閑話㉜:「猫」の恩返し?

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2024.2.22

「猫の日」特別企画!

739話と740話の間のお話です。

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 猫はこの世界にもいる。

 なにせ猫属人カーツェリングのリノやフェルミがいるのだ。

 この二人はネコミミ付きの人間、という程度だが、猫の顔に近い瀧井夫人──ペリシャさんのような人もいる。

 そう、猫はいるのだ。

 この世界にも、「猫」なる生き物が。



   ▲ △ ▲ △ ▲



 シェクラの花のつぼみが膨らんできて、もうすぐ咲きそうだ、という春の、ある日のことだった。

 昼食の準備をしながら、マイセルが口にした、ある噂。


「最近、この辺りで猫を見かけたそうですよ? 気を付けなきゃいけないですね」

「気を付ける? 何をだ?」

「何って……猫にですよ」


 マイセルが、不思議そうな顔をする。


「猫に気を付ける? まあ、そりゃ、魚をかっさらわれないようにするのは大事だろうけどな」


 じつはこの街で、猫を見たことは一度も無かった。本当に、思い返してみれば奇妙なほどに。だが、猫はやっぱりいるものらしい。まあ、狼だっている──ただし人間を軽く一飲みできるくらいの巨大な奴だが──のだ。猫だっているだろう。


 お魚くわえたドラ猫を追っかけるような、そんな間抜けなことにはなりたくないものだ。

 ──そう思ったら、マイセルが目をぱちくりとさせた。


「ムラタさんって、ひょっとして猫を知らないんですか?」

「マイセル、さすがに猫くらい、俺だって知ってるよ? 可愛いよな」

「可愛い……スか? アレが?」


 フェルミが若干、引いている。そうか、彼女は猫が嫌いなのか。自分が猫属人カーツェリングなのに。彼女にはいつもからかわれてばかりだから、たまには弱点を突いてみたくなる。よし、覚えておこう!




 朝に池で釣って来たばかりの鯉を焼いていたときだった。

 一抱えもある大物だったから、俺は自慢も兼ねてみんなに振る舞うために庭で焼いていたのだ。

 即席のかまどで、形が崩れないようにリノと一緒に慎重に焼いていた俺は、木から削り出した大皿にそれを移す。


「だんなさま! 早く食べたーい!」


 炭火でじっくりと焼き上げた鯉は、確かに美味そうだ。庭のテーブルを半分以上占領する勢いの巨大な鯉は、みんなで取り分けでも十分に食いでがあるだろう。


「そうだな。じゃあ、みんなを呼んでくる。リノは、みんなの取り皿を準備してくれ」

「はぁい!」


 俺はみんなを呼ぶために一度家に戻った。キッチンでは、小さめの鯉で作ったすり身を串に刺して焼いたものや、鯉の身がたっぷり使われたスープなどがすでに準備されている。さすがはリトリィとマイセル、実に手際がいい。フェルミは、リトリィの双子娘──コリィとアイリィに乳をやってくれていた。


「みんな、いい感じに焼けたぞ。来てくれ」


 俺の言葉に、マイセルの娘のシシィとフェルミの娘のヒスイ──どちらも俺の娘──をあやして一緒に遊んであげていたヒッグスとニューが、歓声を上げる。


「おっさん! もうお腹ペッコペコ! 早く食いたい!」


 シシィを抱っこしながら、ニューが訴える。相変わらずの口の悪い少女だ。だが、口は悪くとも根は素直でいい子なのは、これまでの付き合いで十分に分かっている。


「そうだな。リトリィたちも色々とたっぷり準備してくれているみたいだし、お腹いっぱい食べよう」

「やったあ!」


 その時だった。


「ああっ! 待てぇっ!」


 外から悲鳴が聞こえてくる! この愛らしい声はリノだ!


「リノ⁉ どうした!」


 俺は慌てて家を飛び出すと庭に向かって走った。

 しかし庭には誰もいない。


 俺は首をかしげながら家に戻り、

 かけて、気が付いた!

 ……いや! 誰もいないのが問題なんだ!


「リノ! リノっ! どこに行った、リノぉ──っ!」


 道行く人が俺の方を見るが、そんなことを気にしている場合じゃない!

