第4話 楽しいレクリエーションで親睦を深めます
魔王城の地下深く。
禍々しい意匠が象られた祭壇に、魔王アレスと新たな四天王となったヴィズが立つ。
「コ……コロ……殺セ……ユ、勇シャ……ニンゲン……全テ……コロ……セ」
二人の目の前には一本の剣が置かれ、黒い
頬をひきつらせるヴィズと対称に、アレスは平然とした表情で頭を下げ言った。
「ははっ、この魔王アレス。新たな四天王ヴィズと共に勇者を討ち、人族の命をゲルム様に捧げることを誓います」
「ガッ……グォ……コロ、殺セ……」
なおも呪詛の言葉を吐き散らす
狭く暗い階段を登り、清浄な空気と明かりのある通路に出るとヴィズは大きく息をはいた。
「はあ…………なんですか……あれは。あれが魔神ゲルム様の
二人が訪れていたのは魔王城地下深くにある魔神ゲルムを安置している祭壇であった。
かつて勇者タナカタカシを討ち異界へと戻すも、代りに魔神そのものも己の武器に封印された状態になったと伝えられている。その姿を実際に目にできるのは四天王以上の幹部のみである。
「おお、まあグロいよな」
アレスの吐き捨てるような言い方にヴィズが目を見開く。
「かまわんぞ。どうせ聞こえちゃいないし、幹部連中は皆同じ気持ちだからな。イルファなんてその場で『キモい、キモい』こぼしてたからな」
「えっ、いいんでしょうか。我ら魔族を生み出したゲルム様に対して、そのような物言い……」
「前に言ったろ。かつては魔族の守護神で父であったかもしれんが、今となっては必要もない人族への恨みと憎しみに俺たちを呪縛しようっていう、老害にすぎん」
「えっ、あの、そんなことを口にしてゲルム様の神罰が……」
「心配すんな。こんなところの会話なんて察知するほどの力はない。封印から100年目の今だけ乗り切ればあとは消滅するだけの存在だ。あー、勇者タナカタカシもきっちり方をつけてから異界ニホンに帰ってくれればよかったのにな。
そうすりゃあ俺は誰にはばかることなく、可憐な人族の女性たちが待つ街へ――――」
そこへ、タンっと足音たてて飛び込んできたのはイルファ。
「ここにいたかアレス。勇者討伐の任務をかけて、今日はこれで勝負だ!」
突きつけた手に握られたのは、丸められた樹皮でできた紙。
「なんだそれは?」
「ふふっ、あみだくじだ!」
「はあ?」
****
魔王アレスの執務室。
机に広げられた茶けた紙にイルファが喜々として線を書きこんでいる。
「ああっ、公式文書に使う誓約紙をあみだくじなんかに使うなんて」
「ふふふっ。そうだ、これは聖樹の皮でできた紙。ここに記された約束は必ず果たさなきゃいけないんだ。もしも破ったり紙を捨てたりすると決めといた罰が与えられるわけだからな。いくらアレスといえど、逆らえないんだぞ」
誓約紙はその名の通り、誓約を交わす際に用いられる契約書である。この紙に書かれた誓約を破った者、紙自体を損壊させようとした者には自動的に罰が与えられる魔道具である。
「こいつは何でそれが自分に当たらないと思ってるんだ? やけに自信満々なんだが」
「あみだくじって確率的にかなり偏りがあるクジなので、参加者が多くてハズレの位置を知ってれば簡単に避けることはできますから、それを知ったとかでしょうか。でも私たち三人だけでは命かけるほどの確度ではないんですよね」
首をかしげる二人をよそに、イルファはニコニコと誓約紙を差し出してきた。
「さあ、横線は二人が書き足してもいいんだぞ」
紙の最上段にはあみだくじでハズレに当たった者は勇者討伐に向かわねばならないこと、それを怠れば雷火に身を焼かれると記されている。
その下にはあみだくじが書かれているが、下半分は紙が折られて隠されている。アレスとヴィズはあみだ上端に自分の名前を記し、横線をいくつか追加した。
イルファは残った一箇所に名前を書き、紙を広げた。
三本の縦線にいくつもの横線。アレスは一瞬で誰がハズレに当たったかを読み取った。イルファであった。
だが。
「まさか、コイツ」
「どうしたんですかアレス様」
「ハハハッ、アレス。もしかして私がハズレになったと思ったか? 勝負はこれからだ!」
そしてイルファは拳を振り上げ叫んだ。
「竜人族固有スキル『
