閑話㉛:異世界チョコ風味は甘くてちょっぴりビター

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2024.2.14

バレンタインデー特別企画!

739話と740話の間のお話です。

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 リトリィが双子を出産して、しばらく経った。

 早産で生まれ、本当に、両手で水をすくう手の大きさくらいに小さかった双子も、リトリィのおっぱいをたっぷり飲んで、すくすくと大きくなっている今日この頃──今年もこの日がやって来た。


 『ヴァン・サレンティフスを讃える日』──男女を問わず、大切な人へ、ちょっとしたプレゼントにメッセージカードを添えて、普段の感謝を伝える日。


 いつも仕事を支えてくれる妻たち──とりわけ、大家族化してきた我が家の先頭に立って家を取りまとめてくれているリトリィに、俺のあらん限りの感謝の気持ちを捧げるのだ!


 ──そう、意気込んでいたのに。


「ムラターっ! 大変だぁーっ!」


 駆け込んできた一人の大工のせいで、俺の完璧なるプランはもろくも崩れ去った。

 ちくしょう、リファルの奴。絶対に許さん。


「あなた、お気をつけて」


 ツールベルトを受け取りながら、「ごめん、今日は君のために使う日って決めていたのに……」と頭を下げると、リトリィは微笑んで頬にキスをしてくれた。


「いいえ。あなたの助けをもとめるかたがいらっしゃる──それはわたしの……わたしたちの誇りですから」


 その声に、いかにも残念そうな響きは無い。本当に、心からそう思ってくれているのだろう。だからこそ、俺は無念だった。そんなにも理解ある妻のために捧げたい一日を、こうして仕事で潰してしまうことに。だが、行くしかない。


「ごめん。なるべく早く終わらせるよう、がんばるよ」

「いけませんよ? あなた、まずはお仕事をなによりも大切になさって?」


 そのとき、居間のほうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。ああ、この声はリトリィとの娘──双子の妹の、アイリィのほうだな。


「あら……。おしめ・・・ね」


 その泣き声の様子で、おっぱいかおしめ・・・か、あるいはほかの何かが分かるリトリィは、さすがだ。


「じゃあ、リトリィ。行ってくるよ」

「はい、あなた。わたしたちのことは、本当にお気になさらず」

「だんなさま! 早く早く!」


 リノに急かされ、俺は苦笑しながらリノの頭を撫でて、門で待つリファルのもとに走り出した。




「はァ⁉︎ それじゃ話が違う!」

「契約を見ろ、追加契約だが、確かにポンプを設置するとある」

「そんな話は聞いてねえ! 井戸といえばつるべ・・・ギルドのシマだ、文句あっか!」

「だから、そっちの慣習なんか知らん! オレたちは契約に基づいて施行してんだ、文句があるなら……あっ、監督! ムラタ監督! 待ってましたよ、こいつら、なんとかしてくださいよ!」


 駆けつけた現場は、いつもの井戸。地震によって下水が流れ込むようになり、汚染されてしまった井戸だ。今はその補修工事に加え、手押しポンプ式にすることで、誰でも使いやすい井戸に改良するように進めている。


 ところが、そこに横槍を入れてきたのが、つるべ・・・ギルドというわけらしい。こんなものにまでギルドがあるなんて知らなかったよ。


 知らなかったが、いまさら介入されたところで、俺たちはもう、鉄工ギルドとも契約をしていて、ポンプの鋳造も進めている。今回、俺が新しく図面を引き、それに基づいて鋳型も作ってもらった。今後の量産に備えているのだ。もちろん、ナリクァン夫人にも、資金面・資材面で協力を仰いでいる。


 こう言っちゃなんだが、この街の利権にがっちり食い込んでの、今回の事業。いわゆる「根回し」というやつだ。

 利権というとどうしても悪いもの、というイメージが先行してしまうが、そもそもカネもモノも流通路も、全てが噛み合わないと「新しいもの」「価値は高いが高価で手が出しにくい公共物」というのは広まりにくい。そして、この世界の文化はまだ、自由競争主義という概念が希薄だ。


