第四話 武家の刀

「やー!!!」



「はっ」




食後、昌宜に呼ばれたジンは先に稽古をしていた


チズとサクに合流しその様子を見ていた。


今はチズが審判をしている。


そしてサクと真白は目隠しをした状態で交戦していた。



隣で一緒に様子を見ていた昌宜が、呆気にとられているジンに声をかける。




「ジン、私たち平家は神皇に仕える二つの武家の流派の統一を任され、

唯一無二の流派を作り出した平民一族だ。

だから道場を持つことを許され、

今日もこうして武術を磨くことができている。」



「その武家というのは、藤堂家と原田家ですよね。」



以前サクに教えてもらった情報と照らし合わせる。




「そうだ。神皇家の血筋は代々、特殊な力を受け継ぐことが出来るという。

その力欲しさにいくつもの貴族や有名な武家が

娘を神皇の正室にしようと競った。


そのせいで内乱や、集落の滅亡などが相次ぎ、

そのまま国中を巻き込んだ大規模な戦となった。


その500年前の戦を勝ち抜いたのが原田家と藤堂家だ。」




特殊な力を受け継ぐことができる、神皇家の血筋。


正室というのは、以前サクに聞いたことがある。


簡単にいうと本妻。


500年以上前は一夫多妻制で、側室といった、


妾という公認された本妻以外の妻を何人か持つことが許されていたそうだ。


ただそれだと、本来なら特別な存在である


神皇の血筋の力による統治が難しくなる上に、


その血をめぐって、血族の誘拐や悪逆非道な呪術に


利用されることが相次いだために廃止とされた。


なぜ500年以上前なのだろうと気になっていたのだけれど、


なるほど。そのあたりで一度大きな戦があったのか。


頭の中を整理し、バラバラだったピースを組み合わせた。




「ジン、これを君にやろう」




そういい腰紐に何やら袋のようなものを括り付けられる。


これは、と問いかけると昌宜は答える代わりに肩に手を置き視線を戻す。




「チズ、影赦(ようしゃ)を。」




中央の方で審判をしていたチズに昌宜がそう合図した。




「はい。2人とも、目隠しを外しなさい」




チズの言う通り目隠しを外し、


二人が木刀から刀に持ち替えた途端チズの影が揺らぐ。




「来たれ。誘われし民よ。我に赦しを請え。」




チズの影から、立体化した紫黒色の人体が現れる。




「行け。殺さない程度に…追い詰めていいよ」




チズがそう言った瞬間にその人影はサクと真白に飛びかかっていく。




「あれは…いったい」




真白とサクはジンが目で追うことすらできない


その動きについていき、攻撃を受け止めている。


それに先ほどとは違い真剣を使った戦いは


木刀とは次元が違う緊迫感を漂わせている。




「影赦(ようしゃ)だ。あれは、現世で罪を作った人間の死後の姿。

罪人は成仏し転生するために、一度影赦となり

現世でその罪を償わなければならない


元々は原田家と藤堂家、そして神皇家の方々しか扱えなかったのだが、

平家も併技流を編み出した際にその力を賜ったのだ」



「凄まじい、早さですね」



「並の人間では手も足も出ないだろう。

とはいえ、真白もサクも稽古を始めてそんなに経ってる訳では無い。」




影赦とサク、真白が交戦する衝撃音が頭に響く。


次々に繰り出される刀を全てかわし、


影赦は左右の拳を同時に二人の鳩尾へ打ち込んだ。


一瞬怯んだように見えた二人だったが、


すかさず体制を整え、再び影赦に斬りかかっていく。



「チズは昔から運動能力に長けていた。

だからあの歳で免許皆伝までになった。


真白は努力の子だ。人一倍の努力でここまでの剣術を身につけた。


そしてサクは賢い。普段はふざけているが

そのぶん集中している時に発揮する

頭の回転の早さは人並外れている。


各々、自分の長所を理解し、伸ばすことで

影赦とも戦えるほどの力をつけた」



「なぜそこまでして武術を磨くのですか?」




頼しそうに三人のことを語る昌宜に問う。




「世は乱世だ。なんらかの影響で神皇家の力が弱くなっている。

君をここに引き止めた理由もそうだっただろ?」




その一言に初めてここにきた夜の話を思い出す。





「動物や民たちが襲われるって…」



「真白!!」



ドンッという鈍い音と共に真白とサクの呻き声が聞こえる。


影赦に投げ飛ばされた真白をサクが受け止めたまま、


二人とも壁に打ち付けられた。


サクは強く頭を打ち、真白も投げ飛ばされた時の衝撃で呻いていた。

 



