第40話 帰還

 車に子供を乗せ、島田さんが運転席に座った。

 この辺りの調達で車が通れそうな場所はある程度把握しているとのことで、自分から申し出て来たのだ。


 車はこの家に元々あった。車庫の中にワゴン型の軽自動車が一台だけ停まっていて、横はもう一台置けるスペースがあったので、たぶんもう一台の車で家族そろって逃げ出したのだろう。


「金芝君、このまま真っ直ぐ壁の方に向かうのか?」

「いえ、まずは山の方に向かいながら壁に近寄って行ってもらえますか? 壁に近くなってきたら改めて誘導しますから」

「分かった。しかし、なんで壁の方に向かうんだい? これから化け物は壁の方に向かって行くし、私たちが壁を越えるには高すぎるだろう?」

「いえ、壁を越える手段はあります。ですがここで説明するのは難しいので、着いてから話しますよ」


 車を走らせて山の方に向かいながら壁に近づいて行く。道中は放置された車やバイクで道がふさがれている場所もあったが、島田さんが結構幅広い範囲で調達に行っていたおかげで、それほど行き詰まるこのなく順調に壁が近づいて来るのが分かった。


 俺が山の方に向かってくれと言ったのには理由がある。それは城の周辺からまっすぐ壁に向かった時、壁の向こう側に続く通路がその辺りに無かったからだ。

 もちろん壁に沿って行けばそのうち通路にたどり着きはするのだが、このサイレンが鳴っているスピーカーが壁沿いに点在しているらしいので、そこにはゾンビや化け物も集まっていて通路を開けたら侵入されてしまう恐れがある。そんな事をすれば敵の思うつぼだ。


 壁の方かつ山の方に近づいて行くと、街中よりは放置された車の数が減って来た。山は人口が少ないこともあってゾンビの数も少なければ、進化もしていないようだ。これなら割と早い時間で目的の場所まで辿り着けるかもしれない。


「結構山が深くなってきたが、こっちの方向で大丈夫なのか? 金芝君」

「はい、こっちで大丈夫です。このまま真っ直ぐ行くと左側に氷の壁が見えてくると思います。そしたら壁に沿っていけば物置小屋があるはずなので、そこまで向かってください」

「分かった」


 車はどんどん山の狭い道路を進んで行く。この辺りになるともう放置された車もゾンビも全く見えない。そもそも人がほとんど住んでいない地域なので、当たり前と言えばそうなのだが。


 目的の物置小屋が見えて来た。この小屋は以前祖父が使っていた小屋で、腰が悪くなってからは放置されていた物だ。時々この小屋に行かされて、物を取って来させられていたのを思い出す。原付でここまで来るのはいつも大変だったなぁ。


 小屋は半分氷の壁に埋まったような形になっていた。もちろん俺が意図的にそうしている。もうわかる通り、この小屋の中から壁の向こう側に通路を通しているのだ。


「おじちゃん。この小屋に何があるの? ボロボロだよ?」

「そうだ金芝君。こんな小屋に来て一体何をするつもりなんだ?」

「まあ取り敢えず皆車から降りて小屋の中に入りましょう。あっ、車はなるべく目立たない所に停めてください」


 車を停め、金芝、島田、そして少女と少年は小屋の中に入って行く。

 その様子を壁の上から見ている人間が居る事に気付かないまま……。



 その頃、壁内部の金芝の家では、町中に鳴り響くサイレンに皆困惑していた。


「一体どういうことなの! 役場から帰って来たらアイツは居ないし。こんなサイレンは鳴りだすし。もうどうなってんのよ!」


 金芝の家に戻ってから一日、上空夫婦と高校生組は家主の居ない家で困惑しながら過ごしていた。というのも帰ったら金芝はおらず、子供達は2人とも金芝がどこに行ったのか分からないと言ったからだ。


 よく聞いてみれば誰かが金芝を連れ出してどこかに連れていったらしい。けれど不思議なことにそれがどんな人だったのか分からないと言うのである。

 顔は見たし話もした。けれど何故か。そう言いながら涙目になっている子供たちをなだめ、何も出来ないままに金芝の帰りを待っている。


 そんな時に町中のスピーカーからサイレンが鳴り響いたと言うわけだ。


 外に出てみれば、近所の人たちも何事かと外に出て様子を窺っているのが見える。どうやら自分達みたいなよそ者だけが知らなかったわけでは無さそうだった。


「金芝君、大丈夫なのかしら……」

「あの金芝君の事だ、心配は無いさ。それよりこのサイレンだよ、役場は何を考えているんだ。こんな大きな音を立てたら奴らが近寄って来てしまうのに」

「というか、役場は壁の外に何が居るのか知らないんじゃないですか? あそこに行った時、幾分か雰囲気が緩かったので私はもしかして知らないんじゃないかと思ったんですけど」