 今回のポンプは、その利便性と価値を理解してもらい、広め、より多くの人々の生活を便利にするためのものだ。競合するつるべ・・・ギルドには申し訳ないが、ここは慣例ではなく、契約を押し通させてもらうだけだ。


「なんだとテメェ! 大工如きが粋がってんじゃねえぞ!」

「申し訳ないが、これはとても大切な事業だ。君たちの慣例も分かるが、契約もとうに済ませている。だから……」

「契約契約、うるせえんだよ! 井戸といえばつるべ、つるべといえばつるべギルド! それを無視してシマを荒らして勝手にされちゃ、こっちのメンツが立たねえって言ってんだよ!」


 契約ではなく慣例、この話は日本でもたまに聞かれる問題だ。だが、きちんとした仕事をやり遂げるためには、契約は見直す機会も含めてきちんと結び、遂行しなければ。俺は、努めて冷静を心がける。


「メンツの問題ではありません。これはあくまでも契約です。どうかご理解ください」

「契約がなんだってんだ、この野郎!」

「契約をおろそかにしては……」

「だからメンツの問題だっつってんだろ!」


 ガシャン!

 ポンプの部品が蹴り飛ばされる。


「おい、てめえ!」


 鉄工ギルドの男が目を剥くが、つるべギルドの男はせせら笑ってみせた。


「こんなすぐ壊れるような機械なんぞ信用できねえ! 井戸には昔からつるべって決まってんだよ!」


 さらに蹴る。「しっぽ印」の、手漕ぎハンドルを。

 その瞬間、俺はそいつの胸ぐらにつかみかかった。


「てめぇ何しやがんだこのクソ野郎!」

「なっ……⁉︎」


 驚くそいつの喉元を締め上げるように、俺はそいつを押し倒して怒鳴りつける!


「なっ、じゃねえよ図体ばかりでかいだけの風船頭! 慣例慣例って、それしか喋れねえのか人真似カラスめ!」

「馬鹿野郎、ムラタ、やめろ!」

「離せ! コイツは『しっぽ印』を蹴りやがったんだぞ! 許せるわけがねえだろ!」


 リファルに羽交締めにされかけたが、それを振り払ってさらにつるべ男に掴みかかる!


「契約の重みも知らねえ鼻ったれめが、少しは人間社会に馴染む真似だけでもしやがれってんだ赤ら顔の類人猿! 人の仕事にケチつけて自分の利権ばかりねじ込もうとしやがって、てめぇみてぇな寝てる女に無粋に突っ込んで済ませてカーチャンを悦ばせることも知らねえような自己満足野郎がお天道様の元でぶらぶら粗末なモノをぶら下げながら出歩くんじゃねえこのしなびれマラ野郎! ここは天下のオシュトブルクだ、ひとかけらでも恥って言葉を知ってるような気がしないでもない恥晒し野郎なら金輪際、下水の隙間から顔を出すんじゃねえ蛆虫の風上にも置けねえクソ虫めが!」

「おいっ! 誰かこのバカを止めろ! こいつ嫁さんが絡むと本当に見境いがなくて面倒くせえっ!」

「誰が馬鹿だっ! 離せリファル! コイツは人の女房がしっぽを焦がしながら丹精込めて打った品を蹴り飛ばしやがったんだぞ! この俺がこのクソ野郎を地獄の業火に蹴り落としてやらずに誰がるんだっ!」

