第41話 シャットダウン

「みんな居るか!」


 俺は玄関の扉を開けるなり中に向かってそう呼びかけた。サイレンの音に負けないほどに大きなその声は家中に響き渡り、中に居た者たちを呼び寄せる。


「金芝ァ!!」

「金芝君!」

「金芝さん!」


 赤坂、上空さん、葵が俺に向かって駆け寄って来た。皆ひとまず元気そうではある。一日しか経ってないから当たり前と言えばそうだけど。

 後から他のメンバーも出て来て一応全員揃っているようだ。朝倉は帰ったらしく、姿が見えなかった。ここにはもう居ないらしい。当たり前か一日経っているんだからな。


 それにしても最初の赤坂は何だ? 物凄くキレてるみたいじゃないか。


「金芝ァ! アンタなんで黙って一人でどっかいってんのよォ!」

「うわっ、お前そんなキャラだったか?」

「うっさい! アンタのせいだ!」


 癇癪を起している赤坂に迫られるが今はそれどころじゃない。全員が居るなら都合がいい、ここで全部説明して急いで壁の補強に行こう。


「赤坂、悪いが今は時間が無い、今外では異常進化したゾンビ共が壁を越えてこようとしている。俺はすぐに奴らの侵入を防ぐ補強を壁に施しに行かなきゃならん」

「やっぱりこのサイレンのせいかい?」

「そうです。このサイレンの音のせいで周辺の町に居たゾンビや化け物が壁沿いに集結しています。おそらくですが、あの進化スピードを見るにすぐにでも壁を越えられる能力を持ったものが生まれてくるでしょう」

「なんてこと! 役場の連中はなんでこんなサイレンを流しているのよ!」


 ショッピングモールで元ゲームセンター店員をしていた鈴木さんが、役場の異常行動に対して金切声を上げた。当たり前の反応だ。


 おそらくこれを流しているのは政府の諜報員。だが、今見つけ出して目的を聞いている時間は無い。たとえこのサイレンが今鳴りやんだとしてももう遅いのだ。


「金芝さん。壁の補強をするとおっしゃってましたけど、それなら特に化け物が多い個所からやった方が良いですよね?」

「ああ、それはそうだな。だけど補強できるのは俺だけだし、地道にやっていくしかないだろう。時間は掛かるだろうけどな」

「でもそれじゃあもし今居る場所から真反対の場所の壁が突破されそうになったら、化け物に侵入されてしまいますよ」

「それはそうだが、どうしようも出来ないだろ。それとも何か他に方法でもあるのか?」

「あります。とっておきの方法が」


 葵から提示された方法は驚くべきものだった。今家に居る子供以外のメンバーで壁の上に向かい、一斉に壁の補強をやってしまおうと言うのだ。

 その方法は以前俺が壁を作る時に使用した氷の楔を使うというもので、言われてみれば確かにその方法があったかとハッとさせられた。

 そもそも俺は壁の補強を一人で行う事を前提にしていたため、結局楔を各地に置きに行かなくてはならないこの方法は一人では時間が掛かり過ぎるとして除外していたのだ。


 ただ、この方法には一つ大きなリスクも存在している。それはこの方法を使った際、能力の細かい調整が効かないという事だ。

 調整が効かないという事はつまり、逃げ遅れたら氷に飲み込まれてそのまま死ぬことになるという事。

 この方法を提案して来た葵にそう伝えると、葵は全く怯えを見せることなく頷いた。


「たぶんですけど、もうそんなに時間は無いと思うんです。もしここに化け物が入って来てしまえば、私たちはまたあの地獄に戻ることになる。それだけは嫌なんです。それにたとえ私がこれで死んでしまったとしても、スバルちゃんたちが助かるなら私はそれでいい」


 自分を犠牲にしてもという考え方を高校生の女の子がしてしまっている。本当ならその考え方を注意するべき大人たちだったが、現状の深刻さと自分自身にもそう言う考えが少なからずある為か、誰も注意しはしなかった。


「よし、なら葵には手伝ってもらおう」


 本人がやりたいと言うなら、やらせてやろう。

 これで両サイドから均等に壁の補強をすることが出来る。一番危ないO町側に俺が行き、T町側に葵に行ってもらえば、後は山なのでそこまで化け物の侵入を気にする必要は無いかもしれない。


