あいる、夢をみる。

「ジジ、よかったー無事で。ありがとう。つかまえてくれて。もうびっくりしたわ」


 猫を抱いたまま店内に圧倒されて立ちすくむわたしの背後から、黒猫の飼い主さんが声をかける。やっと追いついたようで、だいぶ息があがっていた。


「ほんま、無事で何よりでした」


 わたしは、あたふたと飼い主さんにジジをお返ししようとふりむくと、わたしより年上……だいぶ年上の飼い主さんは飼い猫を見ずに、町家の中をきゃろきょろ見回していた。


「なにここ、めっちゃ素敵なお店やん!」


「おおきに。うちは絵本と雑貨の店です。絵本はおもに、外国の絵本。雑貨はアーリーアメリカンやポップな雑貨をあつこうてます。よかったら、あがってください」


 ここの店主なのか、若い男性がライティングビューローにすわりパソコンにむかっていた。


 土間から一段高い和室。畳の上にはアメリカンビンテージのラグがひかれ、あめ色の革張りのソファがおかれている。

 壁には一面、古い木箱が横にしてくみあげられていた。ちょうど棚になるように。


 その木箱には、外国の絵本。かわいい絵がかかれたお皿やファイヤーキングのマグカップ。

 アイアンのブックエンドなんかが、センスよくディスプレイされていた。

 とにかくかわいくて、かっこよくて、ポップなものが、店内にギュッとつめこまれていた。


 わたしの大好きなテイスト! ナチュラルテイスでかわいい雑貨屋さんは多いけど、こんなかわいいとかっこいいが同居したようなお店、見たことない。どうしよう魅力的なものの洪水におぼれそう。


 このお店まるごとほしい。というか、ここに住みたい!


「いやーー、雰囲気あるお店やなあ。こんな西陣のど真ん中にあるなんて、知らんかった」


 そう言って、飼い主さんは靴をぬいで和室にあがりこむ。


「そっちのお嬢さんもどうぞ」


 ジジをだいて土間にたったままのわたしに、店主さんはパソコンから顔をあげ、声をかけてくれた。


 正面からまっすぐわたしを見る店主さんは、なにかスポーツでもしているのかよく日にやけた精悍な顔立ち。腕にはミサンガが何本も巻かれていた。

 ちょっとむかしのサッカー選手みたい。


「猫、あずかりましょか?」


 そう言って、ほほえみながらわたしに手を差し出す店主さん。猫を抱っこするためにのばされた手なんだけど、わたしのこと抱きしめようとしてるみたいで、なんだか照れる……。


 照れるけど、ゆっくり店内をみたいのでジジをあずかってもらう。ジジをわたす時、すこしだけ指がふれあい、心臓が体から出ていきそうなくらいびっくりした。


 えっと、わたしけっこういい年なんだからこれぐらいでドキドキするなんて、おかしいんだけど。


 痛いくらいの胸の鼓動は、おさまりそうにない。

 と、とりあえず店主さんから距離をとろうと、店の奥にあった木彫りの猫のおきものを見る。


 とぼえた表情の木彫りの猫は黒猫で、今店主さんの膝の上にちょこんと座っているジジそっくりだった。


 かわいい。ほしいけど、いま金欠だしどうしょう。

 買うべきか、買わざるべきかなやんでいると、すぐ後ろから声がする。


「こういう雑貨、お好きですか?」


 驚いてふり返ると、すぐそばでジジを抱っこした店主さんが立っていた。

 ふいをつかれた質問に、体が固まる。でも、何か言わないと……。


「あ、あの私、薬剤師してて。将来、雑貨と絵本のお店と調剤薬局がくっついたようなお店ができたらええなーって」


 私とつぜん、何いいだすんだろう。こんなはなし誰にもいったことないのに。でも、そういうお店がしたいってずっと思ってた。小さな個人病院の門前薬局で、くすりをまっているあいだ、雑貨や絵本をながめられる。


 小さい子たちもおとなしく、まっていられるかなって。あまりにも、ここがわたしの理想の雑貨屋さんだったから。ついついいってしまった。


 店主さん、こんな話しておどろいてるよね。はずかしくてふせていた顔を少しだけあげて、店主さんの顔を見あげる。

 やさしげに、細められた目と視線がぶつかった。


「ええですねえ。雑貨とおくすりのお店。ちょうど、あっちの部屋あいてますよ」


 店主さんが指さす方をみると、土間をはさんで反対側の部屋には何もおかれてなくて、がらんとしていた。


「ここ俺のじいちゃんの町屋なんやけど、あっちはテナント募集中です。よかったらどうです?」


「いやーー、それ新手のナンパやん。ええなあ、若い人らわ。さつ、おばちゃんはご飯つくらなあかんし、帰るわ。またゆっくりお店みにくるし」


 少々ふくよかな体をゆすって、飼い主さんはジジを受けとるともう一度、わたしに礼をいってお店を出ていった。


「わ、わたしも失礼します」


 この空間にふたりっきりとか、ありえない。心臓がもたないよ。それに、とっくに閉店時間すぎていたんだ。

 そそくさと靴をはいてるわたしに、またしても店主さんは声をかけてくれる。


「あの猫のおきもの、とりおきしておきますね。また来てください」


 すごい、親切なお店。とりおきしてくれるなんて。わたしはお礼をいって、格子戸をあけ外へでようとして、ふとたちどまる。


「あの、このお店なんていう名前ですか?」


「山下雑貨店です。普通でしょ?」


 こんなにおしゃれでセンスのいいお店なのに……ネーミングセンスはないんだ。

 思わずふき出した私をみて、店主さんもいっしょに笑ってる。

 ふたりで、笑い合ってる。


 笑いにつつまれた、雑貨とおくすりのお店をつくりたい。今はぜんぜんお金なくても、将来必ず夢を実現したい。


 ひらいた格子戸から湿気のないさわやから春の風が、はいりこんできた。希望をはらんだ風だ。きっと、かなえてみせる。


 大きく息をすいこみ、一歩をふみだした。


  

       了


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 みなさん、たくさんのコメント、お星さまありがとうございます。

 このコメントと星は、あいるさんに対するエールだと思うので、私はあえてお返事しません。


 みなさんの思いが、あいるさんに届きますように。

 そして、彼女がこの夢を実現できますように。

 とおい、九州の空から祈っています。祈ることしかできません。

 そんな自分がもどかしいけど。


 きっと、みなさんの祈りは届くはずです。

 がんばれ! あいるさん。


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薬剤師あいるの優雅な休日 澄田こころ(伊勢村朱音) @tyumei

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