魔族ツンデレ ―― vs『夏の夜』編――

烏川 ハル

魔族ツンデレ ―― vs『夏の夜』編――

   

 王都コシリョから北へ2時間の距離にあるフジーサの森。広大な緑を分け入って進めば、やがて大きな砦が見えてくる。

 遠くから一見しただけでは単なる岩山だが、近づいて観察すれば、人工的に手を加えられた跡が見つかるだろう。岩山をくり抜いて作られた砦は、大袈裟に言えば天然の要塞とも呼べるような代物しろものになっていた。

 そろそろ蒸し暑くなってきた季節のある晩。王都守護騎士のフドゥは、三人の部下と共にフジーサの森に足を踏み入れて、問題の砦が見える位置まで来ていた。

「フドゥ隊長! やはり誰かいるようです!」

 視力自慢の部下が、早速の発見を報告する。

 月明かり程度しか照明がない夜の森の中、いくら目が良くても砦の様子はわからない。当然のように、部下たちもフドゥ自身も、遠眼鏡テレスコと呼ばれる魔道具を使っていた。100メートル先の景色まではっきりと、しかも昼間のように明るく見えるという、便利な器具だ。

「うむ。情報通り、連中のアジトになっているようだな……」

 部下に対して頷きながら、フドゥは、歴史の講義で教わった話を思い出す。

 フジーサの森にある砦は、古代先住民族の遺跡だという。今とは異なるいにしえの人々がここで暮らしていた、という学説を聞かされたのだ。

「由緒正しい遺跡を乗っ取るとは……。『夏の夜』め、許せん!」


 ちょうど時期的にも夏の夜だが、フドゥが口にした『夏の夜』とは、その意味ではない。

 数年前から王都コシリョを騒がせている、悪の秘密結社の名前だった。

 今でこそ凶悪な犯罪者集団として認識されているが、最初は子供の悪戯程度に思われていた。暑い夏の夜に悪さをして回る悪ガキたち、という扱いだ。

 活動の第一歩は、大商人の屋敷の塀に「秘密結社『夏の夜』参上!」と落書きして回ることだった。民家の壁だけならば微笑ましい悪戯だったが、王宮を囲む柵にまで落書きが及ぶようになって、騒ぎが大きくなった。

 もしかしたら王政に反対する思想犯なのではないか、という可能性だ。しかも翌日の夜には、王宮の敷地の周囲ではなく、中庭の建物の壁にも落書きされた。こうなると「王宮内に侵入された」ということで、騎士団が出張でばる事態となったが、とりあえず1年目はその程度だった。

 その名の通り『夏の夜』は、夏の間にしか活動しない。もちろん昼間ではなく、人々が寝静まった夜に暗躍する。

 2年目には、商人の留守を狙って盗みに入るようになった。店と民家が一体化した個人商店ではなく、夜になったら人々が屋敷に引き上げるような、大きな商店が標的となったのだ。

 そして3年目には、商店の方ではなく、屋敷の方を襲って、大商人が蓄えた財産を盗むようになった。いわゆる押し込み強盗であり、この年から死傷者が出始める。

 さらに4年目からは、盗みのような物欲とは別に、辻斬りのような形で、道ゆく一般市民をあやめることも始めた。一般市民どころか、わざわざ王宮に忍び込んで侍女たちを襲う、という事件も発生。

