第7話 逆境に揉まれることで人は成長し結束が強まります

「何だよアレス、いま言ったオセ□ってのは」

「ああ、リバーシってのは通名みたいなもんで、オセ□はなんかその真名みたいな扱いらしいぞ。不用意にその名を呼ぶとマズイとか」


「ですがあの勇者、何か『おうせいろう』とか微妙に違う言い方してましたよ」

「おお、なんか無性に怖いんだが」


 困惑する魔王たちをよそに、勇者は満面の笑顔を見せる。

「んふふっ。やはり魔王さんは知っていたね」


 そしてエシュリーは語りだした。王逝狼オウセイロウとは何かと。


「そう、王逝狼とは――――」



 異界ニホンの西部に位置する中国地方。かつてその地に栄えた津百済つくだらという王国では初代の王が決めた王逝狼オウセイロウという独自の王位継承方法を用いたことで知られている。


 もしも次代の王を望む者が二人いたとき、その候補者は共に一枚の板の裏表にくくられ、台にのせられる。


 そしてそれぞれが複数の代理人を出し、その代理人同士が試合を行い、負けた側の候補者の板が傾けられる。台の下には飢えた狼が配置され、負け越して板が完全に裏側に向いてしまった者は狼のエサになるのである。


 これは初代の王の双子の王子が共に王位を譲らず、仮に決まっても残った者が反乱を起こすことが必至であったため、国を割らないようにという苦渋の策であった。


 転じて王になるか狼のエサになるか。この賭けに身を投じる覚悟のある者のみが王位を望むべしという国のドクトリンになったのである。


 ちなみにこの王逝狼オウセイロウの故事を遊戯の形に整えたのがオセ□である。


蘭花書房『世界の勇戯大全』より



――――と、とくとくと語った勇者エシュリー。


 だよね、と言わんばかりんの笑顔をアレスに向けてくる。


(あの、アレス様。あれは本当なのですか。魔王様の家系ならば異界ニホンの情報が多く残されていると聞きますが)


(いや、俺はさっき説明したことしか知らんぞ。とはいえ俺が知るのはニホンの情報の一部でしかないが……)


(んー、違うと思う。あの勇者、昔アレスが魔王城が変形して人型になって動き出すって設定語ってたときと同じ目をしてる。多分アレスのと同じく妄想だ)


(はあ? 舐めるなよ。俺は夢を夢で終わらせない男だ。ちゃんと予備費から予算組んで基礎研究から取り組んでるからな)


(なあ、ヴィズ)

(はい、戻ったら予算の精査を行います。ですが今はそれよりも…………)


「ええとだな、勇者よ。それはそれとしてだ、今回我々は普通の――――」


「狼は用意しといたよ」

 エシュリーがピュイーと口笛を吹けば、遠くから土煙が。

 それはまたたく間に近づいてきて、その正体に全員が絶句した。


「これはフェンリル……」


 突如出現したのは灰色の毛並みの巨大な狼。見上げんばかりの家ほどのサイズの巨体。魔の森の主の一人と呼ばれるSランクの魔獣である。


 場所によっては神とも崇められる魔獣が、小さな少女に頭を下げ従っている。

 その首には巨大な鎖が巻かれていた。


「こないだキングサーペント狩りに行ったときに出会った。私の獲物を取ろうとしたからちょっと躾といたの。いい子でしょ」

 

(嘘だろ……この勇者。フェンリルを倒すだけでもおかしいのに、それを従えてるだと。神話級の魔獣だぞ。自分より圧倒的な強さがなきゃ靡くはずがない)


「じゃあ今日は王逝狼で遊ぶってことでいいよね」

「あっ……ああ」

 あっけにとられた一行が頷いてしまったのが運の尽き。


「対戦するのは誰? こっちは私がやるよ」

「それは私です。指し手プレイヤーを務めます」

 ヴィズが応じる。


「じゃあ王様候補は……魔王さん?」


「うん? 俺が候補というか王そのものだが」

「じゃあ私の方も王様候補を……あれ、皆いないな」


 ふと気づけば数人いたはずの勇者の付き人たちが猛ダッシュで離れて、はるか小さな点に。


「なんだあいつら。勇者を置いていくなど。いくら俺たちが怖いからって」


「困った。王様候補役がいなくなった」

「勇者よ、候補……役とはどういうことだ?」


「んっ? 王逝狼なんだから、負けた時にフェンリルに食べられる役が必要でしょ」


 勇者曰く。王逝狼で肝心なのは板の裏表に王位を目指す王子がくくられ、配下の勝負結果で狼に食われるという真剣さにあるという。


 それが配下に命を預けることができるという王の度量を示すことになると。


「はあ!? 王逝狼でいくって、そういう意味かよ!? 貴族が地下の賭場でやるようなデスゲームじゃねえか。いや、それ故事なんだろ。もっと穏やかなものに変えたのがオセ□なんだろ!? そっちでいこうぜ!」