 大人たちがどうしようもない議論を繰り広げている中、高校生3人もまた話し合いをしていた。特に赤坂は金芝が勝手に居なくなった事に酷くお怒りのご様子。顔を真っ赤にして今にも爆発しそうだ。


「お、落ち着いてよ空。子供たちの話じゃ行きたくて出て行ったわけじゃないみたいなんだし」

「それはそうだけど、だとしても子供たちを放置しておくなんてクソよ!」

「おいおい、女の子がそんな汚いこと言うもんじゃないぞ」

「うっさいクソ!」

「酷いっ!?」


 もうお決まりのように元ハーレム主人公(偽)の雨鳴コウを罵倒する赤坂。もし今の赤坂の姿を見たら、きっと赤坂の両親はこんな風にした金芝をしばき倒すだろう。


 お淑やかさの欠片もなく、まるで野生のツンデレお嬢様が飛び出して来たかのようである。


「それにしても、このサイレン本当に何なんだろう? もちろん役場の人が鳴らしてるんだろうけど、それにしても意味が分からないよ」

「葵の言う通り、意味が分からないわ。なんでこんなことするの? 壁の中の人間だって少しぐらい外の様子知ってるでしょ! あんなのがいっぱい居るのにこんな大きな音鳴らすなんて、化け物を呼び寄せるだけじゃない!」


 赤坂の怒りは尤もだが、実際にはK町でこの事を知っている者は政府からのスパイとその仲間数名しか知らなかった。これはこの町の役場に潜入しているスパイがその手腕を発揮して中枢の人間を操り情報を規制していたから起こったことだが、もちろん上からの指示。つまり政府からの指示だったのである。


 一体政府の目的とは何なのか。進化した化け物共の能力は未知数、ここ数日の進化スピードから考えると氷の壁を登る者が現れてもおかしくは無い。そんな中で自分たちが送り込んだスパイを危険にさらしてまでサイレンを鳴らさなければならない理由とは……。



 一方、金芝たちは小屋の中でK町へと続く氷の壁内部の道を歩きつつ、だんだんと大きくなっていくサイレンの音に顔をしかめていた。


 ここまでで島田と子供たちには自分の能力についてや、この壁を作ったのが自分だという事を伝えた。3人は大層驚いたという顔をしていたが、今は時間が無いことを伝えると金芝に従い、用意してあった手袋や雪山登山に使うアイゼンというスパイクのようなものを使って凍える寒さの内部通路を歩ききった。そして……。


「こ、これでK町に入ったのか? 金芝君」

「はい、間違いなく。ここはまだ山の上なので分からないですが、用意してある車で下に降りればすぐに分かりますよ」

「それにしてもすごい音だね、お兄ちゃん」

「ああ、どっかの誰かがこの町のスピーカーで大音量のサイレンを鳴らしてるからな。真司は大丈夫か? ここまでで気持ち悪くなったとかあったら言ってくれよ」

「ううん、大丈夫だよ! 早くお兄ちゃんの家に行こう!」

「だな! よし、それじゃあまずは皆で俺の家まで行くぞ! 島田さん、今回は俺が運転しますので助手席にお願いします」


 車に乗り込み、山を下る。道中、壁に近い所の木の葉が寒さで枯れているのを見ながら山特有のくねくねと曲がった道を降りて行くとふもとの住宅地に出た。

 O町とは違ってサイレンの音がうるさいからか、様子を見に外に出た普通の人間で溢れている。たったそれだけの光景なのに、金芝以外の3人は目に涙をためていた。


 20分も走ればやがて金芝の家が見えてきた。たった1日離れていただけなのに、今回はえらく長かった気がする。急に出て来た疲労感につい気を抜きそうになる金芝だったが、それを五月蠅いサイレンによって振り戻し、これから何をするべきかを頭の片隅で考え始めるのであった。

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