第五話 家族

「うう…さみい。リンもうちょっとこっちにきてくれよ」



「一緒に素振りしたらいいじゃないですか」



「よくやるよなぁ、こんな雪降ってる日に」



「はあ」




庭先で素振りをしていたリンは手を止め、


縁側でぶるぶると肩を震わせてるカイの元へ歩み寄る




「寒いのなら火鉢で温まっていればいいじゃないですか。

なんで縁側にいるの」




そういいながらカイの真横にいき、ピタリと体をくっつけて座る。




「はは。リンは優しいよな」




リンの肩に頭を傾け寄りかかる。




「カイはいつまでも子供ですね」



「でもさぁ、リンも冷えてるじゃないか。手ぇ、氷みたいに冷たいぞ」




カイが霜焼けで指先が赤くなったリンの手に自分の息であっためた手を重ねる。




「話が噛み合っていない。それに文句を言わないでください」




二人で手を握りながら庭に降り積もる雪を眺める。




「うえーなにしてんの男同士で暑苦しー」




突然部屋の方から声が聞こえた。




「なんだハナか」



「そんな薄着でどうしたんですか?風邪をひきますよ」




二人で頭だけ振り返り、声の主を確認する。




「暇だったから皆を探してたの!そうしたらこんな寒い日に

わざわざ寒い縁側で寄り添ってるお馬鹿さんを見つけたから、

思わず声かけちゃって」




そういいながら二人に近づき、リンの膝に頭を乗せ寝転がる。




「お馬鹿さんの膝を借りるのかー?」




カイがにやりと口端をあげながら茶化すようにハナに言う。




「お馬鹿さんって言ったのはカイのことだよ!リンはお馬鹿じゃないじゃん」



「なに!?」




リンを間に挟み2人は睨み合う。




「二人とも、喧嘩をするなら別のところでお願いしますよ」




そういい、リンは木刀を持ち、立ち上がる。



昔から頭が固かった。


弟達の面倒も自由奔放な兄の代わりに、


人一倍徳を積んで、出来た人間にならなくてはと思い、


皆んなの鏡になれるよう頑張った。


でも誰よりも明るくて前向きな兄は真面目で柔軟性に欠ける僕には、


足りない何かを持っていた。




「ふっ」




雪が肌を濡らし、木刀を持つ手がかじかみだす。


冷えで暴れ出しそうになる心を鎮めた。


この努力も自分を守るため、弟達を守るため。


黒い思考が頭によぎる。


雪の上に墨汁をかけたみたいに


白に黒がじんわり広がり、やがて鈍色となり染みつく。




「くっ…」




良い子でいなくちゃ。


僕は、誰よりも…良い子でいなくちゃ。


吐き出した息の白さに対比して


良い子でいなくちゃ、そう思えば思うほど


心に巣食う色は濃ゆくなる。


どうしてこんなに頑張ってるのに勉強でも、剣術でも、兄に負けてしまうのか。


僕だって頑張っている。兄に勝ちたい。兄より優れていると認められたい。




「はっ…」




一瞬だけ頭をよぎったその言葉に耳を疑う。


本当の僕は、家族のためではなく自分の為に…穢れた思考だ。


こんな醜い考えが本心なのか。


そうじゃないんだ。違う、違うんだ…


…助けて




「はぁ!」



「とりゃ!」




思い切り木刀を振り下ろした瞬間、リンの声と重なる誰かの声。


肩まで伸びた髪の毛が揺れ、首元に冷たい感覚が残る頸を手で押さえ


すぐに何かが飛んできたことに気づき、その方向を見遣る。





「あらら。カイ、惜しかったね」


「もう!なんで運よく避けるかなぁ!」


「カイー、あんたの狙い所が悪かったのよ! 下手くそなんだから!」




雪玉を沢山作り、楽しそうにそれを両手で抱える三人がいた。


その瞬間自分の背後からも雪玉が飛びだす。


それはカイの顔に命中し、当てられたカイは仰向けに倒れた。




「甘いんだよカイ。リンは集中しながらもちゃんと避けたんだ。

お前より一枚上手だったんだよ。な?」




雪玉をカイに投げつけたその人は、三人同様両手いっぱいに雪玉を抱え


小さな子供のようににんまり笑った。




「サク兄さん…」



「とりゃ!!」




サクは持っていた雪玉を三人目掛けて一斉に投げつけ、


自分がつけていた襟巻きをリンに巻きつけた。




