第5話 目標達成にパーティーが一岩となって取り組みます

 人族領域の端、魔族領域に接するサザラという街。


 さきほどまでは暖かな日差しが降り注いでいたこの街に、突然暗雲がたちこめた。


 轟く稲光に街の住人がなにごとかと空を見上げれば、そこには三つの人影が。


 続いて街全体に低く響き渡る男の声。


「ハジメマシテ、人間たちよ。我が名はアレス。第13代魔王アレスである」


 街の者はその声がまとう重圧に震えあがった。

「あっ……ああっ……そんな……終わりだ、魔王自ら攻めてくるなんて……」


 アレスはゆっくりと中央の広場に降り立つ。


 多くの住人が憩いの一時をすごしていた広場。

 人々は今は一言も発することなく、身動きをとることすら出来ずにいた。そんなことをしてこの魔王の目を引いてはならないと、口元を抑え、幼子をきつく抱きしめる。


 彼らがようやく動くことができたのはドカンと音を立てて勇者が広場に飛び込んできたときである。


「勇者様が来てくれたぞ!」

「エシュリーさまー!」

 人々は勇者の名を呼びながら我先に逃げていく。


 金髪の少女は皆の間をかきわけるように真っ直ぐ魔王の元へと歩む。


「貴様が今代の勇者エシュリーか。先日は我が配下が世話になったそうだな」


「んっ、どういたしまして」


 魔王が芝居がかって背後の二人に手を向ける。

「お初にお目にかかります、勇者のお嬢様。私は新たな四天王【智】のヴィズ。以後お見知りおきを」


「ふははっ、私はもう名乗る必要はあるまいな」

 さり気なくヴィズの後ろ側に位置するイルファ。


「ちょ、イルファ様、くっつかないで下さい」

「いや、私はもう顔合わせたから」


 イルファが身体を寄せ付け、セクシー幹部ファッション(ガウン付き露出無しVer)をまとうヴィズが身をよじる。


 そんな二人の絡み合って揺れる胸部を見て勇者エシュリーがすちゃっと剣を抜いた。


「そう……やはり魔族は滅ぶべし」


「まったく。これだから話しの通じない方は嫌なのです」

「んあっ!? やってみろ、小娘が!」


 勇者エシュリーの姿がかき消えた。

 瞬時に二人の背後をとった勇者が剣を大きく振るえば。


「なっ」

 その一振りで四天王二人が身体を両断された。驚愕の表情を浮かべながら光と消えていくイルファとヴィズ。

 

「あ……あれ、ゴメン。ちょっと懲らしめるだけのつもりだったんだけど……」

 あまりにあっさりと自分の剣が通ったことに戸惑う勇者エシュリー。


「クククッ、今代の勇者はずいぶんと気が短いようだ。だが心配は無用だ。新生した四天王はその程度では倒せんよ」


 まったく動じずに、苦笑すらもらす魔王アレス。


「うんっ?」


 勇者エシュリーが背後に生じた気配に振り返る。

 するとそこには自分が両断し、消滅させたはずのイルファとヴィズ。二人が傷一つない姿でそこに立っていたのだ。


(これが魔王様の固有スキル眷属オプション化の力。この状態ならばアレス様が健在な限り、何度でも復活可能)


(ああ、でも攻撃力も耐久力も低くなるし、何よりコワイのは変わんないぞ、これ)


 RPGのボス敵が備える左右に配置されてるオプションのあれである。

 時間経過と共に復活したりするめんどくさいあれ。


 魔王には仲間を自身の眷属としてある種の不死身属性を付与するスキルがあるのだ。


 そのぶん本来の戦闘力が制限されるのだが、今回の二人は最初から攻撃をするつもりがない。ただ勇者にどれだけ攻撃しても倒せない、そう誤認させる作戦である。


 なお、眷属化した時はその全員とで念話が通じるようになる。


 当然そんな仕掛けだと知らない勇者エシュリーは困惑。


「えっ?………と、ファイヤボール」

 

「はっ!?」

「ぼぶェエ!」


 戸惑いながらも、じゃあという感じにあっさりと火魔法を撃ち込む勇者。二人はその一発で全身がかき消されて――――すぐにその場で復活した。


 まるで水面の写し身が小石の波紋で揺らぎ、元に戻ったように。


 イルファが勇者に向けて口角をあげた。

「何かやったか、小娘―――ぼぶェエ!!」


 サクッと大剣を鞘に収めた少女。ならば次は体術だと拳を握りしめ、構えをとった。


「アレス! アレスー!」

 