「当然私もやるわよ!」

「俺もやるぞ!」


 さて、どこに位置取れば一番効率が良いかと考えていた時、赤坂と雨鳴が声を上げた。声のした方向に顔を向ければ後ろに居た大人たちも頷いている。


「私も参加させてくれ。金芝君」


 後ろからは島田さんもそう言ってくる。

 死ぬかもしれないって言うのに結局全員参加か……。


 俺は靴箱の横の棚からこの町と周辺の地図を取り出す。これは町を囲う壁を生成する時に役場で作ってもらった物だ。まだ取っておいて良かった。


「時間が無いから手短に話す。この地図を見てくれ、これに掛かれている赤い線が今氷の壁がある場所だ。この壁の両サイド、T町とO町側を重点的に強化していく。今回は葵の提案で楔を使う事になったので、皆には均等に各地に散らばってもらいたい。この黄色い印が付いている箇所が上に上れる地点だ」


 壁の上に上れる場所の入り口は出来るだけ均等になるように配置している。O町の方の海側だけは場所の関係上入り口を作れなかったので、そこには俺が行って目視で補強するしかないが、後は楔を配置できれば問題なく補強できるはずだ。


「入り口はどうなっているんだい? 僕らに見つけられる目印とかあれば教えてくれ」

「入り口は皆でT町を脱出した際に使ったあのアパートと同じように氷の壁に埋まっている建物の二階にあります。押し入れや収納に軍手や食料が大量に備蓄してあるので、それは自由に使ってください」


 問題はまだある。携帯電話が使えないこの状況を想定していなかったこともあって、町の端から端までつながる無線などは流石に準備していないのだ。

 連絡が取れなければ発動のタイミングが計れず、最悪誰かは氷に飲み込まれて死ぬだろう。

 柱を立ててそれを合図にするか? いや、瞬時に作れる柱の大きさには限界があるし、反対側からじゃ見えづらい……。どうする。


「お困りのようですね、氷雨」

「あっ! あの時のお姉さん!」


 聞こえてきた声に、ハッと思い出したような仕草をするスバル。

 後ろを振り返ってみれば、そこには俺をO町へと送り出した女の姿があった。


「ん? 朝倉か。悪いがお前から頼まれた任務は後回しにさせてもらってるぞ。そんな状況じゃないんでな」

「分かっていますよ。それより、これがご入用でしょう?」

「これは……無線機?」


 なぜ俺がこれを欲していると分かった……?


 まあいい、今は有難く使わせてもらうとしよう。


「ちょうどいい、車貸してくれ朝倉」

「いいですよ。どうぞ使ってください」

「助かる」


 これで元々家にあった車も使えば、一台でちまちま運ぶ必要が無くなるので大幅な時間短縮になる。


「上空さんはT町側に、俺はO町と山側に皆を運ぶという事で大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「よし。それじゃあ皆、準備が出来たらすぐに出発しよう」




 子供たちの事を朝倉に任せ、それぞれの車で家を出発してから1時間。全員がそれぞれの担当場所に到着し、配置に着いた。

 T町側に上空さん夫婦と鈴木さん、O町側に俺、島田さん、葵、そして山側に赤坂と雨鳴という配置だ。


「こちらO町側担当金芝、各自状況はどうだ?」

『こちら山側担当赤坂、こっちは静かなものよ。ゾンビも化け物も今のところ姿は見えないわ』

『こちらT町側担当上空、こっちは凄いことになってるよ。あの走って来るゾンビ達が壁を中腹辺りまで駆け上がってて、だんだん頂上に近づいてきてる。それも物凄い数だ。金芝君の方はどうだい?』

「こっちも凄いですよ。ゾンビの数は少ないですが、巨人ゾンビが何十体もいて壁を叩いてます。その巨人によじ登ってそこからジャンプして来る化け物も居ますし、こっちも後少し遅かったら突破されてたかもしれません」


 言いながら下を見ると、そこには氷の壁の再生が追いつかないぐらいの大きさの穴が開いていた。とは言えこのままなら突破されるのはずいぶん先になるだろうが。


「まあ、そう言う訳にはいかないか」


 問題は巨人より巨人を足場にしてジャンプしている方だ。

 ジャンプして壁にぶつかって落ちるという動作を繰り返しているのだが、次第に頂上までの距離が短くなってきている。足の太さも心なしか太くたくましくなっているような気がするので、今この瞬間も体が変化しているのだろう。