「だからやめろって!」




「……それで、そんななりなんですか?」

「ハイっ、すみませんっ!」


 誰が呼びに行ったのか、リトリィの大喝で場がシーンとなるまで、俺たちは三つ巴で殴り合っていた。そのせいで服はボロボロ、あちこちあざだらけだ。


「わたしは、お仕事を大切になさって、と申し上げました。だんなさま、だんなさまの大切にするお仕事とは、あざを作ることですか?」

「いや! これは、リトリィの仕事を馬鹿にするようなことをしたコイツを成敗するために……!」

「あなた?」

「すみません! 私の仕事は街の人々を幸せにすることです!」


 直立不動で答える俺を見て、「すげぇ、ムラタの『外付け良心装置』の威力は絶大だな」とリファル。うるせぇよちくしょう。


「……あなた? みんなで仲良く、お仕事ができませんか?」

「はい! みんなで仲良く、お仕事をします!」

「……はい。よくできました」


 背筋を伸ばして復唱する俺と、にっこり微笑むリトリィ。つるべ野郎が目をまんまるに見開いて、なんならリトリィに対して恐れ慄くような仕草すらしてみせる。

 誤解するな! 別にリトリィは怖い女じゃないっ! 彼女を泣かせたくないだけなんだ、彼女が怖いわけじゃない!


 結局、俺たちはにこにこと見守るリトリィの前で、無駄遣いしてしまった時間を取り戻すように、必死に作業を進めるのだった。




「聞きましたよ、ムラタさん。大喧嘩したんですって?」


 マイセルが、苦笑いしながらツールベルトを受け取る。


「誰だ、そんな余計なことを言いつけた奴は」

「ボク、ボク! だって、言ったでしょ? リトリィお姉ちゃんを呼びに行ったの、ボクだって!」


 リノが、妙に嬉しそうにぴょんぴょんと周りを跳ね回る。そうだとするなら、怒るに怒れない。その判断は、確かに正しかっただろうから。


「いや、喧嘩してよかったんスよ。こうしてお昼過ぎに帰って来れたんスから。もちろん、リトリィ姉様の仲裁があってのことっスけど」


 平然と笑っているのはフェルミだ。


「どうせご主人のことっスから、ぐだぐだ穏やかに収めようと思ったんでしょ? そういう輩は口で言っても無駄っス。一発、ガーンとやって筋を通すのも、一つのやり方ってやつっスよ」

「いやさすがにそれは駄目だろう」

「お姉さまが鍛えた部品を蹴られて感情的になって、見境いなしに喧嘩をふっかけたのは、どこのご主人でしたっけね?」

「ごめんなさい」


 くそう、口から生まれたかのような彼女には全然勝てない!




 あたたかな午後の日差しの中で、俺たちは門前広場で水割り果汁を楽しんでいた。賑やかな午後の市場には、たくさんの人であふれている。食材を両手に抱えている者もいれば、ただ恋人同士で散策しているような者たちもいる。揚げ菓子の屋台の前では、小さな子供が菓子をねだって泣いていた。


「ふふ、こうしてみんなでお外に出るって、いいですね」


 リトリィが、双子の姉であるコリィに乳を含ませながら微笑んだ。妹のアイリィは俺の腕の中で、すやすやと眠っている。


 フェルミが、ニューとリノと一緒になって「ひーちゃんこちら、手の鳴る方へ」と手を打ち鳴らしながら、よちよち歩きを始めた娘のヒスイに呼びかける。マイセルの娘のシシィは、まだつかまり立ちも難しいというのにだ。


 こんなところに、獣人の赤ちゃんとヒトの赤ちゃんの、成長速度の違いを感じる。でもそれぞれのペースで、健やかに育ってくれれば十分だ。


「ムラタさん、ほら、あちら。あの屋台からいい匂いがしませんか?」


 マイセルが、声を弾ませて指差した先には、何やら薄いパンケーキのようなものを扱う屋台が店を広げ始めていた。どうも、午後のお茶の時間に合わせて店を出そうとしているようだ。


「ね、ね、ムラタさん! 行ってみましょう!」


 我が家でスイーツ作りといえばマイセル。当然、甘いものが大好きな彼女だ。苦笑しながらみんなに声をかけると、「さすがねーちゃん!」とヒッグスが歓声を上げた。育ち盛りの少年にとっても、甘味はたまらないものらしい。


 ゾロゾロとみんなを連れて屋台に出向くと、さっそく数人が並んでいた。同じことを考える人はいるものらしい。


「何を挟みますかぁ?」


 陽気なにーちゃんが、クレープと呼ぶには分厚く、パンケーキと呼ぶには薄すぎる、薄手パンケーキ(仮称)をさばきながら声をかけてきた。どうやら、菓子というより惣菜パンみたいなもので、肉だの野菜だの漬物だのを挟んで食べるらしい。だが、それとは違って、壺に入った茶色のペーストが妙に気になった。