「ううん。せっかく魔王さんと遊ぶんだから、古式正しいスタイルでやるのが礼儀」


「待てよ、そっちに王様役がいないなら成り立たんだろ」


「しょうがない、じゃあ余ったトカゲさんにこっちの王様役を――――」


「ぼぶェエ! わ、私はヴィズの王様役なんで! そっちはアレスと組めば!」

 イルファはヴィズにひしと抱きついた。


「りょー」

 さっとアレスの手をとり、ニコッと笑う勇者。

「よろしく」


「ひっ!?」


        ****


 木の台にのせられた丸い板。両面が白黒に塗られ、それぞれの面にアレスとイルファが鎖で縛られている。


「くそっ、あの勇者。なんちゅうバカ力だよ」

「んああああっ! んあああああっ!」


 二人の下には凶暴な牙をむき出しにしたフェンリルが控える。

 鎖に繋がれた魔獣であるが、もしも二人がくくられた板が水平にまで下がれば即座にパクリといける絶妙な距離である。


「ヴィズ様ー! 完勝! 全部一色染め上げて! 勇者と魔王に力の差を思い知らせてやってくださーい!」

「ヴィズ様ー! ボーナス! 次回のボーナスにご期待くださーい!」

 叫ぶ二人。


 そしてヴィズと勇者エシュリーが対局台に立つ。石造りの舞台。すえられたテープルの上には聖樹を使って作られたリバーシ盤。


 どちらが先行するかもちかけようとしたヴィズに対し、エシュリーはすちゃっと剣を抜いた。


「うん?」


「じゃあフリースタイルで対戦ね。動けなくなったら負けってことで」


「えっ、あの、勝負はこのリバーシで決めるのでは?」


「それじゃあただのオセ□でしょ。せっかく古式ゆかしい王逝狼なんだから、そこは死合形式で」

 かちっと剣先を自分に向けられてヴィズは慌てた。


(たしかに先ほど王同士が互いに代理人を出して試合をさせるといってましたが……ええっ!?)


「お待ち下さい。私たちは一人ずつしかいませんよ。暴力勝負にしてしまっては、片方が倒されてそこで終わりですよ」

 勇者自身が設置した台。勇者の説明によれば、アレスとイルファがくくられた板は初期位置から5回ストレート負けで水平のぱっくりゾーンに到達するということであった。


 ヴィズにしてみればリバーシの勝敗を調整することでどちらも危険エリアにいかないようにして、最後に時間切れで終わりにしようと目論んでいたのだ。


「回復すればいいのでは?」

 こともなくそう言った勇者の手のひらがぱあっと淡く光る。


「あっ、ほんとに全属性使えるのですね。ですが私はそもそも痛いのは嫌ですので、ここは文明的にチェスやショーギで……」


「んあんっ!?」


「あの、じゃあソロバン……はダメですね……こ、コイントス。せっかくリバーシのコマがあるのですから、この白黒のコマを投げて決めましょう」


 ヴィズがそばのリバーシのコマを掴んで提案すれば。

 

