第3話 門前にて
どこまでも透き通った夜の中、涼やかな風が吹き抜ける星明かりの大地。
ポツリと蠟燭のように灯っている街へと馬はまっすぐ進んでいる。
やがて石造りの壁模様が見えるあたりまで近づくと門の足元に木と布でできた掘っ立て小屋とすら呼べない子供が作る秘密基地のような簡素な建物があることに気が付く。
そのボロ小屋の前には一人の男が焚き木をしており、ボロ小屋にふさわしい薄汚れた和風の着流しを身に着けていることがわかる。
(...浮浪者だろうか)
この世界にきて和風の衣服を目の当たりにするとは思わずつい驚いてしまうが明らかな浮浪者である手前声をかけるのは躊躇われる。
しかし、このまま街の中に入ってもいいのか分からずどうしようかと思案しているとその男も私に気が付いたのか立ち上がり私の方をじっと見つめ始める。お互いの顔がはっきりと見える距離になると男は老人であり白髪交じりの髪を後ろでひとくくりしていることが分かった。
老人が歩み寄ってくると馬も自然と足を止め思わず私も馬から降りる。
久々の地面だったため足裏の感覚がおぼつかず膝をつくがすぐに馬を支えにして立ち上がり老人のほうを見る。
表情からして頑固な性格であるとうかがえる老人は緊張した面持ちの私の顔を確認したあと視線を馬に移し声を発する。
「・・・ここに来るのは初めてか?」
一瞬、声をかけられたことに怯むがそれを悟られないように返事をする。
「はい、えっとでも勝手に入ってもよいものかわからず…えっと、その私事情がありまして…」
奴隷の立場で逃げて来たことを言ってもよいか迷い結局言葉を濁して老人に伝える。
私の服装をみて大方を察したのか老人は言葉を返す。
「・・・ここへ来る大概の者が事情を抱えておる。無論、儂もな。・・・少し待っておれ、話の聞ける奴を連れてくる。火のそばに水桶がある、好きに使え。」
そう言い残し老人は門の中へと消えていった。
私は老人に言われた通り焚き木のそばへ馬を引いていき桶から柄杓を使い水を一掬い分だけ飲んだ。
そのあと馬の前へ桶を移動させ馬にも水を飲むように促す。水を飲みつくす勢いで桶に顔を入れた馬の背中をなでて
「ごめんね、長い間走らせちゃったね」と声をかける。
しばらく水を飲む長旅の友を眺めていると老人が一人の着物の女性を引き連れて戻ってきた。
私はその女性のとある部分に目を取られ呆然としていると女性はすぐそばまでやって来て私に声をかける。
「こんばんは、たった一人でよく参りました。ここからはわたくしミナモがご案内いたしますね」
ミナモと名乗った女性は銀髪の長い髪に青く優しい目をしており、この女性を連れてきた老人とは真逆の気品にあふれた絶世の美女であった。
「・・・どうかされましたか?」
まるで芸術作品のようなどこか柔らかい新雪を思わせる美女は呆然としている私の顔を不思議そうに見つめぴょこぴょこと見慣れない動物のような耳と尻尾を動かしながらそういった。
声をかけられた私はミナモさんの美しさにしどろもどろになりながら今までの経緯を説明し何故呆然としていたかを赤面しながら説明した。
そして説明が終わり、落ち着きを取り戻した私を見て
「フフフ、そうでしたか、獣人を見るのは初めてでしたか。わたくし、てっきり何か失礼を働いてしまったものかと」
銀髪狐耳美女のミナモさんは口元に手をあてコロコロと自らの抱えていた杞憂を笑った。
ひとしきり笑った後、ミナモさんは「ふぅ」と妖艶に呼吸を整え
「しかし、異世界からやってきていきなり奴隷にされてしまうとは災難でしたね。もう大丈夫ですよ、シノミヤ様はこの国で保護させていただきます」
その言葉に私は迷いなくお願いしますと返すのであった。
「しかしよミナモよ、あんたが通りにいるとは思わなんだ」
私たちのやり取りを見計らって老人がミナモさんにそう声をかける。
「ちょうど赤楼通りの駐屯所にお説教をする用事がありましたので」
「・・・説教?あぁ、またシュテンか。お前達も悩み事が尽きんな」
「えぇ、本当に困ってしまいます・・」
ミナモさんは悩まし気な表情をした後に言葉を続ける
「ヤスケ、ヨル様が心配しておりました。悩み事の一つに貴方も含まれていることを自覚なさい」
少しだけ真剣な面持ちで老人・・・ヤスケと呼ばれた男を見つめ言葉を突き付ける。
「・・・そのうち文でもよこす」
藪蛇だったか、と苦虫をかんだような表情をしたヤスケさんはぶっきらぼうに言葉を返した。
そんな少しだけ緊張感のあるやり取りをした後
「では、シノミヤ様参りましょうかご案内いたします。お馬さんも一緒に」
すぐさま微笑みを取り戻したミナモさんはそう私に声をかけ門へと歩きはじめた。
(お馬さん呼びなんだ・・・。)
いつの間にか寛ぎ草を食んでいた馬はミナモさんの言葉が伝わったのかのそりと立ち上がりミナモさんのそばへ歩いていく。
私もすぐに続こうとし歩き始めるが、一つ忘れていることを思い出し振り返る。
私は今までの中で一番大きな声で「あの、ありがとうございました!」
と門についた後の一連の出来事に対しお辞儀をし礼をする。
すると少しだけ驚いた表情をしたもののヤスケさんは短く
「達者でな」と返してくれた。
私はもう一度お辞儀をしてミナモさんが待っている門へと走り出すのであった。
明けない夜の国 @enomoto321
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。明けない夜の国の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます