第6話 オフには街歩きでアンテナ磨き

「次、そのアクセサリもください」

「はい、お嬢様。まいどあり」


 人界の外れ、魔族領域に近い箇所にあるサザラという街。ときおり魔族との小競り合いがあるが、そばに大きく広がる森には資源価値のある希少な魔獣が多く生息し、それを目当てに冒険者や商人が集まり賑わっている街である。


 昨日勇者たちと一当てして、一度街を離れたアレスたちであるが、こっそりと戻ってきて今は街中を泊りがけで散策中である。

 それぞれに特徴的な角や羽根、長い耳は魔道具によって偽装している。

 

「おい、潜入調査だぞ」

 ぼやくように言うのはアレス。両手には山のような買い物袋。


「これも敵情視察です。それに折角幹部職について手厚いお手当がもらえるようになったのです。ここで買わねばどうするのですか」


「んぐっ、そうそう。それとアレスが荷物もちなのはジャンケンの結果だからな」

 両手と口に食べ物を掴んだイルファ。


「ちっ」

 

「イルファ様、それおいしそうですね」

「うん、肉まんって言うんだ。そこの屋台で買えるぞ」

 

 イルファが指差す先には露天の屋台。蒸しカゴからは食欲をそそる匂いと湯気がこぼれている。


「ほう、他にもあんまんにチーズまんもあるんですかですか。これもお土産で頂いていきましょう」

 さっそく諸々注文するヴィズ。


「肉まんが一つ450マトル、あんまんが500、チーズが520。袋代入れて諸々税込みで合計7250マトルでございます」


「あん!?」

 金額を伝える店主を、ヴィズが鋭い眼光で射抜く。


「持ち帰りの場合は税金が少し下がりますよね。正確には7050マトルのはずです。この私から端数を誤魔化そうなど万死に値しますね」


「はいいっ、申し訳ございません!」

 仮にも四天王を務めるヴィズの殺意に晒され、店主は震え上がり平伏。


 しかしヴィズの怒りは収まらず、罰を与えようと何かしらの魔法を発動しかける。それを慌てて止めるアレス。


「おい、ヴィズ目立ちすぎだ。いくぞ」

「まったく」


 渋々と店から離れるヴィズ。一方のアレスとイルファは「それくらいかまわんだろ」と大して問題にしていない。


「うーん、俺たち貴族出身だからな。そこまで細かい金額はどうでもいいって感じでな。庶民が俺たちからぼるのもある意味必要悪ってやつだろ。この身分で10や100の小銭をとやかく言うのもな」


「上に立つものがそんなドンブリ勘定では困ります」


「絞るなら土地だ建物だとかもっとデカイ金額のときにシビアにいきゃいいだろ?」


「んぐっ、んむんむ」

 イルファも口に肉まんを詰め込みながらうなづく。


「くっ、これだからブルジョワは……」


 そこへ騒ぎが。


「勇者様だ! 勇者エシュリー様がもう魔獣狩りから帰ってきたぞ!」

「朝、出かけたばかりだろ。もうAランク魔獣を片付けるなんて、さすがだぜ」

「魔王にこそ敵わなかったとはいえ、やっぱり別格だよなー」


「んー! んむー!」

「落ち着け、変装してるんだからバレやしないって」


「勇者様、今日も大物を仕留めてきましたね」

「んっ、チョロい」

 彼らの前を通過する勇者エシュリー。片手で巨大な蛇の死体を引きずったまま、冒険者ギルドの解体所に入っていった。 


「あれ、Aランクのキングサーペントですよね」

「すごいな。周りの反応からすると半日で狩って来たみたいだな」

「私らでも倒せはするけど、移動時間考えるとあいつは実質瞬殺してきたんだろ。それも単身で。やっぱヤバイぞ」


 勇者の規格外の力量を改めて思い知らされ、気分が静むアレスたち。


「でも改めて戦いをゲームにすり替えるってヴィズの作戦は正解だったと分かるな。あれとマトモにやり合うはずだったと思うとぞっとするわ」


「今期のボーナス、期待しております」


「あれ、でもゲームってさ、実際に何で遊ぶんだ」

 イルファが首をかしげた。


「それは、あの辺りでいいかと思いますが」

 ヴィズが目をむけた先には、商店の軒下のテーブルで盤上ゲームに興じる住人たち。


「チェスやショーギか。あれ、でも私はそんな得意じゃないぞ。アレスがやんの?」


「当然だ。こう見えて俺は――――」

「いえ、私がやりますよ」


 ヴィズがアレスの得意げなセリフにかぶせた。


「今回の作戦で肝心なのは勇者側にもある程度花をもたせる必要があるということです。勝ちすぎると宣言通りに人族を滅ぼしにくるから、なら一か八かで反撃しようということになって本当は勇者の方が強いことがバレます。


 かといってこちらが負けすぎれば我々幹部は魔神ゲルム様に消されるでしょう。勇者かゲルム様への対抗策が見つかるまでは両者の勝敗を均衡させて時間をかせがねばなりません」


「あの勇者はそこまで盤上ゲームが得意に見えないからな、俺が適当にあしらうぞ」


「いえ、そこは日頃アレス様相手に接待プレイをしている私の方が適役かと。あまりに勝ち目がないと絶望して力づくでくる恐れがありますから。今回は負けたけどこの反省を生かせば次回は勝てそうだ、くらいのギリギリを演出してみせます」


「えっ!?」


「接待プレイというのもそう簡単ではないのですよ。どっかで聞きかじってきた戦法を仕掛けてきた時はすぐに気づいて、まんまとハメられたフリをして瞬殺されてあげるとか。勝つときも、もう手が見つからなくて適当に置いたコマがうまく効いてくれた、みたいな試合には私が勝ったけど実際の勝負はアレス様の勝ちでした感を出して演出してアレス様のプライドをお守りするとかです」