 ぐっと親指を立てた勇者。何やら琴線に触れるものがあったらしく、いい笑顔。


「じゃあそれでいこう。かわりばんこでコインを投げて白が出たら私の勝ちで、黒が出たらそっちの勝ちで」


 さっそく勇者がピンとコマを弾いた。妙に芝居がかったかっこいい弾き方。

 高く直上に昇ったコマは地面に落ちれば黒の色を見せる。


「んっ、まずは私の一敗」


 エシュリーは残念そうに言って板に繋がったロープを伸ばした。

 垂直に立っていた板がガクンとアレスの側に角度を下げる。


「グルウウウゥ!」

「うおおおおおっ!」

 自分の元に少しエサが近づいてきてフェンリルがよだれを垂らした。


「アレス様、イルファ様。完全に運任せのゲームになりました」


 どのみち彼女には二人の生死を選択することは出来なかったので、もう天にまかせることにした。

「二人にゲルム様のおぼしめしがあらんことを」


「おおおおい!」

「んああああっ! んあああああっ!」


 そして激しい戦いが繰り広げられた。


 ヴィズのトスは黒。アレスの側がまた直角の五等分だけ水平に、フェンリルの大口に近づく。


「おおおお! 勇者よ、死んでしまうぞ、これ!」


「大丈夫、まかせて」


 宣言通り勇者のトスは白。続くヴィズも白。板がイルファの側に倒れ込む。


「アレスー! 眷属化オプション、あれで私を守ってくれ!」


「お前だけ! 言っとくが俺がやられたらお前も自動的にアウトだぞ!」


「んあっ、そうだったー!」


 それから勝負は一進一退。どちらかに大きく傾くことはあっても、不思議と次からは逆側に大きく傾く、の繰り返し。


「もう……もういっそ一息に決めろ。もう心臓が持たん」


 アレスのぼやきに応えるように両者ともそこから黒を連発。


「んー今日の私、がちゃ運無し」

 勇者による数回目の黒によって、ついにアレスの面が水平に。

 フェンリルの首がのびる位置に達した。


「グオオオオオオッ!」


「ゔわああ! 目覚めろ俺ー!」

「のあああああっ! 台がギシギシいってる! これ絶対壊れるってぇ!」


 お預けされていたフェンリルがようやくもたらされたエサに興奮。ばっくりと板ごと喰らいつく。その衝撃で台が壊れた。

 

「あっ、ポチ。お座り!」

 台座が破裂。フェンリルがアレスを咥えたまま首を振る。裏側のイルファは巻かれた鎖ごと弾け、ちぎれ飛ぶ木片と土煙。


「アレス様ーー!」


 そこで爆音と爆風が巻き起こった。

 ヴィズとエシュリーは遠く弾きとばされた。


 目を回しながら振り返ったヴィズの視界に入ったのは天まで昇るような光の柱。


「あ…………アレス様が極大魔法の無詠唱発動に成功された。歴史的な快挙です」


         ****


「はあっ、はあ……死ぬかと思った」

「んあああああっ。狼、コワイ。ファイヤーボール、コワイ。勇者、コワイ」

 のびているフェンリルを背後に、焦燥しきったアレスとイルファがよろよろと歩いてくる。 


「だ、大丈夫ですか、お二人共」 


 一方の勇者エシュリーはいい笑顔で二人を迎えた。


「ふう。私の負けだったけど、いい勝負だったね」

「いや、これ俺の負けじゃね?」


「この反省を活かして次回は必ず勝つから。次はちょっとアレンジしたバージョンで王逝炉オウセイロでいく?」


「いや、何かさらにヤバそうな響きを感じるから違うゲームを指定します」


「そう、じゃあ次のゲーム、楽しみにしてる。じゃあね」


 そして勇者エシュリーは用意されていたお土産を抱え、叩き起こしたフェンリルにまたがってほくほくとした笑顔で帰っていった。



 残されたアレスとイルファとヴィズはひしっと抱き合う。


「うおおお! 生きぬいたぞ俺! 俺えらい、よくがんばった!」

「はい、お二人ともお見事でした。よく生還されました」

「アレスすげえな、極大魔法をあの短時間で何の触媒もなしに発動させるなんてな」


 互いに健闘を讃え、生還を喜び合う三人。


「なに、お前たちがいてくれたから俺は力を発揮できただけさ」

「いえ、全ては魔王様のお力です」

「戻ったら絶対四天王増やすぞ。今度は48天王くらいにしよう」


 アレスは目の涙をぬぐって言った。


「これからもよろしく頼むぞ。魔王と四天王の力を合わせればきっとあの勇者の暴虐にも耐えられるはずだ」


「アレス……」

「魔王様……」


 三人は再度ひしと抱き合った。絶対逃さねえぞと互いの手を強くにぎりしめながら。


 これは魔王と四天王が強大な勇者に立ち向かい、生き伸びようという挑戦の物語である。



――――――『完』

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クククッ、勇者よ。ヤツは我らの中で(あみだくじ)最弱よ ~魔王と四天王のサバイバル戦略~ 笠本 @kasamoto

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