しいと思ったエレニアは彼の視線から自分よりも年上の聖人である彼女を隠し前に立ちながら答えるのであった。


「子爵で教会に努める者か、エレニア、君が答える必要はない」


 カビルがそう言いながら彼女の肩に手を当てた瞬間束縛の魔法でエレニアは両手両足が封じられ跪かされた。


「何をするんですか!」


 と動きを封じられたエレニアが抵抗し叫び出すとカビルはニヤついた顔で彼女の唇を左手の指で触ると彼女は唇を開けることができなくなり呼吸が乱れ喘ぐ声しか出せなくなった。

 尊敬する少女が束縛されるその姿を見たアイラは悔しい思いをしながらも頭を下げたままで動けなかった。皇太子の本当の姿を目にするものであったがここで間違った行動をするとどうなるかについては彼女でも十分理解できる状況であった。


「頭を上げ我の目を見て答えることを許す」


 カビルの命令にアイラは頭を上げ彼の目を見るとニヤけている顔には鮮やかな色をした青い目があった。


「エレニアの髪を切ったのはゴブリンで間違いないのか?」


「はい、戦闘から戻ってきたエレニア様は既に髪が雑に切られていました」


 その答えにカビルはニヤニヤとしながら彼女の言葉から探した一つのことについて問う。


「戦闘で戻ってきた?お前は何をしていた?」


 カビルの思考を何となくわかったエレニアが『うーうー』とあがき声をだした。

 アイラは嘘をついてはいけないとそう仰っていらしゃると受け止めたか、続いて答えるのであった。


「4城郭でゴブリンの襲撃が発生したという村人の話を聞いたエレニア様は単独でゴブリンに向かい、兵士達と私はできるだけ走り追い付こうとしましたが私達が城門に近づいた頃にはエレニア様は既に戦闘を終えていました」


 アイラはそう言いながら尊敬するパラディンの少女の顔を笑顔で大丈夫ですよと見つめると少女の綺麗な青緑の目から涙が零れていてアイラに何かを叫んでいた。

 その瞬間アイラは正常に立つことができず左側に倒れた。


「え?」


 一瞬で倒れ、襲いこむ痛みにアイラは左足を見ると自分の左足は切り飛ばされていた。足は綺麗な断面で切られ後方に飛ばされていて、太ももからは血が噴水のよう出ていた。


「キャァァァアアアアアァァァ!」


 一気に攻め込む痛みにアイラは悲鳴を上げた。

 切られた太ももを抱き喘ぐアイラを見下ろしながらカビルは言い出した。


「お前は従者としての役目を果たせなかったな」


 苦しんでいるアイラへ束縛されていたエレニアは何としても近づこうとしたが手足も使えないまま結局頭が床にあたりながらまた頬が床にこすられながらも彼女のもとへ這いよった。

 エレニアはアイラを見て自分の腰にいる聖水を渡そうとしていた。

 アイラも苦痛の中でも彼女の行動の意味を理解し聖水を取ろうとする。


「これはこれは滑稽だ!アハハハ!奇跡をおこせないからって聖水を使いたいのか!」


 足掻く二人を見下ろしてたカビルはエレニアの腰にいる聖水を取ろうとするアイラの右手も『風のウィンドブレード』魔法で切り飛ばした


「アアッ!キィヤアアア!」


 手首を切り飛ばされたアイラが悲鳴をあげ気絶した、カビルは自らの手でエレニアの聖水を取りアイラの太ももにかけるとその血が止まる痛みでアイラがまた目を覚まし悲鳴をあげるのであった。


「おや?血を止めても重傷の傷が増えたらどうするつもりなんだ?聖水もつき血もどんどん足りなくなっている、さぁどうするエレニア!」


 彼は楽しそうに、涙まみれでもアイラを何とか救おうとするエレニアを無様だと思いながら見下ろしていた。

 エレニアは諦めず後ろ向きになって魔法で縛られいてる手をアイラの手首にあて治癒の奇跡を行う。


「ウーウッ!」


 彼女はハイパーキュアの奇跡を使っただろうが口が動かなかったため喘ぐようにしか聞こえなかった。

 治癒の奇跡で傷口が直されて一瞬痛みから解放されたアイラだったがまたどこかが切り飛ばされる恐怖に怯え震え狂い始めた。

 とすると彼女が最後の力を絞って口を開けるのであった。


「エレニア!もう癒さないで!もう苦しめないで!早く死なせて!」


 アイラのこれ以上苦しみたくないという言葉が走った。血も足りなくなり精神を維持することも難しかっただろう。傷が癒されても女性としての人生は既に終わっていて、人間として生きられるかもわからない、また、この苦痛から早く解放されたいのであったんだろう。