「俺のプライドが今ずたずたなんですけど」

「ぶはははっ、アレスだっさ」


「クッ……いいんだよ。俺にとっちゃチェスなんてのは女の子の前でカッコつけるための道具にすぎないんだから。こう、チェス盤を前にして戦略級魔獣や政敵をどう仕留めるかを思案している風を装ってだ、『だが真に攻略すべき相手は君だがね…………チェックメイト』。これよ」


「ええっ、それを本当に言って…………普通そこでチェックメイトになりますよね?」


「すごいだろこいつ。これでそこそこ女子落としてるんだからな」


「やはり金と家柄と戦闘力と顔があると強いんですね」


「えっ、なに? ヴィズ、俺を褒めてくれてる?」


 そこへ勇者エシュリーがほくほくとした顔で冒険者ギルドを出てきた。

 そしてちょうど三人の前で立ち止まる。


(やばい、勘づかれたか!)

(んああああ! んああああっ!)


 アレスたちは慌てるが、勇者の視線はそばの肉まん売りの屋台の方を向いていた。


「おいしそう……」

「へい、お客さん。お目が高いね。こいつは王都からやってきた最新のスナックさ。どうだいお一つ」


「んっ、買う」


 エシュリーは3種ある肉まんを複数個指定した。金額を告げる店主。


(あっ、あの店主。性懲りもなく小銭を誤魔化してますよ)

(勇者相手によくやるな。この店も先が長くないな)


 だがエシュリーはそんな店主のたくらみに気づかず、財布を取り出した。

 しかもその財布をぽんと店主に手渡す。


「えっ? お客さん?」

「必要分、抜いて」


 そう言われて店主はニンマリと笑みを浮かべたが、次の瞬間さっと顔を青ざめさせる。

 勇者エシュリーが背負っていた大剣をおろし、その場で素振りを始めたのだ。


 ブンブンブン。

 Aランク魔獣を葬ったのもさすがと思える剣筋が、風切り音を鳴らす。


「あの……お客様、それは……」


「んっ、気にしないで。これは勇者流計算術。これをやるとお買い物の正しい金額が求められるの。お師匠様に教わったの」


「そ……そうなんですね。えーと確認いたします。肉まん4つとあんまん3つとチーズまん3つ。お持ち帰りだと税金お値引きしますけど、分かりづらいので丸っとゼロにしときますね。あと指導料を引いて差し引き合わせて5000マトル入れておきます」


「ありがと」

 財布と商品を受け取り、勇者は歩きさる。店主は膝からくずれおち、大きく息を吐いた。


「なんですかあの店主、指導料とか言い出しましたよ」

 ヴィズがならば自分も指導してやるとばかりに。


「師匠、お買い物レベルの算数教えるの諦めてんじゃねえか」

 たしかに本人が複雑な計算ができなかろうと、目の前で大剣を振られれば金額を誤魔化そうなどという度胸のある商人はいないだろう。


「おい、ヤバイぞアレス。あの勇者、明らかに頭脳ゲームができない奴だ」


「こうなると初級魔法でこちらの上位魔法に競り勝つってのも、単に中級以上の複雑な呪文が覚えられないって理由なんじゃないか」


「どうすんだよ、ヴィズ。あいつ絶対駒の動き覚えられないタイプだぞ」


「どうしましょう。私、世の中にそこまで低レベルがいるなんて想定してなかったです」


「チェスとかショーギとか持ち出したら、その時点で切れて暴力に訴えてきそうだ」


 絶望感に沈み込む三人。


 そこへ店の奥から子供が出てきた。抱えた板をテーブルでチェス盤を広げていた老人に差し出す。

「おじいちゃん、私とも遊んで」

「はははっ、いいとも。さあおいで」


 祖父の膝に抱えられた子供がテーブルに広げたのは8列✕8行のマス目が刻まれたボード。

 子供が嬉しそうに布袋から取り出したコマは白と黒で裏表が塗られている。


 三人は顔を見合わせ、叫んだ。


「「「これだ!」」」


        ****


 サザラの街から離れた魔の森近く。


 アレスが整地してこしらえた対局場。


 魔王一行と勇者とそのお付きの者が相対する。


「よく来たな勇者よ。我が戯れに付き合ってくれて嬉しいぞ。どうか、精一杯あがき、我を楽しませてくれよ」


「うん、勝負内容がリバーシだって知らされたら来ない訳にはいかなかった」


 よしっと魔王一行は内心でガッツポーズをとった。


(やはり子供でもルールが把握できるリバーシにして正解だった)


「それは良かった。我にとって人族を滅ぼすのもこうして盤を囲むのも等しく児戯。ならば最もシンプルな遊戯にするのも一興かと思ってな」


「うん。ショーギとかチェスとか言われたら、それはズルだから暴れてやろうって思ってたけど、勇者として二人零和有限確定完全情報ゲームを挑まれたら受けないわけにはいかないから」


(あっぶなー!!)


(ヴィズ、勇者の言ってるぜろわゆーげん何とかってなんだ?)

(チェスを除外している時点で本人も理解してないので気にしなくて大丈夫です)


「んふふっ、それに魔王さん。あなたなら知っているんじゃない? リバーシの本当の姿を」


「ふっ、さすがは勇者の末裔。知っていたか。そう、リバーシの真の姿。その名はオセ□である」


「そう、王逝狼オウセイロウ


「んんっ!?」

 アレスは勇者エシュリーの言葉に不穏な響きを感じ取り、思わず身震いした。

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