二日前

森上サナオ

二日前


「最近さあ、やたらとマンション建ってねえ?」


 ボロいベンチに寝っ転がって、シゲユキが言った。


「そうかぁ?」

「そうだよ。世の中少子高齢化だの都市部への人口集中だの言ってんのに、どうしてこんなド田舎にあんなタワーマンションがバカスカ建つんだよ」


 コンクリート製のストーンヘンジみたいなマンション群をシゲユキは苛立たしげにアイスの棒で指し示した。


「……ハズレか」


 ゴミ箱に棒をシュートして、シゲユキはベンチに寝そべった。

 期末テストの折り返し地点。

 本当ならさっさと家に帰るなり図書館へ行くなりして次の戦闘に備えるべきだろうけど、どんなに屈強な兵士にだって休息は必要だ。


「あちい」

「あちいな」

 

 トタンと角材で出来た掘っ立て小屋の壁に、消費者金融と農具メーカーと聖書配布教会の看板が仲良く並んでいる。

 黒い看板に『キリストは再び来て世をさばく 聖書』の文字が躍っている。


 右を見ても左を見ても田んぼしかない。農道にぽつんと佇むバス停のひさしが作る申し訳程度の日陰で、俺たちはくだを巻いていた。


 生ぬるくなったライフガードを一気に飲み干す。本当はマウンテンデューが良かったのに、ここ最近どの自販機も売り切ればかりでろくな飲み物が残ってない。


 緑色の海原が、湿気と熱気をたっぷり孕んだ風にざわざわと波打っている。その向こうにカブトムシがバケツいっぱい捕れる雑木林があって、そのとなりに、たしかにこのド田舎には似つかわしくないタワーマンションが五棟、陽炎の中で文句も言わずに突っ立っている。


「誰が住むんだあんなの」

「さあな。外国人とかが買うんじゃねーの」

「こんなド田舎に? 特急も高速も走ってないここにか?」

「そういうのが好きなヤツだっているだろ。それにホラ、不動産投機的な?」

「んなワケあるか」

「じゃあなんだよ。アレ」


 防音カーテンに包まれたままの巨大建築物を指さすと、シゲユキは寝そべったまま首だけ捻って眉を寄せた。


「あれはー……実はマンションじゃねーんだ」

「はぁ? 新聞に分譲のチラシ挟まってたぞ」

「マジレスすんなクソ暑いのに……いいか、そんなチラシはダミーで、実際にハコができた途端に会社が潰れたとか、欠陥が見つかったとかで入居はできなくなる」

「へえ。それで、ありゃ一体何なんだ」


 セミの鳴き声と工事現場の騒音をBGMに、シゲユキの回答を待つ。


「国保省の公には存在しない組織が作ってるUFOの基地……とか」

「三十点。今どきUFOはねぇだろ」


 俺の評価にシゲユキは不満げだった。


「良いじゃねえかUFO基地、ロマンがあって。都心にそんなもん作れねーだろ」

「……まあ、田舎なのは否定出来ないけど」


 『ぴんー、ぽんー、ぱんー、ぽーん』


 鉄塔にくくりつけられたスピーカーが間延びしたチャイムを鳴らした。


 ここ数日暑い日が続いていますから、水分補給をしっかりして熱中症を予防しましょうと伝えて、防災行政無線は終わった。


「んなこた分かってるっつーの」


 ペコペコ言わせていたライフガードの空き缶を投げる。「かしゃん」と軽い音を立てて空き缶はゴミ箱に納まった。


「なあ、最近放送多くねぇか?」


 蛾が絡まったクモの巣を見上げながらシゲユキがぽつりと言う。


「そうか?」

「そうだよ。さっきの放送だってさ、あんなもんわざわざ防災無線で言うようなことじゃねーだろ。ちょっと前まで昼と夕方に曲流すくらいだったのにさ、ここんとこ変な時間にも曲流れんじゃん? 十時とか三時とか」