 もはや王族にやいばが届いてもおかしくない、ということで……。

 今年の夏。王都守護騎士団は『夏の夜』壊滅を目標に掲げて、ついにこの夜、連中のアジトに乗り込む手筈を整えたのだった。


「そうです、フドゥ隊長! あいつらは許せません!」

「今夜こそ『夏の夜』最後の日です!」

「今に見ていろ『夏の夜』、お前ら全滅だ!」

 迂闊に「『夏の夜』め、許せん!」と口走ったことを、フドゥは後悔する。隊長である自分に追従するかのように、部下たちが騒ぎ出したからだ。

「お前たち、そうはやるでないぞ。わしたちは、しょせん先行チームだ。任務をきちんとわきまえて……」

 部下たちを落ち着かせるつもりだったが、最後まで言い切れなかった。

「へえ。『先行チーム』ってことは、あんたたちだけじゃないのかい?」


「何奴!」

 フドゥはガバッと顔を上げて、遠眼鏡テレスコも上に向ける。

 部下たちとは違う声。それは頭の上から降ってきたからだ。

 聞こえてきた声の方角を頼りに、ふらふらと遠眼鏡テレスコを動かしながら探す。やがて視界に入ってきたのは、大木の枝に腰掛ける男の姿だった。

 フドゥたち王都守護騎士とは異なり、金属鎧は着ていない。庶民向けの服屋で売っているような、黄色い半袖シャツと紺色のズボンだ。しかし肌の色が青っぽく見えるのは、どういうことだろうか。夜間に遠眼鏡テレスコを介しているからだろうか。

 一瞬そう思って遠眼鏡テレスコを外してみたが、肉眼では、男の姿は夜の森に紛れて見えなくなってしまう。仕方なくフドゥは、再び遠眼鏡テレスコ越しに青い肌の男を捉える。

「貴様は何者だ? こんなところで何をしておる?」

 北のアシュラン共和国か東のブロンケ連邦あたりの密偵スパイではないか。そう詰問したい気持ちもあったが、そこまで具体的な言葉は口にしなかった。

「たぶん、あんたたちと同じだぜ。おっさんたち、あの遺跡に乗り込むつもりなんだろ?」

 フドゥたち先行小隊の役割は、本隊より先に遺跡に突入して、内部の様子を探ること。基本的には偵察任務だが、敵に発見された場合は大騒ぎで暴れ回って敵の目を引きつける囮となる、という陽動任務も兼ねていた。

 どちらにせよ『あの遺跡に乗り込むつもり』というのは間違いなかった。

 だが、怪しげな男にわざわざ告げることもあるまい。あえてフドゥが答えずにいると、青い肌の男は、独り言の口調で呟く。

「おっさんは『由緒正しい遺跡』とか言ってたが……。まったくだぜ。あそこは昔、サタンの旦那が作った砦だからなあ」

「サタン……だと?」

 相手するつもりはなかったのに、ついフドゥは聞き返してしまった。サタンといえば、伝説に出てくる魔王の名前だ。神族と魔族が争ったという神話の中で、大魔王の側近の一人として語られる魔王だった。

「ああ、サタンの旦那だ。もしかして、おっさん、知らなかったのかい? 『夏の夜』とかって名乗ってる連中、魔族と手を組んだんだぜ。それで魔族の遺跡の一つを使ってるんだ」

「馬鹿な……!」

 フドゥは叫んでしまった。魔族なんて、伝説の存在ではないか。確かにモンスターと呼ばれる魔物は実在するが、それと魔族は別物だ。魔族は神話の中だけに出てくる、いわば空想の存在のはず!

