#XR創作大賞  世界が聞こえる

上原 友里

「XRゴーグルいうたらあれでしょ、被った人が電脳世界のモンスターと戦うとか。そんなんいらんし。それに、どうせ……」

 私は生まれつき眼があまりよく見えない。光を感じることはできるけれど、ぼんやりとしかものの形が分からない。


 だから。

 うちの隣に住んでる幼馴染のタクトが、都会の理系大学に合格したあ! っってぴょこぴょこ動くうるさいスタンプでライン寄越してきたときも、わーい❤️ って、いつも使う同じスタンプでの返事しかできなかった。


 でも、考えてみりゃあ、そうだよね。


 学校の先生にも「東京じゃないと最新の研究はできない。地方はなんだかんだ言って情報が遅い。いくらITとかテレワークとか言ったって、東京からワンクッションあってようやく地方に届く。だから、本気でそっちの方面に進みたいなら、無理をしてでも東京へ行け」って言われたんだって。

 そりゃあ、こっちは田舎ですよ。テレビが取材にくるようないわゆるすごい田舎じゃなくてさ。

 たとえば国道沿いにはどこにでもある全国チェーンの電気屋さんとかさ、スーツ屋さんとかさ、家具屋さんとかさ。郊外型の大きな店舗が並んでるような。

 その、どこにでもある店をどこででも見かける、っていうことが、そもそも私にはできないけど。


 田舎にも田舎のいいところがあるっていうけどね。

 タクトがやりたいことが学べる学校は、東京にしかないんだって。


 そんな話を聞いた次の日。


 私は自分のクラスに登校して、ぼんやり肘をついて、教室の窓から外をながめた。

 何度もいうけど、全然見えないわけじゃないの。私の場合は中心視野がほとんどない。

 だからスマホも本当はちょっとニガテだ。

 ずっと同じのを使ってるから、いい加減に機種変したら? ってよく言われるけど、いくら最新のITとかVRとかなんとか言ったって、画面があんまりよく見えない私には、いまいちうまく使えない。触ってもつるつるだしね。


 遠くから、いろんな音が聞こえてくる。

 野球の打球音。歓声。吹奏楽部が練習する、いろんな楽器のいろんな音。電車の踏切のカンカン鳴る音、ガタンゴトン通り過ぎていく音、トラックのクラクションの音、タイヤの走行音、犬の吠える声、子どもが笑って走り抜けていく声、頭上を飛んでゆく。低い長い遠い飛行機の音。

 ざわざわする音が、頰にあたる風みたいに形を持って通り抜けてゆく。

 心地いい。


 なのに。やけにゆらゆら眼がかすんでぼんやりして、遠すぎる向こう側で揺れてるようにも思えたりしたのは、たぶん気のせい。


 地元なら、ボランティアの方や友だちやいろんな人の力を借りながら大学にも通える。

 そうやって私も進学を決めて、勉強して、就職もできた。スマホも新しい機種に替えた。

 タクトも、東京で希望の職種につけたと言っていた。

 あんまり詳しくは聞けなかった。タクトが作りたいものって難しすぎて私にはぜんぜん分からないし、それに、なんだか……毎日すごく忙しいみたいで。

 もちろん今のこのご時世ではなかなか、ううん、ぜんぜん会えないのはわかってるけど。

 でも。


 同じ日本なのに。

 飛行機で行けば一時間もかからないのに。

 東京って。


 やっぱり、ずいぶん遠いんだなあ、なんて。


 思ってた。

 そんなある日のこと。


 私あてにひとつの荷物が届く。


「なんか通販で頼んだっけ?」

 ママに聞いてみたけど、ママも知らないっていう。


 開けてみる。なんかよく分からないものが出てきた。ぺたぺた触って形を確認する。どうやら花粉の防護メガネみたいな形らしい。

 ママが横から覗き込んだ。

「何やのこれ? 水中ゲーミングメガネ? スパイセット?」

 正直ものすごく引いた。ドン引きした。

 スマホが鳴る。タクトからだ。

「なー? 届いたあ?」

「何が」

「アレやアレ」


 なるほど。これがそのアレか! ってわかるかーーい!


