2 再会
ところが存外早く、やつは見つかった。
「サーカスとは、驚いたね」
見つけたときの、やつのバツの悪そうな顔ときたら。
「いやはや」
地上に着いて、ひと息つこうと、たまたま広場に来ていたサーカスの天幕へ入ったのだ。私にとって人間たちの造るもののうち、サーカスは非常に好ましい。
ちょうど円形の舞台では、計算ができるかしこい犬たちが、数字の札をくわえて並んだところだった。
そのうち黒い一匹が、私を見るなりおどおどしはじめ、出し物の主人である《犬の先生》にたしなめられて笑いを取っていた。耳がたれて、しっぽが筆のようなやつだ。
これは。
まさか、と思い、逃がしてなるものかと、自転車に乗る白クマの魅力に後ろ髪をひかれながら席を立ち、天幕裏へ走ったのである。
「とんだところを見られたなあ」
茶と白のぶち犬、大きな白のむく犬などの穏やかな朋輩たちに囲まれて、やつは水を飲み、褒美の骨をかじっていた。
「犬にされたという噂は本当だったんだね」
《犬の先生》と呼ばれた先ほどの美男子が、煙草でも飲みに行く途中なのだろう、私に会釈をして通りすぎたので、私も一応返した。
「とんだやつに捕まったよ。
あいつ、犬の先生の前は、医者をしていた、と聞いていたんだが、
……代言屋と代書屋もしていたことがあったとさ」
黒いちび犬が、ぼやいた。
「この出し物が当たるように、という願いをきいたはずなんだ。
なのに、気づいたら契約成立後、なぜかやつの魂は手に入らず、おれが犬になっていたというわけだ」
「あの件は分厚くて面倒な契約書だったはずだね。どうして」
「……契約の説明途中で、なぜか腹が痛くなったんだよな……」
半日介抱されて、やれやれ、と、息をつくと、
「おれは犬になっていた」
契約書を前に隙を見せたのが、今回、なによりまぬけだった。相手が代言屋で代書屋ともなれば。
半日であれを都合よく書き替えられるとは、《犬の先生》、なんという切れ者だ。
「とはいえ弁明すれば、こんな首尾でも仕事はできているんだ。夜の力で願いを叶えたその十分な支払いはさせたのさ……なのに……見ての通り……人間どもを喜ばせることばかりで……どこまで狡猾なんだ、あいつは……」
人間たちにしてみれば幸運なことに、《犬の先生》は、私の友人へのこの扱いをはじめ、詳細は不明だが願いを叶えた対価さえもうまくあやつり、世間に害をなさずにいるようだ。
私はかえって感心した。それはそれで調和はとれており、我々として不都合はないのだ。
「なあ、あいつら、まだ機嫌悪いのかよ」
地獄の番犬たちの当て推量通り、たちまちやつはすり寄ってきた。
ただし、点数稼ぎではなさそうだ。
「いつになったら帰られるのかね」
「地獄の番犬に一頭一頭、妙なあだ名をつけたんだから、そりゃ簡単にはおさまらないよ。
それにしても、まだ戻る許しがなかったとはね。厳しいもんだ」
そこで、また《犬の先生》の出番らしく、やつと朋輩の犬たちは天幕の中へぞろぞろと行ってしまった。
ともあれ、私はやつが、そこまでひどい暮らしではなさそうなのに安心した。
そのまま広場をあとにして小さな酒場に入り、久しぶりに地上の地酒と料理を味わった。
それから北極星への用事へ向かって、そこで気がついた。
そうだ。
やつが地獄の番犬につけたという、ひどいあだ名が何だったのか、それを聞き出すために探し回っていたのだ。
また遠くへ来てしまってから気がついた。休暇をそんなことでつぶしてしまい、私も負けずにまぬけだった。
犬を探す 倉沢トモエ @kisaragi_01
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