「少し我とも遊んでもらおうか」

 両者の間にアレスが立ち入る。


「そう、なら全力でいいよね」


「むろんだ。でなければ遊びにならんだろう?」


 勇者は一度は収めた剣をもう一度抜き、横薙ぎに構える。

 そして「はっ」と一息に距離を詰め、その首をはねんと剣を振るう。


 微動だにせずに迫る剣を受け入れるアレス。

 だがその剣はガギンと鉄塊でもぶつけたような音と共に、薄皮一枚のところで止められる。


(魔王固有スキル、生命障壁発動。よし、よく動かなかった、俺!)


 己の生命力をHPに変換し、加算するスキル。

 HPは肉体の耐久値を示す数値であるが、ここで加算された分はある種のバリアとして機能する。

 魔王に傷をつけんとするならば、まずこのバリアを破らねばならないのだ。


「むっ」

 自身の剣が通用しなかったことに、少し頬をふくらませた勇者。

 

「どうした、もう終わりか?」


「まだ」

 少女はガンガンガンと大剣を叩きつける。


「うわっ、えっぐ」

 その一発一発がA級モンスター程度であれば即粉砕されるほどの威力。そう理解できてしまうイルファが思わずこぼす。


 アレスも思いっきりビビったが、かろうじて平然とした表情を崩さないのは歴代最年少で魔王の座を勝ち取った胆力の賜物である。


「どうかな、もう終わりで?」


「ううん、もうちょい頑張ってみる」

 今度は突き刺してみようと剣を一旦ひいただけの少女。


「いやほら、街の騎士たちがやってきたぞ」


「勇者様!」

 駆けつけた十数名の騎士たち。その背後には街の領主も控えている。


「ふん」

 イルファが腕を振るえばそんな彼らの前に炎の壁が立ち昇った。


「雑魚どもが、魔王様は今お楽しみ中だ。邪魔することはこの私が許さん。アレス様がたとえ勇者にどれだけボコボコにされても私は決してその邪魔はしないぞ!」


「馬っ……コイツ」

「イルファ様、本音、本音」


 炎に阻まれた彼ら騎士団員。うちの一人、希少な鑑定スキルを持つ者が叫んだ。

「ダメです、勇者様! 鑑定したところ、今だ魔王のHPは不明。やはり伝承通り魔王のHPは四桁越え。我々とは文字通り桁違いです!」


「そんなに…………これが魔王の力」


 HPの上限突破。これもまた魔王の固有スキルである。アレスの生命障壁で加算されたHPは人の上限とされる四桁以上に達し、その超過分は例え鑑定スキルでも不明と表示されるのだ。


(ヤバいわ、これ。俺の総合HP約20000がすでに半減してる。多分小石ぶつけられただけで9999の表示圏内に突入するわ。ナイス騎士さん。よく間に合ってくれた)


(よかった。表示さえされなければ向こうはアレス様のHPが大量に残ってると過大評価してくれるはずです)


(アレス、早く、早く次にいけよ)

(ああ、分かってる。これ以上は一撃もくらうわけにはいかん)


「時に勇者よ、先ほどの火魔法、なかなかの練度であるな。我が配下、先代の【地】のドッゾが破れたのも納得言ったわ」


「んふっ。そう、ちょっと丸みとテカリには自信あり」


(んあっ!? なんなんそれ。そんなんどうでもいいよう。初級魔法のくせに山えぐる威力がおかしいんだって)

(私の姪っ子が泥団子をごちそうしてくれた時と同じこと言ってますよ)


「あっ、ああ見事なファイヤーボールであったな。お返しに我も披露するとしようか」


 そしてアレスは腕を突き出した。魔力の集中と共に、その腕に重なるように赤黒い生物が形づくられる。

 鱗肌に覆われ、首から先は牙の並んだ口部に、雄々しい枝角えだつの、なびいたたてがみ。目は朱一色に染まり、標的を見据える。


「あれは蛇? ……いや、頭部はまるで竜のようでもあるぞ?」

 騎士たちが騒ぎ立て、年配の領主がその正体に思い当たる。

「なんと禍々しい姿。もしや初代魔王が使役したという東方の竜か!?」


 その威力を象徴するように魔獣の姿をとらせたアレスの火魔法。


「見てくれは言ってくれるなよ。我の魔力の影響でどうしても変質してしまうのでな。貴様のように完全な球体とはいかんよ」


「んおっ!? おおっ!?」

 

