メガネを外したら美少女だったという展開は本当に許せないのか

たたら

本文

「メガネを外したら美少女でしたみたいな展開あるじゃないですか。どう思いますあれ」


「許さん。ギルティ。ありえない。正気を疑う」


「そこまでですか」


「そんな展開を書くやつはメガネっ娘の良さをなにも理解してない。思考停止でテンプレ使いましたって宣言してる愚か者。創作者の風上にも置けない。来世は畜生」


「そこまでですか」


 驚いているとも呆れているともつかぬ口調で後輩が言う。


 放課後。部室。椅子に座って長机ふたつはさんで対面の後輩とふたり。


 いつも通りのシチュエーション、いつも通りの益体もない一幕である。


「さておき、なんでいきなりこんなこと聞いてきた」


「いやほら、ネットでたまに見かけるじゃないですか、『メガネキャラからメガネを外したら美少女でしたっていう展開はマジでやめろ』みたいな主張」


「あるな」


「あと『百合の間にはさまりたがる男は背中から刺してもいい』みたいなの」


「それは刺してもいいな」


「刺してもいいんですけど」(※)


(※この場における議論の前提としてこいつらの間でコンセンサスがとれていることを示す描写であり『百合の間にはさまりたがる男は背中から刺してもいい』と主張するものではない)


「ネット上では、百合の間にはさまりたがる男を背中から刺してもいいっていう主張と同じくらいの熱量で『メガネキャラからメガネを外したら美少女でしたっていう展開はマジでやめろ』っていう主張がなされているわけですよ。体感ですけど。私は、メガネを外したら美少女でした展開が百合の間にはさまりたがる男ほど許されないものだとは思わないので、そこがどうにもピンとこないんですよね」


「いや地球は回っているし太陽は東から昇るしメガネを外したら美少女でした展開は百合の間にはさまりたがる男と同じくらい許されないんだが?」


「そんな自然の摂理みたいに言われても」


「なんだ、後輩はメガネキャラからメガネを外す展開に理解を示すタイプのメガネキャラか」


「私はメガネキャラじゃありませんけれども」


 メガネかけてるくせに。赤いフレームのちょっとオシャレなやつ。レンズは小さめで、後輩の小ぶりな顔にキリっと引き締めた印象を与えている。


 うーん、と首をかしげる後輩。


「そうですね、ピンとこないというより、そもそもあまり問題だとは思いません。いいじゃないですかメガネを外したら美少女でも」


「よろしいならば戦争だ」


 両手をあわせてぱきぱきとやる。


「鳴らないのにポーズだけマネしてもクソダサいですよ」


「はいそこ人が気にしてることずけずけと指摘した減点1」


「努力不足を転嫁されても」


「はい正論マウント減点2~」


「ウッッッザ」


 手をほどいた。


「裁かれる人間にも弁護の機会は与えられるからな。言い訳は聞いてやろう」


「むしろ説明責任は先輩の方にあるんじゃないんですか?」


「なんだと?」


「先輩がメガネキャラからメガネを外す展開を問題視しているのは、メガネキャラ……個別具体的なキャラクターではなく、もっと包括的で抽象的な概念としてのメガネキャラという存在に対する一定以上の好意があるからですよね。どのような議論であれ出発点にある心理はそのはずです」


 言葉の正確さを期してなのか、ときおり後輩はこういう、持って回ったような小難しい言い回しをする。


「まあそうだな。俺はメガネキャラを愛している」


「でもメガネキャラへの好意がそこまではないその他大勢の一般人からすれば許されない展開でもなんでもないわけですよ。雑にやったらテンプレ感は否めないですけど、問題視されるような描写ではないわけです。だから現代になってもメガネキャラからメガネは外される。無問題合法美少女を堪能しているところに殴りかかってきているのはそちらなのですから、その正当性を主張する責もそちらにあるはずです」


