部活の先輩の書いた小説が伏字で台無しにされていた
田中勇道
部活の先輩の書いた小説が伏字で台無しにされていた
私の通う高校の文芸部は部員が二人しかいない。私と、一つ上の先輩。
先輩はノートパソコンの画面を見て難しそうな顔をしている。
「先輩、どうしたんですか」
「いや、ちょっと
「悪戯?」
先輩が言うには、ブログで投稿している小説の文章が、ところどころ伏字になっているらしい。
「先輩、ブログやってたんですね」
「まあね。趣味でやってるのも理由にあるんだけど、収益化もさせたいと思って」
「もしかして、書籍化狙ってるんですか?」
「いや、それは一応狙ってるけど、僕はブログに広告を貼ってるんだ」
YouTubeのブログ版みたいな感じなのかな。……話が脱線してしまった。
「それで、伏字になって何の問題があるんですか? 変なこと書いてるわけじゃないんでしょう?」
「やましいことなんて一切書いてない。ただ、伏字の場所が問題なんだ」
どういうことだろうか。皆目見当がつかない。私は先輩にお願いして小説を見せてもらうことにした。百聞は一見に如かず。
先輩は記事、いや文章……まあいいや。とにかくスクロールしていく。
「ここだよ」
先輩が指差したところにはセリフが列挙されている。主人公とヒロインが雑談するシーンだ。
『私、最近アニメにハマってて。昨日も見入っちゃって寝不足なんだ』
『そうなんですか。アイ○ルとかはあんまり?』
『うん。私の周りはアイ○ル好き多いけど、私は興味湧かないかな』
「主人公とヒロインが距離を縮める重要な場面なのに……最悪だ」
「でも、そんなにダメージあります? 普通に『アイドル』ってわかると思いますけど」
「それはそうだが、『アイフル』と誤解する人もいるかもしれないだろう」
「考えすぎです」
何をどうしたら、『アイドル』と『アイフル』間違えんのよ。絶対ないから安心してください。
「先輩、もしかしてほかのセリフも同じように?」
「ああ……すべては見ていないが、やられてると思う」
先輩はおそるおそるほかのエピソードもチェックしていく。見ない方が
『先輩。私……私、もっと先輩と○ックスしたいです!』
『できるなら、俺もしたいよ。でも、今は進路が優先だ。だから……もう君と音楽はできないと思う』
シリアスのはずがコメディーっぽくなってる。『できるなら、俺もしたいよ』だけだったら完全にアウトじゃん。そんなことを思っていると、先輩が補足してくれた。
「二人とも音楽好きでね。部活には入ってないけど、主人公の家で『サックス』でよく演奏する――という設定なんだ」
「なるほど」
でも、後輩の女の子が、男子の先輩の家に上がりこむって結構ヤバくない? ヒロインはどうしたの?
「先輩、サックスの後に『で演奏』を加えたらマシというか、個人的にはいいかと」
「……そうだな」
先輩の声のトーンが落ちる。余計なこと言っちゃったかな。
私と先輩は時間を忘れて小説を読み進めていく。物語はクライマックスに入り、卒業式の日、主人公がヒロインに告白する。
『俺、君のことが……○○○のことが好きだ! 俺と、付き合ってください!』
○○の告白に、○○○の目が大きく見開く。しばらくして○○○は微笑み、おもむろに口を開いた。
「○○○○○」
……なんで重要なところ全部隠すのよ!! イエスかノーかわかんないじゃん。五文字だから『こちらこそ』とか『よろこんで』なんだろうけど。しかも名前まで隠されてる。まあ、作者がすぐ近くにいるから訊けばすぐわかる――って意気消沈してる。
「純粋な恋愛小説を書いたつもりなのに……もうめちゃくちゃだ」
先輩はそう言って机の両端を持ち、机に頭を思いきり打ち付ける。
「先輩、落ち着いてください! 書き直すの私も手伝いますから」
答えが気になるけど、今は先輩を落ち着せないと。
「ちょっ、先輩!? そんなに頭打ったら○んじゃいます!! マジで落ち着いてください!」
誰か、誰か助けてぇ!!
部活の先輩の書いた小説が伏字で台無しにされていた 田中勇道 @yudoutanaka
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