「あんたか。この変な物体いきなり送りつけてきた犯人は。スパイ用の秘密道具かと思たわ、もう」

「なんだよお、チョー久々に声聞けたってのに、いきなりひでぇな」

「何なんこれ」

「XRゴーグル」

「はあ? そんなもんどないせえっていうの?」

「つけてみてよ」

「えーー、いややん。XRゴーグルいうたらあれでしょ、被った人が電脳世界のモンスターと戦うとか。そんなんいらんし。それに、どうせ……」

 口ごもる。


「大丈夫や。俺もつけとるから。つけてみ?」

 タクトはやけに自信たっぷりな口ぶりで断言する。

「ええー」

「ええから。な? な? 試してみてもらいたいんや。メタバースと同期してカメラの画像に何が映っとるかを認識して拡張現実のタグを出力するんやけど、その提示をAIでええ感じに言うてくれるよう工夫してみたんや」

 タクトは急かす。何言ってるのかぜんぜん分からない。電話越しでも、すごく声がはずんでるのがわかる。

 でも。

 せっかくのプレゼントだけれど、本当のところは。


 あんまり嬉しくはなかった。


 だって、タクトが研究してた仮想現実も拡張現実も、結局は画面越しに付け加えられた情報を《見る》ものでしかないんじゃない? って思って。


 私には、どうやってもきれいな画面をきれいな画像として見ることはできないっていうのに。


「ええから。な? やってみてくれん?」


 もし私がもう少し子どもだったら、泣き出してたかもしれない。

 タクトは遠くに行きすぎて、都会や未来の最先端に灯るきらびやかな光を追いかけすぎて、田舎に残してきた幼馴染の私のことなんてもう、どこにいるのかすら分からなくなってるのかなって、なんとなく思った。

 電源も入らないまま、引き出しの奥の方のどこかにずっと放置されてる古いスマホみたいに。


 XRゴーグルをつけてみても、私には何か見えるわけじゃない。電源を入れてみる。特に何も変わらない。何も見えない。


 何も見えない、ってことを言えばいいの?

 タクトに、まさか、私の目のことを忘れてた? って言えばいいの?


「電源入れたらな、外に出て」

「めっちゃいややし。完全に不審者やわ。変な水中ゲーミングメガネをつけた女が街中を徘徊している事案が発生するやん」

「大丈夫や。俺を信じろ」

「やめてよ、もう」


 そんなマンガのヒーローみたいなこと言われたら……顔が真っ赤になるしかないじゃない。私は顔からぽっぽっと火が出るような蒸し暑さを手であおいで払いながら、玄関へと向かう。


「障害物なし。進行方向に対し、直線で廊下をまっすぐ2メートル70センチ行くと玄関ドアがあります。たたきには15センチの段差があります。お気をつけください」

「何か言った?」

「いや?」


 気のせいか、視界にグリーンの点がいくつも見える。角とか壁とかの輪郭がくっきりと強調されていて、「モノのかたち」がわかる。

 えっ? 何これ?


 いつの間にか、タクトはママにも電話してたみたい。ママが私に車に乗るように言う。いつもだったら手すりをたどって駐車場にまで行くんだけれど。


「駐車場です。手すりがあります。車まで3メートル。2メートル。後部座席ドアを強調表示します」


 声が示す通りに、緑のラインがドアの形にぼんやりと浮かび上がる。自分でドアを開けられる。


「えっ……?」

「じゃあ行くわよ! 初デートに!」

 ママが運転席に乗り込みながら、フン、と鼻息を荒くして言った。エンジン始動。


 ちょっとわけが分からないんですけど? えっ?