「そう、馬鹿な話だ」

 青肌の男はフドゥの言葉を肯定するが、まったく違う意味だった。

「魔族のくせに人間と手を組むなんて、馬鹿を通り越して許せねえ! 魔族の風上にもおけねえ! いわば裏切り者だ! だから、この俺が討伐しに来たのさ!」

 吐き捨てる勢いで叫ぶ男。もはやフドゥの言葉を聞く気もないようだった。

「いや、わしが言ったのは、そういう意味ではなく……」

「じゃあ、先行くぜ!」

 と言い捨てて。

 青肌の男は大木の枝を蹴り、夜の空へと消えていく。

 その姿を遠眼鏡テレスコで追ったフドゥは、再び信じられないものを見てしまう。

 いつの間にか、青肌の男の背中には、赤い翼が生えていたのだ。

 男はその翼を用いて、夜の闇の中をすいすい飛んでいたのだ。

「フドゥ隊長! あれって……」

「気にするな。おそらく飛翔魔法の一種だ」

 自分でも信じていない言葉で部下を遮ってから、フドゥは気持ちを切り替えて、号令を出す。

「余所者に遅れるな! わしたちも砦に乗り込むぞ!」


 森の木々を分け入って、遺跡の目前まで辿り着いた時。

 砦の中から、騒々しい物音が聞こえてきた。

「フドゥ隊長……」

「気にするな。偵察プランから陽動プランに変更するだけだ。これもわしたちの任務のうちだ! 行くぞ!」

 部下たちの奮起を促して、フドゥも砦に突入する。

 砦の玄関口は人間の背丈よりも高いところに設置されており、飛翔魔法の使えない――魔法は初歩的な攻撃魔法だけの――彼らは少し苦労したが、自力でよじ登ることで克服した。

 外から見れば大きな岩山だが、中は快適な住環境に作り替えられているようだ。広い通路があり、その両側に大きな部屋もあった。

 しかし今は、そうした通路にも、通路から見える範囲の室内にも、おびただしい数の死体が転がっている。しかも、見たことがないような魔物の死骸だ。

「これが、あの男の言っていた魔族……」

「あの男の言葉は忘れろ。これはモンスターだ。『夏の夜』が育て上げた、新種のモンスターだ」

 ここでもフドゥは、自分でも信じていない言葉を部下たちにかけていく。

 そうして砦の中を進んでいくと……。

「やられはせん! やられはせんぞ! 『夏の夜』は不滅だ!」

 たまに出くわす生者は、魔物ではなく人間たち。全て『夏の夜』のメンバーであり、怯え切った表情と態度で、捨て鉢になって向かってくる。

「武器を捨てろ! 抵抗するならば斬る!」

 フドゥは、騎士として一応の降伏勧告を口にしながら、あっさりと返り討ちにするのだった。


 後続の本隊が来るまでには、全ての殺戮が終わっていた。

 あの青い肌の男は、魔物だけを処分したらしい。『夏の夜』は一人も手にかけていなかったが、それでもフドゥたちには十分だった。

 砦に残っていた『夏の夜』メンバーは、魔物が一方的にやられるのを見て、既にまともに戦える精神状態ではなかったのだろう。そんな有様なのに、フドゥたち王都守護騎士の顔を見ると、条件反射で戦ってしまい……。

 わずか4人の先行チームに、各個撃破されてしまったのだ。


 フドゥ小隊は「大手柄をあげた!」という扱いになった。

 一応「謎の乱入者が強力な魔物を始末してくれた」という事実は報告したが、魔族云々の話は、報告書には一切記載しなかった。あの男を見て最初に思ったように「北のアシュラン共和国か東のブロンケ連邦あたりの密偵スパイではないか」と匂わせるに留めた。

 冷静になって考えると、砦に転がっていた死骸は、どう見ても通常のモンスターではない。男が言っていた通り魔族だったのだろう。

「青い肌の男は魔族。裏切り者の魔族を始末しにきた魔族。人間である『夏の夜』と手を組んだことが、魔族にとって『裏切り』に相当するのだとしたら……」

 フドゥは、ふと考えてしまう。

 結果的にフドゥたちは、青い肌の魔族に助けられたのだ。ならば、青い肌の魔族もフドゥたち人間と共闘したことになるのではないか? それは魔族の価値観的には『裏切り』になるのではないか?

「ふむ。あくまでも『結果的に』であって『お前たちを助けるつもりじゃないからな!』という感じだから許されるのだろうか?」

 そう呟いたフドゥは、自分の口から出た言葉を耳にして、思わず苦笑してしまう。

『お前たちを助けるつもりじゃないからな!』というのは、まるで絵草子コミックに出てくるツンデレキャラみたいではないか、と。




(「魔族ツンデレ ―― vs『夏の夜』編――」完)

   

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