[第6回]『終わらない終わりはありますか?』
舞台裏 ―Mieux vaut prévenir que guérir. ―
トントン
乾いた音に、クリスとリュカは見張った目を見合わせた。
間をおかずして、リュカは店の入り口に足を運び、扉を開ける。
朗らかな顔で紳士が帽子をあげた。
「ようこそ、いらっしゃいました。オンショントモール侯爵」
「やぁやぁ、久しぶりになって申し訳ないね。元気にしていたようで何より何より」
リュカの出迎えに侯爵は目尻のしわを深めて答えた。低くはあるが割れてはいない声が余韻を残して響く。侯爵の瞳が赤髪の店主をとらえ、そっと細められる。
「急に来てすまないね」
「いえ、侯爵ならいつでも歓迎いたします」
クリスは侯爵の前で丁寧に礼をとった。
「先日、うちの侍女が世話になっただろう? その礼も兼ねて来たんだ。今日は商売の話はなしだ。たまにはそれもいいだろう」
「それは残念です。珍しい石が手に入ったのでお見せしようかと思っていましたのに」
「私が求める月が手に入ったというのかね?」
侯爵の鋭さの増した目をクリスは微妙な笑みを浮かべて首を振った。
仕方がないね、と笑みに哀愁を乗せて、侯爵は遠くを見るような目でここではない何処かを見ている。
「終わらない終わりで終わらなければいいが――いつまで、探すことになるだろうね」
独り言のように呟かれた言葉に返事はない。
リュカの用意した紅茶を熱いうちに飲みほして侯爵は出ていった。来たときと同様に帽子と杖を携えて、馬車に乗り込む。
鳩みたいな貴族と呼ばれていることも頷ける。せっかちに、いろいろと首を突っ込みたがる人なのだ。
リュカは窓から馬車が離れていく様を眺め、ぽつりと呟く。
「終わらない終わりはありますか?」
「あるか、ないかで答えるなら、ある、だろうね」
仕事机に寝そべるように腕を組んだクリスはそこに顔を埋めた。
「人の心が区切れないことと同じように僕は思えるよ。侯爵は何でも見抜くから、下手なことは言えないね」
そうなのですか、と不思議そうな顔をするリュカを放って、クリスは片方の口端をつり上げる。
「かの侯爵は、用心深く物好きでいらっしゃるからね」
なんだか、刺のある言い方ですね、という従者の言葉は聞き流された。
Mieux vaut prévenir que guérir.
「治療するより予防するほうがいい」
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