「その理屈はワンチャン百合の間にはさまりたがる男にも適用できなくないか?」


「百合の間にはさまりたがるのは万国共通で人倫にもとる危険思想なので石を投げられても仕方ないじゃないですか」


「なるほど、その通りだ」(※)


(※この場における議論の流れとしてこいつらの間でだけソリューションがシェアされたイシューであることを示す描写であり『百合の間にはさまりたがるのは人倫にもとる危険思想なので石を投げてもよい』と主張するものではない。きっと百合の間にはさまることでしか救われない孤独もあるだろう。わたしたちは他者の孤独を想像できる)


「ふむ……メガネキャラへの好意のない人間がその他大勢かどうかは議論の余地があるが、そこはおくとして。俺が文句を言ってるのはそういう展開を描く作者に対してであって、メガネを外したら美少女展開を無批判に受け入れている読者を殴ってはいないはずだが? そこは個人の感想の領分だろ。他人の内心に踏み込んでいるつもりなはい」


「いやいや殴ってますよ。『はーやれやれこんな描写をするなんて作者はメガネキャラのことを何も分かってない』みたいな態度って、それを喜んで摂取した読者に対して『お前らが喜んで食べてるそれはカブトムシのゼリーだぞ』って言ってるようなものじゃないですか」


「言いたいことはなんとなく分かるがカブトムシのゼリーではねえよ」


 不味いものとかゲテモノの例として挙げたんだろうが独特すぎる。


「それに『展開をけなしたらそれを楽しんだ読者まで殴ることになる』って、創作に対する批判はどうしたってそういう側面を持ちうるだろ。メガネ外し美少女展開に限った話じゃない」


「それはそうですけど。そもそもメガネを外したら美少女っていうのが許せないって、現実の女の子に対して失礼だと思いませんか。たいていの女の子はかわいいと思われたい時にメガネを外すんですよ?」


「現実とフィクションをごっちゃにするやつかお前」


「しますが。っていうかみんな現実とごっちゃにしてるからフィクションを楽しめてるんですよ。現実っていうものさしあってこそのフィクションでしょう。フィクションの百合を鑑賞して間にはさまりたがっている男に3P願望がなかったら嘘じゃないですか」


「いやそもそも美少女と3Pしたくない男なんていないが」


「先輩も美少女と3Pしたいんですか?」


「したいが?」


「えー……初めてがそれはさすがに難易度高いなぁ……」


「なんか検討してるっぽい反応が聞こえたから一応言っとくけど冗談デスヨ」


「じゃあしたくないんですか?」


「したいけども。叶わないと分かってるからこそ軽々に分不相応な願いを口に出せるみたいなとこあるじゃん」


「それ割と面白い逆説ですね。あーあれか、五兆円欲しいみたいな感じですか」


「言われてみればそうかもな。ところでだいぶ話がずれてるが」


「そりゃまあフィクションが現実に悪影響を~みたいな雑な関連付けでフィクションを悪者に仕立てるようなのは鼻で笑っとけばいいんですけど」


 ゼロコンマ秒で本線に戻った。急すぎる。


「でもでも、フィクションに接した現実の読者の反応には注意が必要じゃないですか」


「む。それはあるかもしれんが、具体的な例が浮かばないな」


「先輩の持ってるエロ本が後輩モノばっかりだったら私も先輩への態度を考えるじゃないですか」


「ばっかりではねえよ!」


「え、あるんだ……」


「しまった誘導尋問だ!」


 はめられた!