「おにーさん、その壺の中身はなんだい?」

「これ? もちろん王都名物『焦がしゾーヤ豆の蜂蜜クリーム』さ」


 もちろん、と言われても、食ったことがない。


「なんだ、知らないんすか? 今、王都で大人気なんすよ?」


 なるほど。王都で大人気──北海道バターとか宮崎マンゴーとか、そーいうブランディング戦略を仕掛けてきているんだな。

 甘いな、そういう見え透いたブランディングに引っかかる俺ではない。


「きゃーっ! 王都ですって! お姉さま、食べてみましょう! ムラタさんも同じでいいですよね! ううん、みんなで一緒に食べましょう!」

「……その、……ええと、王都で人気ってやつを、全員分……」

「まいどーっ」


 スイーツ大臣のはしゃぎようには勝てなかったよ……。




 茶色のペーストは、焦がし豆の香ばしいさを漂わせつつ、蜂蜜の甘い香りを漂わせている。なんとなく、見た目はチョコレートを彷彿させるが、この世界には残念ながらチョコレートはない。


 ……それはともかく、なぜか俺の分が無い。妻たちが悪戯っぽく微笑んでいるのが、また妙に落ち着かなくさせる。


「ふふ、それでは、せっかくですから、ここでお手紙交換にしましょうか」


 リトリィに言われて、『ヴァン・サレンティフスを讃える日』の手紙交換のために、この門前広場に出てきたことを思い出した。

 男女を問わず、大切な人へ、普段の感謝の思いを伝えるメッセージカードを、ちょっとしたプレゼントに添えて贈り合うのが、今日という日だ。

 意識して周りを見回せば、ところどころで、それらしき二人を見かけることに、いまさら気づく。


「いつもいろいろ教えてくれてありがとう」

「ありがと

「だんなさま。大好きです。ボク早くおよめさんになりたいです。してください」


 それぞれ、ヒッグス、ニューとリノ。

 ニューのやつ、手を抜きやがって。でも、普段は俺のことをおっさんおっさん呼んでいる彼女が、「──えっと、ムラタさん」としおらしく渡してきたのはなんとも可愛らしかった。

 もちろん、飛びつくようにして渡してくれたリノは、特上に可愛い。


 俺も、そんな彼らと交換するように手紙を渡す。ヒッグスは「おっちゃん、ほんとか⁉︎ ほんとに、バリオンさんの弟子になること、許してくれるのか⁉︎」と目をキラキラさせている。うなずくと手紙を握りしめて空に向かって吠えるように飛び跳ねているのがまた、可愛い。


 ニューは、手紙を読んで真っ赤になって俯いてしまった。大好きなヒッグスのために料理を習って努力する姿が新婚の花嫁のようだ、頑張れと書いただけなのだが。


「だんなさま! ボクのこと、お嫁さんにしてくれるんだよね!」


 リノがうれしそうにしがみつき、そしてリトリィに見せに行く。「リトリィお姉ちゃん! ボク、お嫁さんにしてもらえるって!」と、大はしゃぎだ。いや、その文面はちゃんと第一夫人リトリィのチェックが入っているから大丈夫。


 フェルミは「いただいた愛の大きさに見合う愛を捧げられるよう、身を尽くしてお仕え致します」と、普段おちょくってくる彼女にはとても似合わない文面だった。でも、実は手紙の中の姿こそが彼女の本質だというのは、俺が一番よく知っている。 


 マイセルは、あまり言葉を飾らない、ストレートな愛を書いていた。「これからも、さらに増える愛の結晶と共に、より深い愛を、いつまでも」──以前、リトリィのカードを見て、あまり字を読めない俺にも分かる表現で書いてくれていたことを覚えていたのだろう。


