♯1『明日はどんな唄を歌おう?』

明日はどんな唄を歌おう? #1

 輝く黄金の髪は太陽も顔を背ける神々しさ。どんな若葉よりもみずみずしく映る瞳は朝抜けの新芽よりも抜きん出ている。口ずさめば、小鳥が求婚し、のびやかに唄えばふりそそぐ太陽のように都に響き渡る。声は甘く、苦く、夢を描くと吟遊詩人にも吟われる歌姫がいた。

 どこからその声が出るのかと心配するほどのか細い体に夜色のシルクを纏い、天幕のようなチュール地のヴェールを深くかぶった装いはさながら占い師のようだ。

 その妖艶な姿に誰もが心を奪われ、謎めいた歌姫に酔いしれた。

 その歌声で金塊を稼ぐキャバレーの裏方で怒鳴り声が響く。


「エリアーヌ!」


 名を呼ばれ、エリアーヌは飛び上がった。


「エリアーヌ! 聞こえんのか!!」

「はははは、は、はいっ」

「明日は公爵夫妻が来ることになった。絶対!失敗するなよ!」

「こ、こうしゃくっ」

「返事もできんのか!」

「ははは、は、はぃい」


 ふん、と鼻息荒く男は立ち去る。横柄な支配人ではあるが、客の前に出れば立派な紳士を演じるのだ。

 エリアーヌは同一人物に思えず、年の変わらない兄弟か双子かと思っている。縮み上がった胸はばく進し、強く握りしめた掌を広げれば、震えが止まらない。祈るように手をもう一つの手で握りしめた。子ねずみの声、虫の足音、遠くで野太い笑い声が流れ込んでくる。

 音はエリアーヌの救いだった。一人ではないと教えてくれる。


「明日はどんな唄を歌おう?」


 エリアーヌの震える口から言葉がこぼれた。ゆっくりと心の中で繰り返し、チュールをいじる。


「やっぱり、あまい愛の唄かな。ああ、でも蜜夜の唄もあったな……歌い、切れるかな……思いを重ねるバラッドも……ううん、恋の始まりの唄にしようかな」


 チュールをいじる手が止まる。


「公爵夫妻はちゃんと恋をしてるのかな……あ……そんなこと言ったらだめ、だよね」


 エリアーヌはチュールを力強く握りしめていたことに気付いき、慌ててしわをのばした。一着しかない舞台衣装に傷がないか確かめてから、嘆息した。


「決められないや」


 言葉も転げ落ちて、何も落ちていないのに新緑の瞳は床ばかりを見つめる。


「また、明日、考えよう」


 エリアーヌは考えることをやめた。

 そして、物語は明日へと続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シェ レ シュエット ―訳あり専門骨董店― かこ @kac0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