 妙な反応を見せる勇者に向け、アレスが魔法を放った。


 ゴウッと音をたて、本当の生き物のように大口を開けて勇者に迫る火の龍。


「ファイヤーボール! ボルボルボルボル!!」

 咄嗟にエシュリーも火球を連打し、相殺。その余波で周囲に撒き散らされる爆炎をイルファが慌てて抑え込む。


(ああああっ、やっぱアレスの魔法でもダメだあああ)


 騎士たちも相殺という結果に騒ぐ。

「これが魔王の上級火魔法、ファイヤーランスか!? だが、勇者様の必殺のファイヤーボール数発分で何とか戦えそうだぞ」

 

「勘違いするな。今のはただのファイヤーボールだ。我にとって街を壊さない範囲で使える魔法がこれくらいしかないのでな」

(嘘です。俺の上級火魔法ファイヤーランスです)


「何だって! 勇者様は基本を追求するタイプ。これ以上の火魔法は使えないのに、魔王はまだ中級以上を残してるなんて。これじゃあ魔法では勝てっこない!」


(あー、言い切っちゃった。俺もうこれから火魔法はこれしか使えなくなったよ)

 貴重な呪具を予め発動させることで詠唱を省略した上級魔法である。


 それを初級魔法と言い切ってしまった以上、使い勝手はいいが火力の劣る本当の初級や中級の魔法など、今さら披露できなくなってしまったアレス。


「ううん。本当に恐るべきはあの形。龍のディティールもなかなか。顎の可動域もおっきく取ってあったし、ちょっと鱗の配置が乱れてるのは減点だけど」

 なにやらアレスの火魔法の形態を評しだしたエシュリー。


「そうですか……? いや、きっと上位同士にしか分からないものがあるのでしょうが」


(なに言ってるんでしょうか、この勇者)

(やだよこの勇者。俺の魔法の火力についてはぜんぜん恐れ入ってくれてないじゃん)

(火力だけなら一見すると互角っぽいけど、あっちは初級魔法くらいならまだまだ連発するもんなー)



 アレスたちは嘆くが、ともあれ勇者と騎士たちに魔王の隔絶した力を見せつけることに成功した。


 そう、これがヴィズが立案した作戦であった。


 何かいい感じに舐めプしている雰囲気を出しつつ、これでは本気を出したらあっという間に魔族の勝利で終わってしまう。それではつまらないからゲームで争いませんか? そちらにしても悪い話ではないでしょう? と持ちかけたのである。


 交渉相手はこの地の領主。

 魔王が会話を望むからには前に出ねばならない立場。顔を青ざめさせ、必死に自分を奮い立たせているのが見てとれる。


「別にいま滅ぼしちゃってもいいんだぞ」とイルファがここぞとばかりに煽る。

(よけいないじりを入れないでください)

 その調子乗りをいさめながら、ヴィズとアレスが話を詰める。


「――――つまり月に一度、我々と勇者側とでゲームを行う。合計で六回負ける、すなわち諸君らが負け越した場合はすぐさま街ごと滅ぼす。だが逆に勝ち越しさえすれば諸君らの命と財産は安堵しよう」


 完全な上から目線の提案。

 それでも今ここでの自分たちの命が助かったこと、今後の立ち回り次第で生き延びれるのだと理解した領主はこれを受け入れた。


「むむぅ」

 まだやりたりなさそうな勇者も、完全にアレスたちと勇者の力量差を誤解した騎士たちが必死に抑え込んでいる。


「どうか退屈させてくれるなよ」

 アレスはそう言って勇者たちに背を向け飛び上がった。


(アレス様、ちょっとスピードが早いです。もっと大物っぽく悠然と去ってください)

(無理無理ムリ。無防備に背中向けれてる俺の勇気を褒めて! あいつ後ろから撃ち込んでこないよね?)

(なあ、竜化して先に帰っていいかな)


 そして街から遠く離れた場所に降りた三人は叫んだ。


「「「アイツやっっばいいいい!」」」

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