第39話 サイレン
「……島田さんがゾンビに向かって喋ってた内容の中に気になったものがあったんですが、俺たちの脳にチップが埋め込まれているって、一体どういう事なんですか?」
「チップ? ああ、あれを聞いていたのか。うーん……」
いつの間にか口調が敬語からフランクな言葉使いに変わった島田さんは、一瞬何を言っているのか分からないという反応をした後、すぐに思い出したという顔をして、その後顎に手を当てて考える素振りをしだした。
あまりにも荒唐無稽な話だったので話すかどうかを迷っているのだろうか。
確かに脳にチップを埋め込まれているという話をゾンビ相手に演説するなんて、宇宙人が攻めてきたぐらいあり得ない話だ。まともな人間なら絶対に『このおっさんイカレてるな』としか思わないだろう。
しかし、脳にチップはともかくとして政府が何かこの事態に関係していると言うのには引っかかるところがある。出来ればそこだけでも島田さんの考えを聞いておきたい。
「もしかして話せない事なんでしょうか?」
「あ、いや、そう言う訳では無いんだが、これはあくまで私自身の考えでしかないからね。かなり突拍子もない話だから、一般の生きている方にこんな話をして良いものかと少々考えていたんだ」
「俺なら大丈夫です。それに以前お見かけした時にある程度の話は聞いてしまってますからね。今更ですよ」
「ふむ。まあ、それもそうか。では今から話すとしよう。ただしこの話を聞いても危険な考えを持つことだけは止めてくれよ」
「はい、分かりました」
元々議員だと言っていた島田さんの話ならば、政府の話はある程度は信用できるだろう。
島田さんは一度立ち上がりキッチンの方に歩いて行くと、二人分のお茶のペットボトルを持って戻って来た。この家に備蓄してあったのか、それとも島田さんがどこかから調達して来たのかは分からないが、有り難く受け取ってお互い対面するようにソファに座りなおした。
「あれは、
「事故ですか?」
「ああ、その事故で頭を打って1日後だったか、その時にふとある映像が頭に浮かんで来たんだよ。それは知り合いの議員何人かと、白衣のようなものを着た人間が私を取り囲んで見ている光景だった。白衣の人間は恐らく医者で、私は手術台か何かに寝そべっていたのだと思う。そしてその映像の中で彼らが話す声が聞こえて来たんだ」
知り合いの議員と医者? 医者だけに取り囲まれているならまだ分かるが、手術台の周りに議員まで居るのは変だな。
「それって、よくあるちぐはぐな夢なんじゃないですか?」
「私も最初はそう思った。だが、そんな夢を入院中も退院後も毎日違うシチュエーションで見ていると、流石にどうもそれがただの夢だとは思えなくなって来るんだよ」
頭を打って何度も同じ夢を見る。確かにただの夢にしては頻度が高いし、内容が少しずつ違っているのも気になる。
「医者は毎回同じだが、議員は毎回別の人間だったりしていて、話す内容もその度に変わっていた。この夢を見て私はいつしかこう思うようになった、これは現実に起こった出来事で、何らかの作用によってそのことを忘れているのではないかと。だが、忘れるにしても一定のごく短い期間のみを毎回忘れると言う事が自然に起きるだろうか?」
「それは確かに変ですね……」
「そう、あまりにもおかしかった。だから私は思ったのだ、夢に出てくる議員たちが何らかの薬で私の記憶を消すように医師たちに依頼したのではないかと」
「一体何のためにですか?」
「それは分からない。思い当たるのは、その夢で聞いた日付はいつも私が出張で東京に行っていた日だったという事だけだ」
東京に出張、そこで何かを見てしまって、それで記憶を消されたのだろうか。だが、何故そんなに頻度が多いんだ? 見せたくないものがあるなら島田さんをそこに連れて行かないか、それを隠してしまえばいいのに。
いや待て、本当にそうなのか? 思い返してみれば、俺が朝倉に言われて東京に行った時も……東京? 京都、大阪、広島、山口。あれ? 何かが、何かがおかしい。
俺が住んでいるこの県って、何県だったっけ?
