最終話 天国と地獄の観察
目が覚めると何故か辺りは真っ暗だった。体を起こして辺りを見回しても、光の一つも見えない。
さっきまで壁の上で必死こいて能力を使っていたので、反動で何か脳に良くない影響が出て失明してしまったのだろうか。そう思うと一気に言いようもない感情が湧いて来て、俺は叫びぼうとした。
「ぁ……」
だが、思うように声が出ない。いくら能力の使過ぎで脳がやられたと言っても、声まで出なくなるのは何だかおかしい気がする。
一応、少しだけ出たかすれた声は自分の耳に届いてしっかり聞こえていたので、耳は正常に動作している。体が地面に付いている感覚もあるので触覚も正常だ。
(一体何がどうなったんだ?)
最後の光景を思い出そうと頭を整理して考えてみる。そうすると、ズキッ! と頭の奥に鋭い痛みが走った。
(ってぇ! やっぱり能力を使い過ぎたんだ!)
今までも能力使用後に頭痛が出ることはあったが、ここまで痛いのは初めてだった。
一度頭痛に気付いてしまえば、もうその後からはズキズキと継続した痛みが襲ってくる。まるで頭の中にハリネズミでもいるかのような感覚に思わず声を漏らそうとするが、喉からは掠れた音だけが虚しく出るだけだった。
ある程度体が動くようになってきて、目が見えないので這いつくばりながらあたりの様子を探ってみる。
地面は冷たくも無いし凹凸もなく、真っ平な大理石を触っているようにツルツルとしていて少しひんやりと冷たい。
(どこなんだここは、本当に分からないぞ)
頭が痛くても無理にでも思い出すしかない。この状況がさっぱり分からな過ぎて、別の要因で頭が痛くなってくる。
ズキズキ、ズキズキ。どうなってんだこの頭痛は! 思い出そうとすればするほど酷くなってくる! でもそのおかげで大分思い出してきた。
確か最後は能力を使い過ぎた反動で壁の上でぶっ倒れて、その後下から悲鳴が聞こえて来て、何故か近くに朝倉が居た。
思い出していて思う、本当にこんな感じだったかと。
どうにも繋がらない。壁をドーム状にし終えたところでぶっ倒れた記憶があるが、それでどうして下から悲鳴が聞こえてくるんだ? 敵の侵入は防いだはずだったのに。
それに、その後突然出て来た朝倉も意味不明だ。朝倉には子供たちと家で待っていてもらうように言ってあったはず……。
まだ思い出せてないことがあるのかもしれない。でも、どうしてもこれ以上は出てこない。そう頭を抱えている時に不意に何処からか声が聞こえて来た。機械を通したような声で、若い男のように思える。
「どうやら起きたようだな」
その声と共に急に辺りが明るくなった。俺は眩しくて瞬時に目を瞑り、それでも瞼を突き抜ける光を遮ろうと手で目を覆い隠す。
「ふん、毎回毎回同じ反応とは恐ろしいものだな、遺伝子というのは」
何を言っているんだ? 遺伝子?
ようやく目が慣れてきた。どうやら俺は失明していたわけじゃなかったらしい。しかし、この時俺の中ではそんな事はもうどうでもよくなっていた。
毎回とはなんだ? この男は誰だ?
目をうっすら開けて前を見れば、目線の少し上に透明なガラスの向こうからこちらを見下ろしているスーツ姿の若い男が見えた。しかもその横には俺のよく知っている人物がいる。朝倉だ。
驚きのあまり今まで出ていなかった声が急に出てくる。
「あ、朝倉? それにアンタは誰だ? ここは何処だ?」
俺がそう問いかけると、男は恐ろしく冷ややかな目で俺を見ながら整った顔立ちの薄い唇を開いた。
「落ち着きたまえよ。説明はちゃんとしてやる。もっとも、これが私の仕事の一つでなかったら君のような存在の前には姿も現したくなかったがね」
一々ムカつく男だ。それに朝倉は男の後ろで下がって控えているだけで何も話そうとしない。その態度にも非常に腹が立つ。やはりこの女が俺がここに居ることに関係があるのは間違いない。そのくせ無視とは。幼い頃より知っている仲で、どうしてそんなことが出来る?
「このやり取りももう何回目か分からないし。同じ説明を何度もするのもいい加減飽きて来たんで簡潔に説明させてもらうよ。実験体84号君」
「なに?」
実験体だと? 俺の事を言っているのか?
「ああいい、何も言うな。ここで騒がれるのが一番面倒なんだ。説明を最後まで聞き終えるまで黙っていたまえ」
「は? ……ッ!?」
男がそう言った瞬間、俺は声が一切出せなくなってしまった。一体何をされた!? 何をしているようにも見えなかったぞ!?
「さて続きだ。実験体84号、長いので今からは84号と呼ぶことにしようか。君はここに来てさぞ混乱していることだろうな。まあ、そんなことは今までの奴らも同じだった。結論から言うと、君は我々日本政府が製造している超能力者。その実験体だ」
日本政府が造り出した実験体? 俺が? いや、まさかそんなはずはない。俺にはちゃんと両親も居たし、祖父母も居た。子供の頃から今までの記憶だってちゃんとある。
「記憶がちゃんとあるからそんな筈は無いと思っているんだろう? だがそれは間違いだ。君たち実験用素体の記憶は、我々が君たちの脳に埋め込んだチップによってある程度操作しているのだからな」
記憶操作だと! バカな!
