2 「発掘された、百年前の『ウェブ小説サイト』」

 基本つまらない、しかし時にはスリリングなこともある、こんな学校ギムノでの一日を終えると、私は急ぎ足で高架軌道Sバーンの駅に向かい、自分の住むマンションのある第七十七ブロックへと帰る。


 あの教室ほどではないけれど、私の自宅もやっぱり四十五階という中途半端に高いフロアにある。高層ビルしかない、そういう街なんだからしょうがないけど。エレベーターに乗ってる時間がもったいないと思ってしまう。

 玄関ドアのノッカーをトントンとリズミカルに叩いてアンロックし、開いて、

「ただい」

 ま、の四文字目をママに言ったかどうかのうちに、自分の部屋に飛び込む。そして、デスクの個人用端末コンソールの起動スイッチを、人差し指で射抜くように突いた。


 本当は、起動時専用の保護暗号を設定しておかないといけないのだけど、時間がもったいないから、わざと切ってある。だから、画面のマイクロフリップはすぐにパタパタと反転表示を始めて、相互情報通信網ネットへのゲートウェイ画面を出現させた。


 目にも止まらぬ早業で、画面上のメニューを右手に持ったプロットペンでタッチし、「小説交換所」へと接続。そして、自分用の作品箱ティン・ボックスを呼び出して、データ・ノートをピック。でも。

 ノートの目次に表示されたカウントは「2」。今朝から、私の作品は全部合わせても、たった二人にしか読まれていないのだった。ああ、無情ミゼラブル。こんなに楽しみにして帰って来たのに。


 でも、まあ、こんなもの。

 ここで小説を交換している人の数って、多分数千とか万単位とか。そんな簡単に、自分の作品を見つけて読んではもらえない。

 でも、いいこともあった。二人のうちの片方が、昨日書いた幻想小説の短編に感想付箋をつけてくれていた。仲のいい書き手の「デス・メタル・ギロチン」さん。


 何だか恐ろし気な名前なのに、書くのは女の子同士のほんのり美しい恋愛もの、という人で、きっとペンネームでかなりPV損してると思うんだけど。何だかみんな言いづらいのか、指摘されているのは見たことがない。

 感想付箋には、「灯台の下の暗い場所で、誰にも見つからないように涙を流す、あの場面がいいですね」ってあって、一番書きたかったんだぜ! そこ。分かってくれてる。


 ギロチンさんにすぐにお礼のメッセージを書いて、少しやり取りするうちに、

「そうそう、そう言えばこの前、戦争アトミック前の、『小説交換所』のログが見つかったんだって。百年も昔の」

 と彼女――会ったことないし、多分女の子だと思うんだけど――が界隈で話題になっているらしい情報を教えてくれた。

「百年前の相互情報通信網ネットにも、小説交換所とかあったの!?」

「うん、『ウェブ小説サイト』って名前だったみたいだけど」

蜘蛛の巣ウェブ」というのが良く分からないけど、みんなが虜になるくらい面白い小説がたくさん投稿されていたってことだろうか?


「でも、戦争前の記録なんて、致命兵器フェイタル・アトムの攻撃でほとんど蒸発しちゃったはずなのに、すごいね」

「地下の遺跡から、水晶の円盤に記録されてたデータが出て来たんだって。多分、書き手の人が、個人的にバックアップしてたみたいね。暗号化圧縮記録されてたのを、戦前文化復元官事務室オフィスが復号したらしいよ」


 同じ小説でも、過去の名作と呼ばれるものは、戦前当時にすでに金属板への彫金など、さまざまな方法で保存が行われており、今でも簡単に読める。でも、私たちみたいなアマチュアが書いたものまで残っていたなんて。すごい。読んでみたい。

 その作品を何と、戦前文化復元官事務室オフィスが公式に、「小説交換所」に展示してくれるらしい。どうも、個人的にここを利用している復元官の人がいるらしかった。


 記録を残していた書き手さん本人は「フォージー・アマーノ」さんという名前で、時を超える乗り物で未来世界へと旅をする、長編幻想小説のようなものを書いていたらしい。

 でも、真っ先に公開された、「いつの時代もドライブは最高!」というその作品は、同じ幻想小説書きの私から見て――いくら百年のギャップがあるとは言え――残念ながらあんまり良い出来じゃなかった。


 登場する「未来都市」の描写はやたら薄くて、三角や丸い形をしたビルが並んでいるという以外、どんな世界なのか良く分からない。

 それに主人公が、次々登場する「美少女」にやたらとモテまくるのはまあいいとして――主人公のどこにそんな魅力があるのかもちょっと分かんないけど――その子たちが「美少女」としか書かれていないから、どう美しいのか見えてこなくて全然感情移入できない。

 とにかくどんな姿か不明だけど、その「美少女」がやたらと着替えたりお風呂入ったり、多分セクシーなんだろう身体を晒しまくる。ストーリーも描写も駄目だけど、そこで読者を引っ張ろうとしてたみたい。いやー、無理でしょう。


 とまあ酷評してみたけど、フォージ―さんも、百年後にここまでひどく言われるとは思わなかったよね。ごめん。

 それでも、やたら主人公が叫ぶ「ヒヤッホー」という奇声が交換所参加者の間で人気になったりはしたから――「ヒヤッホー」を題材とした掌編が数十は書かれた――作品を残した価値はあったのじゃないかと思う。R・I・P、フォージーさん。

 ただ、見つかった記録のうち、本当に話題になったのは、その部分じゃなかった。


(3に続く)

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