俺がそうやって考えている間も島田さんの話は続く。この話はちゃんと聞いとかないといけない。ひとまず今湧いて来た疑問は胸の奥にしまって、島田さんの話を聞くことにする。
「最初は薬だと思っていた。しかし、そんなに何度も記憶を消す薬を飲ませていればどこかに異常が出てもおかしくない。連続で出張に行っていたこともあったからね。そう考えた時に思い出したんだ、昔読んだ本の事を」
島田さんが思い出したのは海外のSF小説だったらしく、その中に脳にチップを入れるという内容があったらしい。自身が頭を打って入院してからこの夢を見るようになったこともあって、もしや脳に入れてあるチップが頭を打ったことで誤作動を起こしてしまったのでは、と考えたそうだ。
それからいくらかの日にちが経ったが、結局この事態が起こるまで出張に行くことは無く、夢に出た議員にそれとなく聞こうと思っても電話が繋がることもなかったそうだ。
この話を聞いて、まさかそんな漫画みたいなことがあるわけがないという考えとと、もしかしたら本当に自分の頭の中にもチップがあるのではという考えがぐるぐると回っている。
もし、自分にもチップが入っているのだとしたら俺も東京に行った時に同じような目に合っているかもしれない。いや、もしかしたら本当は東京になんて行ってないのかも……。
「これが全てだよ。まあ、変な夢を見て勘違いしてしまっているだけかもしれないがね」
「……」
「金芝君?」
「あ、すみません。ちょっと考え事をしていました」
「そうか。まあ、深く考えない方がいい。考えたところで今はどうしようもないからね」
「はい」
「さあ、君も少し休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
島田さんが渡してくれたお茶を飲みながら、さっき話を聞くために途中で考えるのをやめた疑問をもう一度考える。俺は今どこに住んでいるのか。周辺の町の名前、K町、T町、O町……、俺が住んでいる県の名前は、……K県?
分からない。おかしい気もする、だが別におかしくないような気もする。分からない、分からない、分からない。
違うところと言ったら、アルファベットかそうじゃ無いかしかないが、名付けでアルファベット一文字の名前を付けるというのはどういう時だろう?
―― 実験? だとすると、もしかして政府は……。
◆
ゥウウウウウウウゥー。
どれだけ時間が経っただろうか、数十分? 数時間? とにかく長い間考えていた俺が我に返る原因になったのは、外から聞こえてくるけたたましい音だった。
人の注意を引くためにわざと不快に聞こえるような音程になっているこの音は、災害発生時などの際に町内のいたるところに設置されたスピーカーから出るサイレン音だ。以前大きな地震があった際に一度だけ聞いたことがある。
「なに? 一体何が起こってるの!?」
「こわいよぉ」
どうやら子供達もいつの間にか目を覚ましたらしい。それにしても何故急にサイレンが鳴りだしたんだ? こうなってすぐならまだ分からなくもないが、今やっても全く意味が無いだろうに。
「島田さん。このサイレンは」
「いや、これはこの町のサイレンではないな。おそらく隣町のだろう」
「隣町? それってもしかしてK町ですか?」
「ああ。これだけ大きい音だからこの町のものかと思ったかもしれないが、以前私が聞いたこの町のサイレンとは少し違っている。確か町と町の境には何か所かK町のスピーカーがこちらの町に入ってしまっている場所があったはずだ。それが氷の壁の内側にあって、音が壁に跳ね返ることでより増幅されて聞こえてきているんだろう」
という事はこのサイレンはK町の人間が流している事になる。一体何のためにこんなものを流すんだ?
そう思った時、かなり近い場所で大きな振動が起こった。ズシンズシンとまるで歩いているかのようなその振動は、ある化け物と対峙した時を思い起こさせる。というよりこれはそれそのものではないのか?
「方向からして壁の方に向かっている……?」
「ゾンビや化け物たちが音に反応して氷の壁の方に集まって行っているんだろう」
「っ! そうか! 島田さん、今すぐ壁に向かいますから準備してください!」
「何? どういう事だ?」
「理由は後で説明します。とにかくゾンビどもより早くたどり着かないと!」
「何か分からんが分かった。子供達も連れて行くのか?」
「はい! 置いてはいけませんから!」
壁内で外の状況が分からない中でこんなサイレンを鳴らすなんてことをする人間がいるとしたら、それはこの地獄のような町を望んで故意に作り出した側の人間。つまり居るのだ。K町の中枢に敵のスパイが。
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