生物準備室にて
工藤行人
誰そ彼
校内が暖色に染まる時間も
煮詰まった濃い光に満ち
準備室に着いた弥生は手に持っている荷物――その日の授業で扱ったヒドラの観察ノート――を落とさないよう注意し
梶川は春に大学院の修士課程を出たばかりの新任の生物教師だった。九州男児らしいがっしりとした体躯と、それに似あわしくない高めの声のトーンというミスマッチが、彼の
梶川はドアが開いたのにも気付かぬ
「先生、
と少し大きめの声を掛けて、来訪した者の存在を告げた。
「
梶川は振り返ることなく言葉だけを弥生に寄越した。聞き慣れた
「集めたノート、先生の机の上に置いておきますね」
と、飽くまで生徒らしく振る舞うことには成功した。
「じゃあ、失礼します」
余り長居しないほうが良さそうだと判断して早々に部屋を辞そうとする弥生を
「
「はい」
振り返った弥生の
「今日の授業でした話、どう思った?」
「え?」
弥生は不意を
「なあ、どうだった? お前、結構真面目に聞いて呉れていただろ」
そう言うと梶川は
その日の授業で扱うヒドラのことなどそっち除けにして、梶川は自分が小学六年生の時に飼っていたハツカネズミの話をしていた。真っ白いハツカネズミを二匹、丸く大きなクッキー缶に入れて、その
「それで、その死んだ方のハツカネズミなんだが……」
と続く
「はい、じゃあ今日はここまで。観察ノートは今日中に完成させて提出すること。生物係はノートを
そう言って教室から足早に去った時の梶川とは明らかに異なる、生物準備室の梶川の佇まい。
「なあ、
「はい……」
「死んだ方のハツカネズミ、何で死んだんだと思う?」
「え、それは、先生がエサやりを……」
「そうじゃないんだよ。そうでもあるけど、そうじゃない」
弥生の言葉を中途で
「共喰いしたんだよ、片方がもう片方の奴を。首から上がさ、ぺろっと消えて無くなっていたんだ。喰っちゃった方の奴は、そんなこと気にしていないみたいに綺麗で無垢な赤い瞳をしてたっけなぁ。首の無くなった相方にぶつかり乍ら窮屈そうで、迷惑そうで……、ふふ」
「あの、先生……」
意図的に
「首が喰われちゃった方の奴はさ、首がない以外、不思議なんだけど他の部分は生きているみたいだったよ。生きている時のまま、本当に生きている時そのままだったんだよ」
つい先ほど、梶川の新しい声を発見した時の小さな
梶川の言葉は
「あいつの死骸を見ていて俺が眼を奪われたのは前足でさ。生きている時には眼にも
窓の外が群青色に支配されてゆくにつれ、室内の蛍光灯の光が存在感を増す。ふと、弥生は背を向けている梶川の視線を感じた。閉められた窓が、外の闇に
その時だった。
カラン……クワァン、クワァン、クワァン、クワァンクワァンクワァン、クワワワワワン……
隣の生物室から、金属製の何かの落ちる音が弥生の耳に届いた。
今や梶川の体は輪郭の
逃げなければ。弥生は咄嗟にドアノブに手を掛けた。だのに、
(あれ? 開かない!)
弥生の開けた筈のドアには、然し何ゆえか鍵が掛かっていた。そして次の瞬間、弥生は背後に
生物準備室にて 工藤行人 @k-yukito
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