「肌冷たくなってんじゃんか。風邪引くぞ。ほら、体動かしてあったまろうぜ!」



「おい!兄ちゃん!不意打ちはないだろ!」




慌てて起き上がったカイが雪玉を作り出す。




「ほら!ジンちゃん!ハナ!お兄たちに負けてたまるか!やってやんぞ!」



「カイ、もう既に雪まみれじゃないか」



「ジン兄!カイの仇うってやろ!」




三人が一斉に投げつけて来た雪玉が目の前に飛んでくる。


避けられないと、腕で顔を守る体制をとった。




「あれ…?」




ひとつも雪玉が当たらなかった。


不思議に思い腕をどけると、目の前でサクが雪まみれになって震えていた。




「ううーさみい!おいお前たち!一斉に投げることないだろ!」



「兄さん、僕を庇ったんですか?」




目の前でじたばた叫ぶサクに問う。




「ん?庇ったって、んな大袈裟な!兄ちゃんなんだからそんなの当たり前だろ。

ほら!リンもやってやれよ!」

   



そういい後ろでハナとカイ見守っていたジンにサクが視線を送る。


ジンは眉尻を下げてふっと笑った。


何のやり取りだったのかと訝しげに見ていると、


サクから雪玉を、ほれ、と渡され掛け声と共に同時に投げつける。


その時ちょうどジンに話しかけられ前を見てなかった


カイとハナにその雪玉が命中し二人が悲鳴を上げた。



いや、ちょうどというよりサク兄の悪巧みだろう。


ジン兄さんも意外と悪戯好きだというのが


いつかの朝餉の時で発覚してるから。



隣でお腹を抱えて大笑いしているサクがあまりにも幼くみえて


さっきまで葛藤していた自分が馬鹿らしく感じ、息を吐く。




「なあ、リン!」




サクは一頻り笑った後、リンに声をかける。


次は何かと目をやると目の前に手がかざされる


その手はまめや剣だこ、寒さや乾燥でできた切り傷だらけだった。


言葉をなくし、その手をじっと見つめているとまた元気な声が頭に響く。




「やったな!」




ぼろぼろの手は痛ましい程の努力を感じさせるのに、


当の本人は何も知らない小さな子供のように幼い笑顔で笑っていた。




( ああ、やっぱりこの人は凄いや )




その笑顔だけで胸に巣食っていた鈍色が霞んでいく。


かざされた手の前に小さな自分の手を掲げる。




「うん」



パァン



乾いた音が響いた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「父さん」



「千鶴、こんな所にいたのかい」



「怒ってる?」



「…帰ろう」




昌宜が川沿いに蹲る千鶴に手を差し出す。


千鶴はその手をつかまず、自力で立ち上がる。




「父さん」




少し赤くなった拳を血が出るんじゃないかと思うくらい


ギュッと力強く握り、昌宜を呼び止める。




「なんだい?」



「私は、悪い事をしたと思ってないです。千鶴は人間です。女とか知りません」




昌宜は歩き出そうとしない千鶴の前にしゃがみ込み目線を合わせる。




「同じ人間なのに、男とか女とかそんなの知らないし。

猫ちゃんやウサギさんは男か女かぱっと見わかんない

強くちゃ駄目なの?千鶴は女の子だから強くちゃだめなの?

男の子みたいに荒っぽい振る舞いはだめなの?」




涙を堪えようと必死に感情を抑えているのか、


そう話す千鶴の声と小さな肩が微かに震えていた。




「今まで頑張って隠してたけど見られてしまいました。

だって皆して猫ちゃんをいじめてたんです。

可哀想だったから口で止めたのに

女の子のくせにって聞いてくれなかった。

だからちょっとだけ、ちょっとだけのつもりだったのに…」




いつのまにいたのか背後からにゃーと猫の鳴き声がした


その子猫は千鶴の元へ歩み寄りそっと頭を擦り付ける。


昌宜はそっと千鶴の頬を撫でた。




「千鶴の力は隠さなくてもいい。

女の子だからって強くちゃいけないなんてことはないよ

もし、世の全ての人たちに千鶴の力を否定されても、私はお前の味方だ。

その子猫も、きっと感謝しているよ」




昌宜がそう言った途端子猫も、にゃーと鳴いた。


子猫を抱き上げ、優しく抱きしめると


千鶴の肩に顎を置き気持ちよさそうに寝息を立て始める




「ー。」

   