「えっとー、ちなみになんですが、その後輩モノに出てくるのってどんなキャラですかね。いや本当に他意はないんですけどこれっぽっちも。ショートですかロングですか。清楚系ビッチ系? やっぱり胸はかなり大きいんですか」


「張り合うな張り合うな。違う。また脱線してる。話を戻せ」


「メガネを外したら美少女展開における『メガネを外す/メガネが外れる』創作上の理由付けはいくつもありますけど、話が複雑になるんでとりあえず『女の子が自主的にメガネを外すパターン』に絞りますと、ここで女の子がメガネを外すのはたいていの場合において『かわいく思われたい』といういじらしくも純粋な気持ちの発露なんですよ。そこにはもちろん女の子をかわいく描きたいという作者の意図がバチバチに含まれているわけですが、そこで作者の方だけ向いて展開に文句をつけるのは、かわいく思われたいと思った女の子の気持ちを無視してるような気がします。現実とフィクションの女の子両方のです」


 ジェットコースターでももうちょっと緩急がゆるやかだと思う。


 まあ俺はこのくらいじゃ振り落とされませんけど?


「お前のお気持ち表明がそういうロジックで成り立っていることは分かったが、所詮はお気持ちだな。俺はメガネを外したら美少女展開には怒るが、メガネを外した美少女が美少女であることについてケチをつけるつもりは一切ない。美少女成分をありがたく享受するだけだ。その背景に美少女たちの切実な想いが秘されているというのならそれを込みで尊ぼう。分かるか? 『メガネを外したら』という一点なんだ。そこを許せるか許せないかが俺とお前の唯一にして決定的な差異で、美少女を愛でる気持ちは同じなんだ」


「いや私美少女を愛でているわけでは」


「じゃあ嫌いなのか?」


「大好きですけど。先輩ほど思い入れを持っているわけでは」


「同じだよ。愛の深さなんて比較できるもんじゃないんだから」


「深いようでめっちゃてきとうな浅い発言ですね」


「とにかく。メガネを外したら美少女展開には怒るがそれはそれとして美少女は愛でる。この態度には矛盾も倫理的な不健全さもないだろ。何か反論はあるか?」


「そうですね……」


 後輩は考えるように口元に手をやると何もない宙を見上げた。


 ふと、何気なくその手が動いて、自然な動作でかけていたメガネを外す。


 フレームを畳んで長机の上に置く。


 こっちを見る。


 じー。


「……あの、何か」


「私すっごく目が悪くって」


 俺が耐えきれずに口を開いたところに被せるように言ってきた。


「視力0.01あるかも怪しいくらいなんですけど。裸眼だとほんと、大まかな色と形は分かるけど細かい模様とか全部ぼやけちゃって」


 ごそごそ、ぽと。


 机の下で何かが動いているような気配があり、ああこいついま上履きを脱いだんだなーと考えるともなしに思い、その理由を疑問に感じるより早く「よいしょ」という声がしたかと思うと後輩は長机によじ登って、四つん這いの格好で対面に座るこちらに顔を寄せてきて……。


 え、いや、いきなり何してんのこいつ?


 じりじりと。


 固まったままでいる俺に対し、身を乗り出すようににじり寄ってくる。レンズ越しにしか見たことのなかった大きな瞳が迫る。息のかかりそうなほど近くまで……鼻がぶつかりそうなほど……唇が触れそうな……


「……これくらい近づかないと、先輩がどんな顔してるかも分からないんですよね」


「……どんな顔してるんだ」


「真っ赤」


「嘘だな。このくらいでは俺は動じん」


「ほんとですかぁ?」


 普段は微塵も感じさせない甘ったるさを込めながら言って、後輩は少し顔を離した。


 我慢比べに勝ったか。


 安堵はすぐに裏切られた。


 後輩が俺の胸元へ右耳を当てるように側頭部を押し付けてきたのだ。わりとがっつり。


 自分のものでないたしかな質量と、ほのかな熱の感覚。


「おい」


「……早くなってますけど、鼓動」


 上目遣いにこちらを見上げてニヤリと笑う。


「高血圧なんだよ」


「ヒョロガリ文化部男子が高血圧なわけないでしょう」


「なんだその偏見」


「……ところで先輩、ひとついいですか」


「なんだ」


「このムーブめちゃくちゃ恥ずかしい」


「自爆じゃねえか!」


 後輩は頭をこちらに預けたまま、急にうつむいてぷるぷると震えだした。よく見ればこいつの方こそ耳が真っ赤だ。


「なんか『これは小悪魔ムーブをかますチャンスでは?』と思ったからやってみたけどなにこれめっちゃはずい……こんなことよく恥じらいもなくできますねフィクションのヒロインは。はっず。こんなん痴女じゃん。精神的な痴女ですよ。ノーガード。丸裸。襲われても文句言えない。ああもうなんか変な汗かいてきた……」