 エレニアはダメだと叫ぶ喘ぐ声を出してたが狂い始めたアイラの願い通りカビルは彼女の首をエレニアが見る前で落とした。

 汚れを防ぐ魔法を使っていたか、カビルの靴から服までアイラの血は一滴もつかないままだった。

 歯を食いしばりながら額を床にあて立てようとするエレニアにカビルが語りだした。


「このことを他の者に口外すると知ってるな?君の従者が運がいい方だと思うくらいに苦しめて殺される姿を目にするだろう」


皇太子カビルは冷たい目をしてアイラの血で血まみれになった顔で泣き続けるエレニアを見下ろすのであった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 エレニアは皇太子から解放されアイラの死体を回収することもできず『ブランコリチ』子爵の屋敷にきていた。

 従者のアイラの死は皇太子によりエレニアを狙う刺客から彼女を守ろうと身を張り死体も残らず散華したことになっていた。

 傘のない雨の中一人でそう子爵の屋敷の正門に立っていた。王宮の裏口から出るようにとされたエレニアは雨によって甲冑にや顔についている血が流されていた。

 聖職者であり嘘をつきたくない彼女であったがそうしないと死んだ者よりも生きている子爵の者や自分の家族が危険であることを理解していた。

 しばらくすると正門が開かれ子爵の屋敷へ入って行った。

 娘が仕えている王国の最年少の女性パラディンが訪問したことで屋敷入口のドアを開いたのはアイラの父と母である『ゲルドル・ブランコリチ』子爵と『エイスピン・ブランコリチ』夫人だった。

 子爵は急な訪問で驚きながらも歓迎する顔をしていて従者である娘が見当たらないことに疑問を持っているようだった。


「ヴァインクラッディ公爵家のエレニア様ようこそ、雨の中に一人にさせてるとかアイラの奴はいったいどこでさぼっているのですか?」


 パラディンであろうが雨でずぶ濡れになっている少女が心配だったのか視線を合わせ座りながらゲルドル子爵が質問する。

 しかし、エレニアは震え始め失敗してはいけないと思いながらもそれは思春期がやっと過ぎた子供には厳しいことだった。

 とすると心配になったかエイスピン夫人も横に座り彼女をみて話し出した。


「エレニア様何か辛かったことがありました?」


 普段娘のアイラからエレニア見たいな妹が欲しいと聞かされたエイスピンはきっと少女の姿を見て心が痛かっただろう。

 彼女はエレニアに優しく手を伸ばしたがそれを見たエレニアは子爵の前では泣かないと誓ったはずだが涙を堪えず泣き出しながら報告をする。


「プリースト『アイラ・ブランコリチ』は従者の任務の途中、刺客に襲われた私を守ろうとし、死体も回収できない状態になり散華しました」


 娘が亡くなった現実に悲しみ、小さい体で我慢しながらも一人で報告しにきたその少女の姿と言葉にエイスピン夫人は涙を流しながら温かくエレニアを抱くとゲルドルがその二人を抱きだし涙を流すのであった。


「エレニア様、ここまでくるのはとても辛かったでしょ?エレニア様を妹と思いたがったあの子は貴方様を守ることができて、誇りに思っているはずです…きっとそうです」


「俺の娘ながら…誇り高き、立派なものだった」


 子爵は娘が死んだ報告に涙を隠せないままであったが、彼女の心を心配しそう言ってくれるのであった。

 エレニアの頭の中では嘘である胸苦しさとアデリアの死に顔、家族の顔、子爵夫婦の姿そしてアイラの笑顔が殺して欲しいと願いする顔に切り替わる絶望を味わい雨の中泣き止むことができなかった。

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