「百年前の書き手さんたちも、読んでもらうのにすごく苦労したんだね、やっぱり」

天野橋立

1 「普通の人っぽく、学校生活を乗り切る私」

 教室から窓の外を見ても、そこにあるのは青空と雲の切れ端ばかり。あとは、こちらよりもさらに高い、超々高層ビルが並んでいるだけ。時たま、遥か南方地方へと飛んで行く、大型旅客用飛行艇クリッパーが姿を見せるくらい。

 そりゃそうだ、この教室は百十四階なんていう、学校としては珍しいくらいに高いフロアにあるのだから。


 私にだって、分かっている。この上級中間段階教育機関ギムノは、市内でも有数のエリート校で、そうそう簡単に入れる場所じゃない。

 大昔の戦争アトミックの後、一から造ったというこの人工的な巨大都市に住む、同じ十代の学生たち――きっと何百万人もいるはず――から見れば、私たちは羨望の的なのだ。


「エリザベータには、分かんないんだよ。恵まれてるから。私たちみたいに、普通の職能学校スキル・スクールに通う学生の気持ち、そういうのが」

 友達だと思っていた女の子に、はっきりとそう言われたこともある。

 でも、やっぱりつまんないのだ。このご立派な学校も、どこまで歩いてもビルばかりの、現実じゃないみたいな大都会も。

 しかも私、「エリザベータ」って。うちの両親も、何を考えてこんな大げさな名前を付けたのだろう。


 目の前の机には、学習用端末コンソールが一台。

 教壇の向こうでフラワーロード先生が説明している内容――「メルトン・タケダの循環定理」が証明に至るまでの経過――がマイクロフリップ・ディスプレイに表示されている。

 内容は、問題なく理解できる。私の成績は悪くない。だけど、それがなに? って思ってしまう。


 この端末コンソール、本当は相互情報通信網ネットの本線につながっているはず。もしも制限プロテクトを突破して、そしていつものあの「小説交換所」へ接続することが出来れば……。

 画面上にいくつも並んだ、みんなの作品箱ティン・ボックスから書き手さんのデータ・ノートを引き出ピックして。新しい小説を読んで、感想付箋を添えて返して――。

 あの楽しさときたら。授業? 何そのお昼寝タイム? ……まあ、制限プロテクト破るのなんて私にはどうせ無理なんだけどね。

 結論。さっさと学校なんか終えて家に帰って、思うさま物語を書きまくる。これが私、不釣り合いに大げさな名前のエリザベータ・ヴァルツソルブにとっての、正しい青春だ。


 でも、学校での私は、そんな怪しい顔など見せずに、普通のギムノ生としてちゃんと振舞う。

 最上階にあるカフェテリアで、級友の子たちと日替わりランチ――今日は、宙豚ボロネーゼのサマー・パスタ、これは当たり――を食べながらおしゃべりする時だって、ちゃんと標準的な女学生のふりをする。


「ほら、NEBラジオのジョッキー、J・Tって人いるじゃない? 面白いよね、あの人のショート・ストーリーのコーナー」

「うん、そうそう」

「いつも、すごく意外な終わり方するんだよね。J・Tもよく考えつくよね、あんなの」


「J・T」、つまりジェイ・トレヴェニアは、近頃急速に普及しつつある新メディアであるラジオ放送の、人気ジョッキーだ。ショート・ストーリーのコーナーが人気だっていうのは私もよーく知ってる。

 でも、そのお話は相互情報通信網ネットで公募されてるもので、J・Tが考えてるんじゃない。みんなそんなことも知らないのか。

 それに、あのシリーズはいかにも「落ちのある意外なお話」というパターンが決まり切っていて、あんまり出来も良くない。選考スタッフが駄目なんだと思う。でも。


「うん、私も好き、あのコーナー」

 頭のてっぺんから出しているような高い声で、私は話題を合わせる。

「ほら、自分を捨てた悪女に復讐しようとした男が、結局その女の人と夫婦になっちゃった話とか。あれ面白かったよね!」

 あのエピソードは、まあまあ合格点の出来だったと思う。長年復讐の機会を待ち望んでいた男の執着を、愛として受け取った女の心理が面白かった。

 でも、みんな微妙な顔をした。

 しまった、一般人の感覚とずれてたか。私は内心、舌打ちした。


「うん、そんな話もあったかな。私が好きなのは」

 うまい具合に、私たち「仲良しグループ」のリーダー格、お金持ちで美人で自信家という三拍子オールスリー揃ったエミリーという子が、話を流してくれた。

「ほら、夫婦がお互い降誕祭のプレゼントを買って来たけど、すれ違いになっちゃうやつ。奥さんへのプレゼント買うお金のために、お気に入りのネクタイ売っちゃったのに、奥さんの用意してたプレゼントがネクタイピンで」

「あたしもあれ好き、良かったよね」

「感動したよね、あの落ちは」


 あれは古典のパクリじゃい、と大声で指摘ツッコミそうになって、必死で言葉を飲み込む。エミリーご満悦でいい雰囲気なのに、それじゃぶち壊しだ。

「私もあんな、素敵な旦那さんと結婚できるといいなあ。どこかにいないかなあ、そんな男の人」

 小鹿のように無垢な瞳を大きく見張って、私は言った。本当は、死んだ魚の眼になりそうなところのだが、ここは気力がモノをいう。


「まーた、リザの『夢見る少女化』だ」

「ほんとに無邪気なんだから、リザ」

「でも、そこがいいのよ。かわいいじゃない」

 エミリーが鷹揚に微笑んで、みんなが笑い、すべてが四角くならずまあるくおさまる。やれやれ、無事乗り切った。

(2に続く)

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