 そしてリトリィは、究極的にシンプルに、強い愛を訴えていた。「いつもあなたのおそばのリトリィです。もっともっと産みます。可愛がってください」──ここがベッドでないことが惜しい。惜しすぎる。今すぐにでも押し倒したいくらいに愛おしい。


「ふふ、では、だんなさま。どうぞ……あ〜ん」

「え? ……あ、あ〜ん……」


 リトリィから、例の、三角に折り畳まれた薄手パンケーキを差し出される。


 とりあえずひとくち──かじってみると、ほのかな甘みのパンケーキの間から、香ばしい香りと、どこかきな粉を連想させるような風味、そして焦がし豆のほのかな苦味を感じる香ばしさと蜂蜜の甘みが混ざり合い、ねっとりと舌に絡みついてくる。


 豆の香ばしさが、なんとなくチョコレートっぽさを感じなくもない。いや、チョコレートってこんな味だったっけ? もはや記憶が曖昧だ。


「ふふ、では、わたしもいただきますね?」


 リトリィが、俺がかじったところを実にうれしそうにかじってみせる。

 ……ああ、婚約の儀式の一つ「妹背いもせみを再現しているんだな。


「次は私ですよ、ムラタさん」


 同じようにマイセルが、自分が手に持つパンケーキを差し出してくる。

 ……なるほど。そういうことか。リトリィが差し出してきたものをかじったように、俺は、マイセルとフェルミが差し出してきたそれを、ともにかじってみせた。

 二人とも、やっぱりうれしそうに、俺がかじったところをかじってみせる。


 すると、それをじっと見ていたらしいリノが、まだ自分がかじっていないところを向けて、差し出してきた。


「はい、だんなさま!」

「リノ、いいんだぞ? 自分の分なんだから……」


 そう言いかけて、奥様方がものすごい目で俺を見てきたのを見て慌ててかじってみせる。特にマイセルの、信じられない、という目のプレッシャーはすごかった。


 リノも、俺のかじった跡をわざわざ重ねるようにかじって、「えへへ、ボクもこれでお嫁さん!」と、しっぽをぴこぴこ振りながらうれしそうにしていた。


 なるほど、愛されてることを実感するよ、本当に。




「ふふ、今日はいろいろと、おつかれさまでした」


 月明かりが差し込むベッドの上で、リトリィと絡み合いながら、俺は苦笑した。


「君たちと過ごす時間で、疲れるだけで終わることなんてないんだ。今日も一日、幸せだったよ」

「そう言っていただけると、とってもうれしいです」


 リトリィの言葉に、俺も改めて幸せに浸る思いだ。


「でも、顔、ホントに痛くないんスか? ずいぶんと腫れたままっスけど」

「いいんだよ。これはリトリィの名誉を守った、名誉の負傷なんだから」


 フェルミの言葉に、俺は強がってみせる。本当は痛いんだ、でも、愛する人の名誉を守るのが男ってものさ。


「そうやって意地を張るのが男の子なんでしょうけど、ムラタさん。ほどほどにしないと、またひどい怪我をしちゃいますよ?」

「いてぇっ!」


 ほら、ご覧なさい──あきれてみせるマイセル。いや、君がつついたからだろっ!


「リノちゃんがお姉さまを呼びに来なかったら……もし、私たちが外出中だったら……この程度じゃ済まなかったかもしれないんですからね?」

「わ、分かったっ! 分かったからマイセル、つつかないで!」

「みんな、あなたのことがだいすきだから、心配をしているんですよ?」


 リトリィの胸に抱かれて、ふわりと、柔らかな胸の中にうずもれる。


「あなた、これからも、ずっと、ずっと……わたしたちを、おそばにおいてくださいね?」


 そんなことを言わせてしまう俺は、これまで何度も、彼女を泣かせてしまった。今日も、良かれと思って大暴れして、彼女の手を煩わせてしまった。

 俺はリトリィに支えられてばかりだ。でも彼女は俺の顔を胸にうずめながら、とろけるように甘い微笑みを浮かべる。


 ちょっぴりビターな想いを噛み締めながら、しかし彼女のどこまでも甘い愛にひたるようにして、俺はうなずいてみせた。

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