数年ぶりに呼ばれたその名にハッと顔を上げた。




「自分が正しいと思う選択をしなさい。

そしてその強さは、今後お前が大事なものを守りたいと思った時、

大いに力となるだろう」



「…じゃあ父さん、私もっと強くなるね」




千鶴の返事に昌宜は満足げに微笑む。











- 「2999!…3000!!」



ハァっと強く息を吐く。乾いた北風が火照った身体を冷やした。




「…ふう」




目の前で禅を組んでいた真白がぱちっと目を開く。




「真白、最近頑張りすぎじゃないの?」




真白が立ち上がる時、捲れ上がった袖や足元から痣だらけの肌が垣間見えた。




「チズさんに言われるとあまり説得力ないです」




そう言いながらチズに近づき、手拭いを渡した後一礼した。




「お茶、入れて来ます」




もらった手拭いで汗を拭う。




「せっかく跡が消えたと思ったら次は痣を作るなんて」




立ち去る後ろ姿にそうぼやいた。


真白は絶対私より先に道場に来て、私が帰らないと戻らない。


だから最近は気が向いた時にふらっと立ち寄って皆の稽古の成果をみている。


それなのに、私が来てなくてもほぼ毎日一日中鍛錬していると聞いて


久々に稽古をつけると言ったらあの痣の増え様。




(別に私は無理してない。無理してるのは真白の方でしょ)




私が父様とあの約束したのは十年ほど前の事だ。


あの子はまだ九歳。


私も真白も稽古を始めたのは五歳のとき。


川辺で父さんに自分の葛藤を訴えたあの頃の幼い自分と重なる。 


父さんもこんな気持ちだったのかなと考えさせられる。




「ちょっと、真白!待ちなよ!」




乱れた髪を結び直して、真白の後を追った。




「おお。チズ、真白、稽古終わりか?」




火鉢の前で真白と肩を並べ障子の隙間から見える庭の雪景色を眺めていると、


フウを連れた昌宜が顔を覗かせた。




「父さん、フウちゃん。おかえりなさい」




笑顔で迎えるとフウがこちらに駆け寄り懐に飛び込んでくる。




「ただいまぁ」




冷えた体をチズに擦り付けぎゅっと強く抱きしめた後、


そのまま隣に座る真白に駆け寄る。




「マシも、ぎゅー」




そう言いながら寒さで赤くなった頬を真白の頬にひっつけ抱きついた。


フウのまさかの行動にもびっくりし、咄嗟に真白の表情を伺う。




「フウ、私は寒いのが苦手です」




感情をあまり表に出さない真白が、


見たことのない慈しみの眼差しをフウに向けていた。


そして小さな背中に腕を回し、湯呑みのおかげで暖かくなっていた手で


フウの赤らんだ頬を包んだ。


自分が寒いのが苦手といいながら、温まった自分の体温をフウに分け与えてる


矛盾した光景に眉を顰める。


真白はそのまま胡座をかき、フウの向きを変えその上に座らせた。




「マシはあったかいんだね」




火鉢に手をかざし暖をとりながらフウは振り返り、真白に笑顔で声かけた。




「うん」




その光景が信じられず、昌宜の方に目を向けると


微笑ましいと言わんばかりににこにこと見守っていた。




(え、全く状況が掴めない…)




「チズ、団子を買って来たんだ。皆で食べよう」




隣から感じるほのぼのとした空気に戸惑っていると昌宜が声をかけてくる




「父様、私がお茶をいれてきます」




すかさず返事をし立ち上がろうとする真白の肩に昌宜が手を置く。




「真白、君はフウとここで待っていてくれ。チズちょっとついて来なさい」









「真白ったら、最近以前にも増して稽古の時間を

増やしてるみたいなの。あんなに痣増やして。

まだ九つだから体だってそんなに強くないはずなのに」




お茶を注ぎながら昌宜に小言を漏らす。




「なぜだか、わからないか?」


 

