2 「発掘された、百年前の『ウェブ小説サイト』」
基本つまらない、しかし時にはスリリングなこともある、こんな
あの教室ほどではないけれど、私の自宅もやっぱり四十五階という中途半端に高いフロアにある。高層ビルしかない、そういう街なんだからしょうがないけど。エレベーターに乗ってる時間がもったいないと思ってしまう。
玄関ドアのノッカーをトントンとリズミカルに叩いてアンロックし、開いて、
「ただい」
ま、の四文字目をママに言ったかどうかのうちに、自分の部屋に飛び込む。そして、デスクの個人用
本当は、起動時専用の保護暗号を設定しておかないといけないのだけど、時間がもったいないから、わざと切ってある。だから、画面のマイクロフリップはすぐにパタパタと反転表示を始めて、
目にも止まらぬ早業で、画面上のメニューを右手に持ったプロットペンでタッチし、「小説交換所」へと接続。そして、自分用の
ノートの目次に表示されたカウントは「2」。今朝から、私の作品は全部合わせても、たった二人にしか読まれていないのだった。ああ、
でも、まあ、こんなもの。
ここで小説を交換している人の数って、多分数千とか万単位とか。そんな簡単に、自分の作品を見つけて読んではもらえない。
でも、いいこともあった。二人のうちの片方が、昨日書いた幻想小説の短編に感想付箋をつけてくれていた。仲のいい書き手の「デス・メタル・ギロチン」さん。
何だか恐ろし気な名前なのに、書くのは女の子同士のほんのり美しい恋愛もの、という人で、きっとペンネームでかなりPV損してると思うんだけど。何だかみんな言いづらいのか、指摘されているのは見たことがない。
感想付箋には、「灯台の下の暗い場所で、誰にも見つからないように涙を流す、あの場面がいいですね」ってあって、一番書きたかったんだぜ! そこ。分かってくれてる。
ギロチンさんにすぐにお礼のメッセージを書いて、少しやり取りするうちに、
「そうそう、そう言えばこの前、
と彼女――会ったことないし、多分女の子だと思うんだけど――が界隈で話題になっているらしい情報を教えてくれた。
「百年前の
「うん、『ウェブ小説サイト』って名前だったみたいだけど」
「
「でも、戦争前の記録なんて、
「地下の遺跡から、水晶の円盤に記録されてたデータが出て来たんだって。多分、書き手の人が、個人的にバックアップしてたみたいね。暗号化圧縮記録されてたのを、戦前文化復元官
同じ小説でも、過去の名作と呼ばれるものは、戦前当時にすでに金属板への彫金など、さまざまな方法で保存が行われており、今でも簡単に読める。でも、私たちみたいなアマチュアが書いたものまで残っていたなんて。すごい。読んでみたい。
その作品を何と、戦前文化復元官
記録を残していた書き手さん本人は「フォージー・アマーノ」さんという名前で、時を超える乗り物で未来世界へと旅をする、長編幻想小説のようなものを書いていたらしい。
でも、真っ先に公開された、「いつの時代もドライブは最高!」というその作品は、同じ幻想小説書きの私から見て――いくら百年のギャップがあるとは言え――残念ながらあんまり良い出来じゃなかった。
登場する「未来都市」の描写はやたら薄くて、三角や丸い形をしたビルが並んでいるという以外、どんな世界なのか良く分からない。
それに主人公が、次々登場する「美少女」にやたらとモテまくるのはまあいいとして――主人公のどこにそんな魅力があるのかもちょっと分かんないけど――その子たちが「美少女」としか書かれていないから、どう美しいのか見えてこなくて全然感情移入できない。
とにかくどんな姿か不明だけど、その「美少女」がやたらと着替えたりお風呂入ったり、多分セクシーなんだろう身体を晒しまくる。ストーリーも描写も駄目だけど、そこで読者を引っ張ろうとしてたみたい。いやー、無理でしょう。
とまあ酷評してみたけど、フォージ―さんも、百年後にここまでひどく言われるとは思わなかったよね。ごめん。
それでも、やたら主人公が叫ぶ「ヒヤッホー」という奇声が交換所参加者の間で人気になったりはしたから――「ヒヤッホー」を題材とした掌編が数十は書かれた――作品を残した価値はあったのじゃないかと思う。R・I・P、フォージーさん。
ただ、見つかった記録のうち、本当に話題になったのは、その部分じゃなかった。
(3に続く)
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