 何があったのか見当がつかず、俺は何度もリノの名を叫ぶ。


 俺の声に驚いたのだろうか、家からリトリィたちも飛び出してきた。

 何度目だろうか。


「あっ、リノちゃん!」


 マイセルが指を差した方──隣の家の屋根の上から、リノが飛び降りてくる。

 ひどく落ち込んだ、というか、泣き出しそうな様子で。


「だんなさま……ごめんなさい」

「ごめんなさいって、どうしたんだ?」

「ボク……ボクね? がんばって追っかけたの」

「追いかけた?」


 リノはついに、ぽろぽろと泣き出してしまう。なぜなのかが分からず、俺は彼女を抱きしめた。


「なんだ、どうした? なにかあったんだろう?」

「ボク、いっしょうけんめい、追っかけたんだよ? ほんとなの、ほんとにがんばったの」


 しゃくりあげながら訴えるリノの頭を撫でてやりながら、俺は腰を落として目線を合わせてやる。


「そうか。じゃあ、どうして泣いてるんだ?」

「だって……だって、ボク、取り返せなかったの」

「取り返す?」


 なんの話だろう。

 首をかしげると、リノは涙をこぼしながら訴えた。


「お魚、猫に盗られちゃったの」

「……え?」


 目が点になるとはこのことだと思う。

 俺でも一抱えもある大物だったあの鯉が、盗られた? にわかには信じ難かったが、彼女が嘘をつくとは思えない。


「一生懸命、追いかけたんだよ? でも、あいつ……!」


 リノは、ふみゅうぅっと泣きながら叫んだ。


「猫に魚、盗られたぁぁあああ~っ!」


 ……お前が猫だろう?

 冗談みたいな話だと思ったが、まさか漫画みたいな展開が本当にあるとは思わなかった。


「猫だよな?」

「猫だよぉっ!」

「猫って、あの・・猫だよな?」


 いや、こう言っちゃなんだが身長百七十五センチメートルの俺が一抱えもある鯉をかっさらっていく猫。

 しかも、リノの追撃を振り切ってだ。

 ……たくましすぎるだろう!


「……仕方がないな、まったく……」

「ご、ごめんなさい……! ボク、ボク……!」

「違う違う、リノのせいじゃないよ。のんきに料理の前から離れた俺が悪い」


 まさか、まったくもって正しき字面通りの「泥棒猫」がこの街に現れるとは思わなかったよ。この街でずっと猫を見かけなかったものだから、全く意識していなかったけれど。


 事情を説明すると、ニューはあからさまにがっかりしていたが、ほかの面々はそういうこともある、と気持ちを切り替えてくれたらしく、すぐに麦を練り始めた。鯉のスープを、ほうとう・・・・汁にすることにしたらしい。


「だんなさまが、たくさん釣って来てくださいましたから、よかったです」


 たくさんといっても、大物以外はほとんど逃がしてしまったから、たくさんと呼べるほどは無い。でも、リトリィはにこにこしながら食卓を整えていく。


「せっかくですから、お庭でいただきましょう。だんなさまとリノちゃんが、ととのえてくださったことですし」


 こうして、ハプニングはあったものの、爽やかな青空のもとで、楽しく食事をすることができた。




 ……と、これだけで終わればよかったんだが、終わらなかったんだな、これが。


 食事も進んだころ、軽くミシッと、屋根が軋む音がして、屋根を見上げる。

 瞬時にリノも見上げて叫んだ。


「ああっ! さっきの猫!」


 リノが毛を逆立てて、屋根の上の「猫」をにらみつける!

 テーブルに両手を立てて「ふぅぅうううううっ!」と威嚇してみせる。耳を左右に向け、しっぽを時々ぴこぴこと振り回しながら、牙を剥く。

 あ、さすがリノ。やっぱり彼女も猫属人ねこなんだな。威嚇の仕方が猫そのものだ。


 ……そんなことよりも、だ。


「ムラタさん、猫! 猫ですよ!」

「街中で、こんな昼間から堂々と姿を見せるなんて、なかなか無いっスね」

「だんなさま、動かないで。わたしが守ってみせますから」


 いや、待て。おかしい。

 お前ら、猫が何か知ってるのか?


「あれが『猫』ですよ! ムラタさんは、何だと思ってるんですか!」


 マイセルが震えながら見上げて指を差す。リトリィは俺の隣で、静かに毛を逆立てている。


「何だって……。いや、あれ、どう見ても……」


 トラ猫みたいなシマシマ柄の、ヒョウだろ!

 サイズ感からして、誰がどう見てもっ!

 そりゃ、俺が釣ってきた一抱えもある鯉を強奪できるわけだよっ!


 リノが身を乗り出し今にも飛び掛かりそうな体勢になるのを、俺が慌ててしっぽをつかんで引っ張る!


「だ、だんなさまっ⁉」

「こらっ! リノ、やめろ!」


 俺がしっぽをつかんだことにリノは酷くびっくりしたらしく、なにやらひどく慌てふためいている。

 いや、俺もリトリィのしっぽのふかふか具合を愛でるために撫でるのはよくやるけど、リノのしっぽをつかんだことはなかったな。意外に硬い感触だ。


 ただ、おかげで彼女は戦闘モードから一気に醒めたらしく、顔を真っ赤にして椅子に座ってしまった。うつむいてなにかぶつぶつ言っている。とりあえず、「猫」という名のトラ柄ヒョウもどきをこれ以上刺激するのは避けたい。


 「猫」は「猫」で、リノのしっぽをつかんだ俺の姿に、一瞬、びくりとして身を起こしてみせたが、リノが大人しくなったのを見て、また屋根の上に這うような姿勢に戻る。


 「猫」の方も、どうやら俺を「群れのボス」あたりと認識したらしい。しっぽを時々振り回しつつ、俺の目を凝視してくる。あちらはあちらで、臨戦態勢を解くつもりはないようだ。