「…わからないです」




昌宜の一言にさらに頭が混乱し、素直な気持ちを伝える




「真白も元々自分の存在意義を見出す為に

武道を通じ、己と向き合ってきたのだろう。

それはチズ、お前も一緒じゃないのか?」



その一言にいつかの出来事を思い出す。












- 「女なんて嫌いだ。死んでしまえばいい。 

お前も女だろ。皆、皆消えてしまえ…」




大粒の涙を流しながらも、五つにもならない幼い子供が


取り乱すこともなく沈んだ声でそう吐き捨てる。




「っ?!」




その心に鮮やかな色はなかった。


本来なら無限大に広がる想像でつくられた夢に、それが彩られ始める年齢のはず。


ボロボロの小さな体はか細く、


いつ崩れてしまってもおかしくないほど傷だらけだった。


白い肌に鞭の傷痕が残酷な程映えていた。


落ち着きすぎてる。


自分の感情を曝け出すことすら憚られる様な環境だったのだろう。


取り乱すこともできないほどこの子は追い詰められている。



(でも、だからといって…)



ずかずかと歩み寄り、その子の前に跪く。


そして、その端正な顔につけられた擦り傷に口づけた。




「なっ…」





口づけされたところを手で押さえ大きな目を見開く。




「なんだよ、消毒だろ。べそべそ泣きやがって。

残念だけど私も男が嫌いだ。いや男も女も大嫌いだ。」




その子は未だに頬を手で押さえ、


なにを言ってるのかわからないという風に固まっている。




「いいか?私は人間だ。そしてあんたも人間だ。 

だから、残念だけどさっきの言い分は聞けない。私は死ねない。

あんたも死なせない」



「にん、げん…?」




カタコトした口調でそう呟く。


   


「そうだ。私は女じゃない。強い人間だ。

けど、あんたはまだ弱い。弱い人間だ。」




その子の長い前髪をかき揚げ、瞳に溜まった涙を拭う。




「あんた心は強いんだ。でもそれだけじゃ自分を守れない。

この世界はそんなに甘くない。

弱い人間は、そうやって死に際に自分の願いを

遺言みたいに吐き捨てることしかできない。


吐いたところでその願いは塵みたいに踏みつけられる」




ギリっと歯を食いしばる音が聞こえた。




「おい、人間。悔しいだろ」




その子は既に乾いた目で、力強くこちらを睨みつける。




「強くなりたくないか?」




立ち上がると同時に睨みをきかせたその子に向かって笑顔で手を差し伸べる。




「選ぶ権利はあんたにある。ここで死ぬか、生きて強くなるか」




ハッとしたように息を呑む音が聞こえた。


睨み付けていた昏い瞳に光が宿った。




「どうしたい?」



「…生きたい…。」




先程の抑揚のない声とは違う。


切実な思いが、聞こえた。


こちらの手をとった小さな傷だらけの手は、


骨ばっていて細く、簡単に折れてしまいそうだった。




「よし、一緒に来い」


  


手をとったその子をおぶると羽のように軽い体に


やっぱり、と苦しい気持ちになった。



家に帰る道中、しんしんと降る雪が二人の体温を徐々に奪っていく。



(あ、この子寝ちゃうとまずいんじゃ)




「ねえ、あんた名前なんていうんだよ」




背中の子が寝てしまわないように声をかける。




「ないです」




消えそうな声でそう返ってきた。




「は?そんなことあんの?

あっ、ちょっとあんた寝ないでね?寝ちゃうと死ぬぞ」




自分の眠気も抑えなくてはと、空を見上げて頭を動かす。


辺りは雪が降り積もり、全ての色がまっさらに塗りつぶされたようだった。




「起きてるか?」




そう問うと少しの間の後に、はい、と返事が聞こえた。




「あんた、今日から真白ね」




肩に乗ったその子の頭に、自分の頭を軽くぶつける




「…真白?」




顔を外に向けていたその子は頭をこちらに向き直し問う。


  