「位置に着いたら氷に穴をあけて楔を打ち込んでくれ。皆が離れたら補強を始める」

『T町側は準備完了だよ』


 早いな、話しながらもちゃんと準備して退避までしてたのか。流石は上空さんだ。


「山側はどうだ?」

『山側はあと……ちょっと待って、何あれ? 雨鳴君、そっちから何か見える?』

『ああ、見えるぞ。何かデカい人型の物が飛んで来てる! 何だ、か、顔がっ、うっヴォエェ』

「何だ! 何かあったのか赤坂!」

『化け物よ! 沢山のゾンビの顔が集まった体に、人の腕の集合体みたいな感じの翼が生えた化け物がこっちに飛んで来てる!』


 と、飛ぶだと! そんな、それじゃあ補強程度では簡単に突破されるじゃないか!


『金芝さん! O町側の準備は終わってるの? 終わってるなら私たちの事は気にせず能力を発動して! 今のアイツらなら飛んでる高度がそんなに高くないから、壁を高くすれば大丈夫のはずよ!』

「……分かった。今から能力を発動させる、だが何とか階段付近は避けるようにしてみるからさっさと逃げろ」

「了解!」


 飛ぶ化け物か、想定外だった。何時かは出てくると思っていたが、まさか今だとは……。おまけに目の前の巨人共がまた合体して肉の塊になっている。さらに大きくくなるつもりなのだ。


 もうこうなれば町全体をドーム型の氷で覆ってしまうしかない。

 空気は海の方を開けていれば何とかなるだろう。


「問題は俺がやり切れるかだな……。グダグダ言ってても仕方がない、やれなきゃどのみち終わりなんだ。死ぬ気でやってやる」


 俺はその場でしゃがみ込み足下の氷に手を付け目を閉じた。こうやって集中すれば楔の位置が良く分かる。微かだが下に向かっている赤坂と雨鳴の振動も感じるな。よし、これなら。


「……ふっ!!」


 全力で能力を発動する。前回壁を作った時は所々で薄い場所もあったが、今回はそれでは駄目だ。


「くっ」


 エネルギーが足りない。O町からここまで全く何も食べていなかったから、こんな大規模な物を造るのに必要な力が残っていないのだ。

 だが、こんなことは想定内。俺はバッグから手軽にエネルギーを補給できるゼリー飲料とブロック状の栄養補助食品を取り出し、ゼリーでブロックを流し込む。

 最悪の食べ方だが、これぐらいしないと消費量が半端じゃないのでもたない。


 汗が噴き出す。今の俺を誰かが見たら、血管が浮き出て真っ赤になった顔を心配されるだろう。

 

『金芝さん! このままじゃ空を飛んでいる化け物が入って来る! 早く!』

『金芝君! 巨人ゾンビがまた巨大になって、飛んでくる小さいのが何体か中に入れそうなところまで来ている! 急いでくれ!』


 五月蠅いな! ちょっとだまっててくれ!


 集中、集中、集中!





 どれだけ時間が経っただろう。気づいたらK町は海側を残して完全にドーム状の氷で覆われていた。


 意識が朦朧とする。能力の使い過ぎか。


「でもまあ、なんとかなったか」


 そう思った時だった。


「ぎゃあぁぁっ!!」

「助けて! 助けて誰か! だべ、あああああああぁぁ!!」


 下から悲鳴が聞こえてくる。これは壁の内側から聞こえる声だ。まさか間に合わなかったのか?


 さらなる悲鳴と爆発。遠目に黒い煙が上がっている。


「詰めが甘かったですね。氷雨」

「!? あさくら?」

「貴方が上ばかり気にしている時に地面の下から化け物が入り込んだんですよ。覚えていますか? あの病院で出会ったグールの姉弟を。あの時の弟君が進化して地面を掘れるようになったみたいです」

「なんで」

「まあでも、貴方はよく頑張りました。ここまで大規模な力を使えるようになったのは貴方が初めてですよ」


 何を言っているんだ?


「もうここまででいいでしょう」


 そう言うと朝倉はポケットから何かの端末を取り出した。


「朝倉です。実験終了、シャットダウンをお願いします」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は遠退き、やがて暗転していく。 

 最後に見えた朝倉の顔は今まで見たことが無いぐらいに冷たい表情をしていた。

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