「影赦の仕業だ。武家に管理されていない影赦が表れだした。

何らかの原因で放たれたものなのか

それとも何者かが操っているのか定かではない。


一族とこの国の治安を護るために

影ながら支えてきた我々も、この由々しき事態放ってはおけん」   




倒れた二人に影赦が飛びかかり、


黒い爪でサクの喉元を切り裂こうと腕を振りかぶる。


その爪はすぐ近くまで来ているというのに、サクは全く動かない。





「まっ」




叫ぼうと声を上げると人差し指で口を抑えられた。


昌宜は見上げたジンに、大丈夫、と一言告げる。


もう一度目線を戻すと、すんでのところで


真白が横から飛び出し、影赦を袈裟斬りにした。


真白は刀を振り下ろした体制のまま大きな瞳をカッと開き、肩で息をする。


斬られた影赦は地面に崩れ、溶けるように消えていき、再び影となる。


そしてそのままチズの影に吸い寄せられるように一体化した。




「サク、助けてくれとは頼んでない」




真白は倒れたままのサクに手を差し伸べる。


その瞬間倒れていたサクの目がパチっと開き真白を見てニヤリと笑う。




「そうつれないこと言うなよ」




サクは差し出された手を取り、立ち上がるなりいつもの調子で真白の肩を抱く。


真白は腕を組み鼻を鳴らした。



   

「ヘラヘラするな。私が助けなかったらどうするつもりだったんだ」



「どうするもなにも、真白は助けてくれるって信じてたからさ!」




だろ?と顔をグッと真白に近づけ笑う。


真白は鼻先がくっつきそうな程の距離で話してくる


サクに動じることなく話を続ける。




「チズさんが呼んだのは小豆(あずき)だった。

それはわかっていたはずだ。調子に乗るな」




(小豆?)



何のことだと耳をそばだてる。




「チズも酷えよなぁ!急だったから驚いたぜ!

二人で相手するってことはそれなりの呼ぶとは思っていたけど、

まさか小豆とはな」




先程聞き耳したことをすぐに後悔する。



(あー、もう、サク…)



突然サクが大きな声をあげ、咄嗟に耳を塞ぐ。


真白は事前に耳を塞いでいたのか


変わらず澄ました顔で耳に両手を当てていた。


チズは二人に歩み寄り、依然真白の肩を抱いたままのサクを引き離す。




「サク、近い。真白は繊細なんだ。

あんたの馬鹿でかい声を耳元で聞かせるな」




はぁと息を吐き、チズは続ける。




「あの子は恐らくもうそろそろで捕縄(ほばく)の術を解かれる。

その前にあんた達と戦わせたいと思ってたから

ちょうどいい機会だとおもってね」




しばらく話を聞いていたが全く意味がわからず、


昌宜の方をみると、察したように説明してくれた。




「小豆というのは、今のチズが呼べる中で一番強い影赦のことだよ。

影赦の強さは、絶命した時の懺悔の強さと比例する。


自分の罪に対する後悔の念が強ければ強いほど

影赦となった時に、国に貢献するための強い力を与えられるというわけだ。」



「なるほど…」



「私たちは影赦と変わらぬ」




昌宜が不意に零した一言にその時は特になにも違和感を感じなかった。




「影赦は影だ。平家も陰の存在である。

私は神皇家のためにすでに用意している。


国に貢献するためなら進んで

この身を捧げるつもりでいる。


あとは、大事な子供達が自分の力で逞しく

生きていけるように伝統ある武術を

引き継いで欲しい。ジン、もちろん君にもだ」





昌宜の最後の言葉にドクンと心臓が波打つのを感じた。


僕は剣を、また、持つべき人間なのか。


心の中でそう自身に問いかける。


僕は自分の中にある底知れぬ探求心の深さに気づいている。


何かを犠牲にしようと、自分が知りたいと思えば、それを優先させてきた。


そんな僕に…




「僕に…誰かを守る心があると思いますか?」




欲にまみれた僕にとって、この世界は居心地が良すぎる。


見るもの全てが輝いて見えるというのは、 


側からみれば羨ましい事と言えるかもしれない。


ただ、無限に与えられる快感を呑みこみ続けると


いつか壊れてしまうのではないか。


そんな恐怖も同時に襲ってくる。


時に興味のためなら非情な事を考えてしまう。


これが非情だと判断できている今はいい方なのだろう。


昌宜は膝をついて目線をジンに合わせ両手で肩を持つ。




「ジン、君の名は仁だ。私は全身全霊で君の全てを受け止める。

だから私を信じて欲しい。君にはその力がある」




胸の奥からこみ上げてくる何かを感じた。


それが溢れることはなくただただ動揺した。


自分の心理状態がわからず戸惑っていると


いつもの優しさに情けを混ぜた表情で昌宜がジンの頬を撫でる。




「必ず…守って、みせます」



“信じる”



その言葉はひどく胸に刺さった。

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