「うん、名前。真白ね?」




こちらもその子の方を見ようと肩の方に目をやると


振り向いていたその子の顔が目の前にきていた。




「…どうして?」




一歩一歩雪を踏み締める度ググっと音が鳴る。


歩いた跡が道となり、またその上に雪が降り積もる


川には薄く氷が張り、いつも見かける小鳥やウサギも


この日は見つけられなかった。



美しい銀世界に、ただ二人。




「あんた、雪みたいに真っ白だから。

んー、いや!湯気?白い湯気みたいだった」



「ゆ、げ…?」




頭の上にハテナが浮かんでそうな声色でその子は言う。




「うん。けど、湯気より真白の方がいい。

真白の真は、真実の真だ。今日から自分に嘘つくな。」



「うん」




さっきより少しばかり元気な返事が返ってくる。


ん、と小指を差し出した。




「これは?」




不思議そうな顔で差し出された小指を見つめる。




「ほら、真白も手を出して!同じようにしな!」




こちらの手と自分の手を何度も見比べながら同じように小指を立てる。




「ほら、指切りだよ」




そういい、真白の小指と自分の小指を絡める。




「あんたは今日から真白だ。自分に正直に生きろ。

私はー、そうだな。死なない!死んだら真白が嘘ついた時に叱れないからな。

破ったら許さないぞ。ボコボコにする」




そう目を見つめて告げると繋がれた小指にギュッと力が籠る。


驚いてその部分に目をやると、細くて白い指が小刻みに震えながらも


こちらの指を離すまいと必死に絡みついていた。




「…約束…します」




フワッと笑うその表情は雪のように溶けて


消えてしまいそうなほど儚くみえた。










そういえば、あの時見せてくれたのが、


真白の本当の笑顔だったのかもしれない。


出会った頃の事を思い出し、ふとそんな事を思った。




「チズは今、なんの為に強さを求めている?」




昌宜の問いかけにハッとし、現実を取り戻す。




「…家族を守りたいから」




そう答えると、昌宜はいつもの優しい笑顔を浮かべる。




「真白も、同じ気持ちなのではないか」




そう言われた瞬間モヤモヤとしたものがスカッと晴れた


先程みた真白の眼差しとあの時私に笑いかけた笑顔が重なる。




「自分の為だけじゃない。真白も、守りたい何かの為に強くなろうと

そう思うようになったんじゃないか?」




昌宜と一緒に廊下を歩きながらあの日と同じように降り積もる雪を眺め、


懐かしい気持ちになる。




「父さん、真白の名前ね、実は湯気になるかもしれなかったんだよ?」




クスクスと笑いながら話しかける。




「湯気??そうだったのか?」




昌宜がいつものように呵々と笑う。


するとその笑い声に紛れるように


誰かの叫び声が聞こえた気がして耳をすませる。




「ん?なんの声?」




声が聞こえた場所から少し歩くと、次第にその声は大きくなる。




「とりゃ!!いっけー!やれやれ!」


「カイ!的はずしすぎだから!下手くそ!」


「まあまあ二人とも落ち着いて」



「兄さん!危ないですよ!」


「大丈夫だリン!俺を舐めんじゃねえぞ!」




昌宜と二人でその場に立ち尽くしていると、


フウが廊下の向かい側から走ってきた。


 


「姉ちゃん、お兄達雪合戦してるみたいだよ!」


「皆ずぶ濡れですね」




フウが走ってきた方から真白も現れた。




「はぁ」




雪まみれで服が濡れてしまっている皆をみて深いため息を吐く。




「お茶、他の子達の分もついできましょうか?

あのままだと風邪をひきます。」



「そうね…」

 



そういい、項垂れていた顔をあげると


顔に冷たい何かが勢いよく的中し、持っていた湯呑みを溢しそうになる。




「やっべ、チズ…」

 


「あ、姉ちゃんあの、これはわざとじゃなく…」




冷たい何かが雪玉だと気づくのに時間はかからなかった。


黙って湯呑みの乗ったおぼんを真白に手渡し、静かに庭先に下りた。



他の皆が固まって動けずにいるのがわかる。


そして冷たい雪を掴み取り、雪玉を何個か作った




「あんた達…容赦しないよ!!!!」




そういい雪玉を思いっきり投げつける。


全員ぶつけられた雪玉の力強さに体制を崩し、倒れる。




「かかってきなさい!この程度じゃ許さないよ!!!」



「ってえ…姉さん!手加減してって!」




そういい一番最初に起き上がったカイの顔面にまた雪玉を投げつける。




「あがっ」




カイはまた仰向けに倒れた。




「くっそーチズ!俺たちも本気でいくぞ!」



「望むところよ!!!!」




縁側でその様子を楽しげに見守る昌宜と、


真白にフウの視線を感じながら六人で全力の雪合戦をした。


一頻り遊んだ後、火鉢の前で凍えながら


全員でひっつきあって団子を食べたのだけれど、


次の日雪合戦組は皆仲良く風邪をひいたのは言うまでもない。


これは冬のある日の平家族の1日である。

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薄桜 @kotohanoiro

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