彼女の拳に赤い炎がまとわる。
その拳を誓約紙に叩きつけた。
「あぎゃああ!」
たちまち炎がイルファの全身を覆い尽くす。
「イルファ様!?」
「バカ、なにやってんだ。誓約紙を破損しようとすると己に返ってくるって、自分が言ってただろうが!」
「あっつ、熱っ!」
慌ててアレスが魔法で冷却。
「ああ……ひどい目にあった。だがかかったな二人共。あみだくじを見ろ」
「何だというのですか……ええと、これ私がハズレになったということですか?」
「フフフッ、そうだ、悪いなヴィズ。私の知ぼうでもって罠を仕掛けさせてもらったぞ」
誓約紙上のあみだくじ。アレスが最初に確認したときは線を辿ればハズレはイルファであったが、今はヴィズとなっている。先ほどと比べ、横線が一本増えているのだ。
イルファが懐から得意げに取り出したのはミカンであった。
「どうだ、これが私の知ぼうだ。ミカンの絞り汁は乾けば透明になるが、熱を加えると化学変化してまた見えるようになる。この特性を利用してあらかじめ横線を一本隠して書いといたんだぞ。そして私がハズレを引かなければそれでよし。もしも引いてしまったら隠した線を顕現させてあみだくじの結果を変更させるという作戦だ!」
「多分こないだ親戚の子から届いた年賀状で思いついてるぞ」
「ほんと可愛い人ですね」
「そういうことだ。悪いなヴィズ」
「まあ構いませんが。元々勝算あって四天王昇格をお受けしたわけですし」
「えっ、いいの? やっといて何だけどアレスに押し付けようよ」
「その反応、やっぱりお前が居眠りして朝の会議を聞いてなかったのはよく分かったよ」
「えっ、何か決まったのか?」
「ヴィズが作戦立案してたんだよ。いいか、これから俺たち三人で勇者のいる街にのりこむぞ」
アレスの宣告にイルファが絶望の叫びをあげた。
「のわああああ!……もごっ」
イルファの口にミカンをつっこんだヴィズが説明する。
「確認しますが、力押しではたとえ魔王様でも勇者には勝てない、そうですね?」
「んぐっ……無理無理。たとえ四天王全員揃ってて、アレスと一緒にいっても倒せない。そういう次元じゃないから、あいつ」
「ですが魔神ゲルム様の封印が綻ぶ100年目の今、勇者と戦わない選択肢はないと」
「うん、あのキモイのは人族と勇者への恨みで染まっちゃってるから。
「忌々しいが、魔神ゲルムは俺たちへの支配力だけは残ってるからな。今の魔族に人族と争う理由はないのに、過去の因習に取り憑かれたくそ老害だけが騒いで俺たちに無意味な戦いを強いてるわけだ」
「なー、だよな」
「つまり我々は勇者に勝てない、けれど少なくとも勇者と互角に競り合っているところは見せないといけないわけです」
「そうだけど、それが出来ないんだって。こっちが本気出してもむこうの遊び半分にも負けるんだから」
「力押しでは、ですね」
「どういうこと?」
「はい、今回私が立案した作戦は勇者にゲームを持ちかけるというものです。魔族側が圧倒的に優勢だったころによく行われていたのですが、鬼ごっこや隠れんぼといった遊びを人族相手に本気でやるのです。
こちらが負ければ人族を解放し、勝てばそのまま食い殺すという。いわばデスゲームですね。これは魔神ゲルム様の価値観からすれば人族への侵攻の一種とみなされるはずです」
「あー、何か歴史の授業で聞いたことあるな。鬼ごっこか……いや、無理だよ。あの勇者相手に追うのも追いかけるのも勝てるイメージないもん。ああっ、私のキューティくるんがああ……」
イルファが勇者に追いかけられた際に傷つけられた自分の角、巻かれた包帯をおさえて震えた。
「大丈夫です。そこはゲームというのを拡大解釈して、本当の盤上ゲームで戦うのです。チェスやショーギですね。これでもって勝敗をつけます」
「おおっ……そうだよな。私ら文明人なんだから、何でも腕力で解決しちゃダメだよな。あれ…………でも向こうは受けるかな? 勇者が結構イケそうだから普通に戦おうぜってならない?」
「そうです、そこで演出ですよ」
ヴィズはそう言って、メガネをくいっと押さえた。
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