 よほど恥ずかしかったのかめっちゃ早口だった。


「ったく、人を自爆に巻き込むなよ。気が済んだなら戻れ」


「ひゃい……」


 俺の命令に後輩は素直に頭を離して、四つん這いのままずるずると戻って席に着いた。メガネはかけなおさず顔はうつむいたままだ。


「どうして顔を上げない」


「無理です無理。まともに先輩の顔見れない。思い返すだけで茹であがりそうなんですよこっちは」


「そんなに目が悪いんならメガネかけてなきゃ大丈夫だろ」


「…………」


 後輩は無言でゆっくりと顔を上げた。本気で恥ずかしかったらしい、その表情には未だ朱が広がっていた。


 ジッと、どこか湿り気を帯びたような目で見てくる。涙目でもあるんだろうが、それよりも強く、こちらの非を責めるかのような意志のこもった目だった。


 無言の訴えの後、後輩はぽつりと言った。


「……感想」


「あ?」


「感想はないんですか。人がこんなに恥ずかしい思いしたんですから、感想の一つくらいあってもいいと思うんですけど」


「勝手に誘惑まがいのからかいして勝手に自滅しといてそれ言う?」


「いいから!」


 このネタ当分は擦れそうだな。


「……まあ、慣れないムーブにしてはサマになってたんじゃないか。机の上からっていう突拍子のない攻めで意表をついてこちらの思考力を削ぐのは悪くなかった。行動の結果として自然とちょっとエロいポーズになるのも上手い手だったな。正直言ってけっこうドキドキしたよ。戸惑い半分ではあったけど」


「うっわぁ評論家気取り……」


「お前が感想求めたんだろうが」


 かくいう後輩の顔は赤いままだから今回は許してやるが。


「それで?」


「まだ何かあるのか」


「ドキドキしたってことは、その……どうだったですか、私。かわいかったですかね」


「なんだ、今度はかまってちゃん属性か?」


「かわいかったですかね!」


「あーはいはい。かわいかったよ。いやまあうん。マジな話な。かわいかったと思う」


 俺はフェアな人間なので客観的な、あくまでも客観的な評価を冷静に告げてやったのだが、それを受けて後輩はニヤリと、してやったりといった感じに笑った。


「認めましたね?」


「は?」


「私を褒めましたね! かわいいって! メガネを外した私を! これは先輩が蛇蝎のごとく忌み嫌っているはずのメガネを外したら美少女展開ではないですか! 先輩は自分の態度に矛盾はないって言いましたけど、これが矛盾でなくてなんですか!」


 …………?


 なんか勝手に自爆してからテンションおかしなことになってないかこいつ。


「え、何、まさかそれ言うためだけにあんな痴女ムーブかましたの? あんなに恥ずかしい思いしてまで? うわぁ」


「痴女じゃない小悪魔! 私だってあんな恥ずかしいなんて知りませんでした! 二度とやるか!」


「それと、一方的に罠にはめて論破した気になって一人で盛り上がってるみたいなところすまんが、その理屈は通らんだろ。俺が怒るのはメガネを外したら美少女っていう展開に対してであって、これは前提が違うんだから」


「はい? 前提って何ですか」


「いや、メガネを外したらもなにも、お前メガネかけたままでもかわいいじゃん」


「そういうとこだぞ!!!」


 メガネを外しても美少女な後輩は椅子から立ち上がると、今日一の声を室内に響かせた。

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