3 「いつの時代も、読んで《PV》もらうのは大変。だけど頑張る」

 フォージーさんの作品は、こうして現代の私たちにたくさん読まれた。しかし、当時はそんな風にはいかなかったらしい。

 データに残されていた、当時の「PV数」、つまり読まれた数は、合計で百にも届いていなかったのだ。

 この作品、全部で百話を超えてるから、つまりは誰にも読まれなかった回がたくさんあった、ということになってしまう。


 各エピソードごとのPV数記録も残っていたけど、これがまた怖い。

 第一話は三十人くらいに読まれているのに、そこから先は崖を転げ落ちるように減って行っている。そして、第三十二話を最後に、そこからは誰にも読まれていない。出来が出来だから仕方がない、と言っちゃうと可哀そうだけど……。

 その「サイト」には、読者への告知みたいな「現況ノート」というものを書く機能もあって――似たような機能は交換所のデータ・ノートにもある――フォージーさん、ひたすら愚痴りまくってる。実は、話題になったのは、むしろこちらのほうだった。


「第四十話更新です、誰も読まないと思うけど。『シャベッター』のほうでも告知しておきます」

「六十話、展開の都合により大幅修正です!……って誰に言ってんだ俺は」

「百十二話なんで、実はあと数回で完結ですよー。誰かいませんかー、読者」

「完結おめでとう! 誰も言ってくれないから自分で言っちゃうよ! 今日はストゼロ徹夜飲みでお祝いだぜ! 独りで」


 告知の一覧眺めるだけで心臓に刺さる。意味不明の単語もあるけど。

「分かり度がすごいよね、これはあたしらも、心せまりまくり……」

 とギロチンさんも言ってたけど、百年後でも全然他人事じゃないよ、これ。

 一番すごいのって、フォージーさんが、「サイト」のデータを完璧に残そうとした理由。

「僕の作品は、必ず死後に評価される」

 って、戦争アトミック前どころか、もっとずっと大昔の大作家みたいなこと言ってる。


 水晶記録盤クリスタル・ディスクというのは普通の人が個人で使うようなものじゃなかったみたいだけど、フォージーさんはものすごく本気だから。何が何でも残そうとしたんだろうと思う。

「だから、この前出た、ウニシスの水晶記録盤クリスタル・ディスクドライブを日本橋で買ってきた。メディア高杉タカスギ~だけど、この記録は何千年でも残るそうだ。後世の人達の間で、きっと僕の傑作は評判になるだろう。そして僕の作品がいかに不当な扱いを受けていたか知って、みな涙を流してくれるであろう」

 ……何千年もかかんなかったよ、良かったね、フォージーさん。評判になったし、私たち泣いてるし。色々ちょっと違うけど、それともかくとして。


 私も実は、相互情報通信網ネットの外側に作品を残している。と言っても、フォージーさんとは違って、後の世に残るようなものではないけど。

 可変輪転機バリアブルで小説を紙に印刷して、昔の「本」の形にしてるのだ。この日記も、順番に印刷して製本してある。

 紙の本なんて、また戦争でもあったらすぐに燃えて消えてしまうよね。でも、それを「本棚」に並べるのが何だか楽しかったりして、ずっと続けてる。


 よし、それじゃ頑張って書こう。そう思ってデータノートのページ追加ボタンをプロットペンでタッチしようとしたその時。

 端末コンソールから、お知らせチャイムが鳴った。フリップディスプレイのゲートウェイ画面に、新規メッセージ到着の文字が出る。

「作品採用のお知らせ→NEBラジオ/J・Tのストーリー宝箱企画スタッフ」

 その、通知を見た瞬間、私の気持ちはドカンと空へ打ち上げられて、超々高層ビル群の夜景を見下ろした。


 あんなに悪口言ってたけど、実は私もあの番組の公募に作品出してたのだ。

 採用! やった! ちゃんと分かってるじゃない、優秀だよ、NEBのスタッフ。

 ごめんね、フォージ―さん。私、きっと有名な書き手になるから。百年前の世界から、見守っててね!


       *          *          *



 【付記 彼女の時代について】


 彼女、エリザベータ・ヴァルツソルブ――それが本名かどうかは今の所判明していない――のこの短い日記は、いわゆる最終戦争アトミック後の平和な時代における若い女性の日常を、生き生きと伝えている。


 強力な一大企業群コンツェルナの強力な主導下、巨大都市を建設することによってもたらされたこの繁栄の時代は、良く知られている通り、長くは続かなかった。

 あの「情報溶解インフォメルト」、つまりあらゆる数学暗号が無効化されたことによる世界的危機が、情報通信インフラを用いた巨大都市の維持を不可能としてしまったのである。

 後に、分子構造暗号技術が確立されるまで――おかげで現代の我々も、「ネット」の末裔である「インフォ・チューブ」を日常的に利用できる――この混乱は長く続いた。

 しかし、その輝かしい時代は、確実に存在したのだ。現代の我々に、彼女はその事実を伝えようとしてくれているかのようだ。特に、最後に彼女が語る決意の言葉からは、その肉声が聴こえて来るような思いさえする。


 この記録が偶然残されたのは、彼女が「本」の形で、自分の日記や作品を保存していたからだ。

 彼女自身には、後世に残すつもりはなかったようだが、紙に印刷されたおかげで彼女の文章は部分的ながら「情報溶解インフォメルト」による文明崩壊の惨禍を逃れ、こうして現代に伝わったわけだ。

 このように、「ネット」とその外側の媒体は、補完し合いながら文化を現代へと伝えてきた。この歴史は、これからもずっと続くのであろう。


 なお、「エリザベータ・ヴァルツソルブ」がその後、有名な作家になったかどうか、その記録は残念ながら現存していない。

 しかし、この日記を残したことによって、彼女の名は歴史に長く刻まれることになるはずだ。

 彼女の時代の「フォージー・アマーノ」氏と、同じように。


(編者)

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「百年前の書き手さんたちも、読んでもらうのにすごく苦労したんだね、やっぱり」 天野橋立 @hashidateamano

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