 なんといっても、ヒョウと同じくらいのサイズの猛獣。リトリィが俺のことを守る、と言ったくらいだ。かなり危険な生き物だということは想像に難くない。少しでも視線をずらせば襲い掛かって来そうに見えて、俺は目が離せなかった。


 しばらくにらみ合ったあと、「猫」は目をそらした。ゆっくり後ずさって、そして、なにか口の中に収めていたらしいものを、ペッ、とこちらに投げ寄こすように吐き出す。


 きらきらと輝きながら落ちてきたそれは、青白く輝く不思議な結晶──


魔煌レディアント銀の結晶……!」


 マイセルが驚愕する。

 知ってるぞ、俺も!

 これまで、リトリィを助けたりするときに見たことがある。

 だけど、こぶし大ほどもある結晶なんて、見たことがない。


 「猫」は、俺がそれを拾うのを見届けるようにして、屋根伝いにほかの家に飛び移り、どこかへ消えてしまった。少し離れたところから悲鳴みたいなものが聞こえたから、突然の「猫」の出現に驚いた人がいたのかもしれない。


 どうしていいか分からず、顔を見合わせる俺たち。


「はは……。『猫』の恩返し……かな?」

「……そう、なのでしょうか?」


 リトリィの逆立っていた毛が、ようやく下りてくる。とはいえ、いつも以上にふかふかになってしまっていた。それはそれで、撫で甲斐があっていいのだけれど。


 しかし、もし猫の恩返しだとしたら、とんでもないことだ。一抱えもある鯉が、こんなに巨大な魔煌レディアント銀の結晶に化けるなんて。一本のわらが最終的に長者屋敷との交換につながった「わらしべ長者」のような変換率だよ。


「……おっぱいが大きかったっスから、子育て中だったのかもしれませんね」


 フェルミが、いたずらっぽく笑みを浮かべてくる。


「どうなるかと思いましたけど、さすがご主人。女たらしぶりに磨きがかかってるってことっスね」

「ちょっとまて、どういう意味だ」

「分かんないっスか? あのメス猫、ご主人を群れの首領と認めたうえで、ご主人と取引したってことっスよ? ほら、リノを見てくださいよ」


 リノ? いや、さっきからずっと椅子に座ってるが。


獣人族ベスティリングのしっぽの根元・・をつかんでおいて、しらばっくれるんスか? 今夜こそ、ベッドに呼んであげてくださいね?」


 言われて、はっとする。

 リトリィが、笑顔で、……ものすごい笑顔で、笑っている。


 この笑顔は危険だ。

 めちゃくちゃ怒っている。


 いや、待て!

 ほんとに、なんにも、「その気」があったわけじゃなくてだな⁉

 獣人族ベスティリングのしっぽの付け根が性感帯ってのは、いや、リトリィのおかげで知ってるけど、今はそんなつもりでつかんだわけじゃなくて!


「またまた~。ご主人がリノちゃんをオンナ・・・として従えたのを見て、あの『猫』はご主人を、群れの首領に認めたんスよ? 何を今さら」


 フェルミ! 火に油を注ぐんじゃないっ! リトリィがますます怒って……!


「怒ってなんて、いませんよ?」


 うそだっ!

 その震える声、ふたたび逆立ち始めている毛!


「だんなさまが、その気なく、女の子に手を出してしまうおかただって、十分に、分かっていますから」


 やっぱり怒ってるじゃないかっ!


「リトリィお姉ちゃん、怒ってるの?」


 リノが、やや怯えたような様子を見せる。


「そんなこと、ないですよ? リノちゃんも、いずれはわたしたちとおなじ、だんなさまにお仕えすることになる女の子ですから。おこってなんて、いませんよ?」


 そう思ってるなら怒らないでくれ、リトリィ!

 リノには優しい笑みを向けるリトリィだけど、絶対に怒ってるって!


「そ、そう? じゃあボク、今夜、だんなさまと寝ても──」

「それはだめですよ?」


 リトリィの笑顔の即答に、涙目になるリノだった。


 トラ柄ヒョウもどき──仮称「猫」の野郎め!

 鯉の恩返しのつもりだか何だか知らんが、お前のせいで今夜のリトリィは荒れそうだよ! 種を搾り取るって意味で‼



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 猫はこの世界にもいる。

 なにせ猫属人カーツェリングのリノやフェルミがいるのだ。

 この二人はネコミミ付きの人間、という程度だが、猫の顔に近い瀧井夫人──ペリシャさんのような人もいる。

 そう、猫はいるのだ。

 サイズ感がバグっている、ヒョウもどきの、猫が。

 もしかしたら義理堅いのかもしれないが、騒動の種となりそうな、猫が。

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ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~ 狐月 耀藍 @kitunetuki_youran

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