「午前のお茶と午後のお茶だろ。畑仕事してるジジババには需要あんだよきっと」

「んなもん自分で時計見ろってんだよ。テスト中うるさくて気が散るわ。そもそもお前、アレなんで曲流すか知ってるか?」

「はあ? 時間知らせるためだろ」


 シゲユキは聞こえよがしに溜息をついて身体を起こした。


「あのな、そんなもんはオマケだ。ありゃ動作試験なんだよ」

「動作試験?」

「防災行政無線ってのは本来、災害とか戦争とか、有事の際に情報を伝えるためにあんだよ。それがもしもの時に使えませんじゃ困るから、毎日時報なりを流して、スピーカーが壊れてねぇかをチェックしてるんだと」


 シゲユキの説明は、いまいち腑に落ちなかった。


「でもそれさあ、もしスピーカーが壊れてても誰も聞いてなかったら意味なくねぇ?」


 シゲユキはしばらく黙り込んだ。


「だからそのためにジジババがそこら中に配置されてんだろ田舎にはよ!」

「配置て……」

「うるせえんだよ、放送……」


 シゲユキはうんざりした顔で再びベンチに寝そべった。一世紀前からあるようなコカコーラの赤い木製ベンチがきしむ。


「はぁもうやってらんねえ。テストはまだ二日も残ってるしクソ暑いし放送はうるせーしコイツは馬鹿だし」

「おい馬鹿とは何だ馬鹿とは」

「うるせえ。馬鹿じゃねぇならなんか心ときめく話でもしやがれ」

「あぁ? あー……あ。そうだ」

「なん?」

「テスト終わったら彗星見に行こうぜ」

「すいせい? なんだそりゃ」


 シゲユキの間の抜けた声に今度は俺が飛び起きる。


「え、マジで言ってんの? ニュース見てないの?」

「誰が見るかあんなもん。最近災害時の対応マニュアルとかばっかじゃねーか。もっとシゲキのあるニュースを流せってんだよ。で、なに。彗星来んの?」

「マジで知らなかったのかよ。これまで一度も接近したことない超レア彗星らしいぜ。ちょうどテスト終わりの日が最接近らしいからさ、美倉とか河野も誘って中央公園に見に行こうぜ」

「えー……んー……」


 我ながら完璧なアイディアだったのに、シゲユキの反応は鈍い。


「なんだよ行こうぜ」

「え~……テスト終わりだろ? カラオケ行こうや」

「若ぇのが屋内で遊んでんじゃねぇ!」

「若ぇからカラオケ行くんだろが!」

「カラオケに老いも若きも関係ねぇだろ! あーもー分かった。こうしよう」

「んだよ」


 訝しげな顔をしながらも、シゲユキは俺の言葉に何かを察したようだった。


「松浦さんたちも呼ぼう。で、最初カラオケ、その後に彗星観察。どうだ」


 むくり、とシゲユキが起き上がる。しゅわしゅわと響くセミの音をバックに、シゲユキの首筋を汗がつぅ、と伝った。


「マジで?」

「セッティングはしてやる」

「……悪くねぇな。カラオケ後に彗星観察。悪くないね」


 ベンチの上で胡座をかいてうんうんと頷くシゲユキに、俺は口を開く。


「あのさあ今のうちに言っておくけど」

「あん?」

「松浦さんの前でさっきみたいなの止めとけよ」

「さっきのって?」

「馬鹿な中学生が“秘密のノート”に書いたみたいな陰謀論のことだよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」

「うるっせ」


 最近やたらと接続が悪いメッセージアプリで美倉と河野を誘うと、すぐに反応があった。計画はすぐに決まった。


「うし。これであと二日気張れるぜ」

「だな。……あーくそ久保センの古典できる気がしねーッ!」

「俺もだーッ!」


 ムカつくほど青い空に向けて投げやりに叫びながら、バス停脇でこんがり焼かれたチャリのサドルに悲鳴を上げながら、馬鹿みたいに真っ直ぐな農道をぶっ飛ばす。


 テストはクソ面倒だけど、それもあと二日で終わる。


 そう、あと二日で。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二日前 森上サナオ @morikamisanao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る