「おかしいと思ったことは無かったか? 君は両親が居ると思っているようだが、両親の顔が分かるかね? 祖父母もそうだ。顔は? 名前は? 住所は? 分からないだろう?」
……思い出せない。何も出てこない。両親はおろか、あんなに世話になった祖父母の顔も何もかもが。
「ここに居る朝倉君に東京に行くように指示されたことがあっただろう? 君は東京に行ったと思ったようだが、具体的にどこに行ったか覚えているか? 覚えていないだろう? あれは我々が君のチップに動作不良が無いか確かめるために行った試験だったのだからな。土産は改ざんした記憶に合わせて君に持たせたものだ。君は実験エリアである九州地区から一歩だって外に出てはいない」
朝倉の指示? 東京? 土産? ……そうか。
俺は声にならない声を出しながら男の後ろの朝倉を睨みつける。
今まで頭痛のせいで良く分かっていなかったが、こいつはスパイだったのだ。こいつが……!
「グッ! ンンンンンンンッ!」
「おっと。ここで能力を使おうとしても無駄だよ。言ったろ? 君の脳はチップで制御している。肝心な部分は当然機能制限しているに決まっているだろう?」
何も出来ずに悶え苦しむ俺。情けなさと痛みで涙が出そうになる。
「さて、これ以上は時間の無駄だ。最後に君にはこの実験の目的と君の今後について話してお別れするとしよう。この実験の目的、それはこの日本国のような島国を除いた大陸すべてに蔓延る我々人類の敵を抹殺する対偽人獣殺戮兵器を作り出すことにある」
どういう事だ? 偽人獣殺戮兵器? それに島国以外に蔓延っているって、人類はその偽人獣とかに侵略されているとでもいうのか?
「奴らは今の所海を渡れない。だが君が町で見て来た化け物と同じように、恐ろしい速度で変化を続けている。通常兵器は役に立たず、核でさえ奴らには効かなかった。むしろそれが逆に変化のスピードを速くしてしまったほどだ。そんな時だった、君たちのようなモノが人類の中に現れ始めたのは。十数年前、偶然その力が奴らに通用することが発覚し、人類は大いに湧いた。だがそこには大きな問題があった。能力を持つ者の割合が極端に少なかったのだ」
……。
「そこで政府は考えた。足りないなら作り出してしまおうとね。そうやって造り出された実験体の内の一体、それが君だよ。長い研究の結果に我々は元々能力を持っていたモノのDNA情報からコピー品を作り出すことに成功した!」
ああ……。
「そう、つまり君は
男は茫然自失ですっかり生気を失ってしまった俺を鼻で笑うと、もう用は済んだと言わんばかりに足早にどこかに出て行ってしまった。
ここに居るのは俺と朝倉だけだ。
俺はもう自分が何か分からなくなっている。だがこの後どうなるにせよ最後に聞いておきたいことが一つだけあった。
「なあ、町の皆は。子供たちはどうなった?」
「……みんな死にました」
「そうか」
今まで俺がしてきた事って一体何だったのだろう。
「氷雨。貴方はこれから他の実験体と同じように大陸の前線基地に送られることになります。拒否権はありません。抵抗も出来ません。死ぬまで私たちのために戦ってください」
「……」
後ろから扉が開いた音がする。そこから二人分の足音が近づいて来て、俺を両脇から抱えた。連れて行くつもりなのだろう。戦場に。
もう、どうでもいい。
「あ、そうそう。最近私の両親に新しく子供が出来たんです。男の子が1人に女の子が3人も。もちろん養子ですよ。もし今度会う事があったら貴方にも紹介してあげますから、その時までせいぜい生き延びなさい」
「……!」
◆◆◆◆
「所長。実験体84号の移送手続きが完了しました」
「そうか、ご苦労だったな朝倉君。君はこのまま帰って休むといい。次の実験の監視担当は篠原君だからな」
「承知しました。……次の実験はもう?」
二人の居る部屋は薄暗く、複数の大きなモニターが部屋を照らしているだけだった。そのモニターには一方には慌ただしく動く渋谷の街並みが映っており、もう一方には朝倉が最近まで見ていたような街並みに棒立ちで佇む人々の姿が映し出されていた。
「84号が思ったより良い結果だったから、上が次の実験を早く開始するようにせっついて来てね。明日には85号の実験がスタートする予定だ。今度はF県が実験場になる」
「K県の方の化け物の駆除は終わったんですか?」
「いや、まだだよ。まあシャットダウンですべての化け物と住人は停止したし、後は業者に任せる。我々は次の実験で忙しいからな」
「そうですか……。それでは、私は失礼します」
「ああ、お疲れ様。しっかり休みなさい」
◇◇◇◇
翌日。そしてまた朝が来る。
清々しい空気が辺りを包み込んでいる早春の朝。まだ7時前のこの時間は、熱いコーヒーとこんがり焼けたトーストと共にラジオでニュースを聞くのが朝の日課だ。テレビは情報量が多くて無駄も多い。だから朝はラジオが最適だと思っている。
『ビー、ガガガー……』
ゾンビが出て来たので、とりあえず俺の町を氷の壁で覆ってみる。 よすい @yosui403
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