 車は国道を走る。車窓の景色が、ビュンビュンと通り過ぎてゆく。緑のラインで強調されたいくつもの店や看板は、私には早すぎて読み取れないけど、謎の声が捕捉してくれる。

「国道○号線を車で南西へ向かうルートを走行中です。〇〇弁当を通り過ぎました。洋服の〇〇△△支店を通り過ぎました。ラーメンの□□を通り過ぎました。顔認識作動。友人の××さん発見。自転車で走行中です。声をかけますか。通り過ぎました。あー残念」


「この声、何!? なんか勝手に実況中継してくれてるんだけど? まさか映像がタクトに見えてるとか? えっち!! 盗撮!!!!!!?」

「違うって。俺じゃない。とりあえずもう少しで着くだろ」

 電話の向こうでタクトがやけにのんびりした声で言う。

「さあ、ついたで! ほな行っといで!」

 車が止まる。ママが運転席から後ろを向いて、ワクワクした声で言った。

「え、無理や。ここどこ?」

「海岸通り公園です。駐車場から波打ち際まで30メートル。案内しましょうか?」

 私は車を降りた。周りを見回す。

「駐車場からビーチへの進行方向はこちらです」


 ガイドビーコンが緑色に点滅する。ピッ、ピッ、と音が鳴る。

 普段だったら絶対に危険で歩けない知らない場所だ。

 駐車場からコンクリートの階段を降りる道も、XRゴーグルを通せば、段差の強調表示や、衝突しそうな危険な場所を示す音声ビーコンで安全に降りて行くことができた。


 波の音が聞こえる。


「〇〇海岸波打ち際まで5メートル。海です。視程階級9。50キロメートル先まで見渡せるクリアな視界です。どこまでも抜けるような真っ青な空。白い入道雲が水平線上、約40%の割合で見られます。魚が一匹、跳ねました。チドリ目カモメ科カモメ属カモメが五羽、左から右に飛んでいます」

「何、この解説。リアルタイムで……風景の実況をしてくれてるってこと?」


 私は半ば、ぽかん、として周りを見回す。肉眼では何も見えないけれど、上を無意識に見上げたとき、また、実況音声が教えてくれた。


「後方から前方へ伸びる飛行機雲が見えます。青い空をほぼさしわたしで伸びて、端になるにつれ、風に流れてほどけています。先端に小さく強く光る点が飛行機です」

「タクト、ねえ、これ……これって、まさか」


 私は、たぶん、大事な試作品のXRゴーグルを塩水で濡らしたくなくて、わざと大きな声をあげる。

 さくさくと砂を踏む足音がする。振り返るのが少し怖い。うそ。まさか。


「小説ってさ、情景を言葉で描写するやん? 読んだ文章、朗読した文章が頭の中で物語になったり、映像になったりする。拡張現実を視力が弱い人にも使ってもらえるように、見えんのなら《描写》して、聞こえるようにすればええやん、って思ったんや。地形とか建物とか、ある程度はメタバースで情報を得てるけど、それ以外の物体は、画像認識でリアルタイムに自然な文章に起こすシステムや。天才ちゃう? 俺?」


 私は振り返る。

「タクトがいます。距離三メートル」

 XRゴーグルが言う。

「手に、青いベルベットの小箱を持っています」

「は? いらんこと言わんでええし!」

 なぜかタクトは慌て始める。

「ソーシャルディスタンスやからな、今日はちょっとここまでやけどもやな、えっと、」

「タクトは小箱を背中に隠しました。あっ、落としました。慌てん坊ですね。砂がついてしまいました。必死に払っています。そんなに大切な箱なのでしょうか。果たして中にはいったい何が入っているのでしょうか!? 答えはCMの後!」

「ああ、もう。テレビのテロップちゃうんやから。そこまで実況せんでええって。くそ、実況チャンネルで学習させたら、えらいことになってしもうとるやん」


 タクトは半分笑い、半分怒ったみたいな声で、自分が作ったXRゴーグルの《現実実況システム》にツッコミしている。


「箱の形状はきわめて特徴的な、よくある宝飾品などを収めるリングケースに似ています。内容物は未確認です。さらに解析しますか?」

 高機能のくせにこんなところはやたらとニブチンなXRゴーグルが、いんぎんに訊く。

 私はかぶりを振る。

 ううん、いらない。


 中身が何なのか、本人から直接聞きたいから。


(終わり)

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