インターネットの妖精さんへ丸山からのお願い

帆多 丁

インターネットの妖精さんへ丸山からのお願い

 たとえばあなたが仕事から帰宅するとき、地下鉄でネトフリを見ていたとしましょう。そうですね、「ザ・ウォーキング・デッド」のシーズンワンとか。

 ゾンビがフレッシュで元気いいなぁとかノーマン・リーダスいつ出てくるんだっけとか、そんな第二話。ビルの屋上。メルル(海兵隊あがりの白人。シーズン三で死ぬ)がT・ドッグ(ふとっちょの黒人。シーズン三で死ぬ)をメタくそに殴り、青空を背景に言いました。


「はじめまして。インターネットの妖精だよ」

  

 あ?


 声が出ました。

 何名かが私に視線を刺しているようですが、動画に熱中している三十代男性のフリをして乗り切ります。動画は着々と進んでいます。

 字幕で見ていますから、日本語が聞こえるはずがありません。

 乗客の誰かのお喋りがイヤフォン越しに聞こえたのだろう、と結論づけている間にリック(主役の保安官)がメルルを殴りつけ、手錠をかけて言います。

「聞こえてる丸山? インターネットの妖精だってば」

 画面オフ! 投げそうになった。

 あ、丸山って私です。業務用インターネット機器の据え付けを生業にしてから随分たちますが、シスコの妖精に会ったことはありません。

 深呼吸を一つしてスマホ画面をオープン、即、アプリ全閉じ。

 

 次に検索。

 〝アンドロイド ウィルス 勝手に音〟

 実行。結果表示。


 もしかして: びっくりした? ごめんね。


 くそが。




 手が込んでいます。スマホを機内モードに落とします。

 どこで拾ったウィルスなのか見当がつきませんが、ネットワークから切り離せば大抵のスパムは無力です。

 帰ったらバックアップをとりつつスマホの初期化をせねば。物理作業員とはいえネットワークのお仕事をしていますので、うかつにウィルスだかスパムだかを拾った事にがっかりです。

 オフラインのスマホは素直にしまいまして、退屈しのぎに見るものはせいぜい広告でしょうか。扉の上のディスプレイがサッカー日本代表の写真と共に試合の結果を伝えてはいませんね。いませんよ。

 『丸山 私はウィルスじゃないよ』では一ミリも伝わりませんよ。 

 はたして今の日本代表に丸山選手がいるのかと、検索すべくスマホを取り出し、しまいます。オフライン。くそが。

 次のニュースは女子ゴルフの話題っぽいですが、たくましい金髪の女性が手を挙げる写真に『いつも頑張ってる丸山の力になりたくて』と添えてあります。この丸山が指すのは、選手でしょうか、私でしょうか。

 私は緩く目を閉じ、腕を組みます。

 車内がそこはかとなくざわめくようにも感じましたが、耳に差しっぱなしのイヤフォンが私を外界から遮断してくれます。

 

 すべて他人事でありますように!

 


 私事っぽいです。


「つくも神ってあるじゃん?」

 と妖精は言いました。

「インターネットも百年たつから、私みたいなのも出てくるってわけで」

 そこは解釈が分かれます。TCP/IPの研究は一九六○年代、六十年前です。

「細かいなぁ。じゃあ電気通信網っていえばいい?」

 それならよろしいかと。

 ちなみに会話はZoomです。自宅のパソコンと自分のスマホで通話です。面倒な。

「スマホ一台でできないもんですかね?」

「私はインターネットの妖精であって、スマホの妖精じゃないから」

 あらそう。

 スマホの初期化? しましたよ。再設定時の二段階認証でSMSが届きました。

「パスコードは248646ですが私は妖精でウィルスじゃないってば」

 ひゃあ。

 人生にはあるものです、ひぁあって言う機会。

 ただまぁ、刃物持った不審者が目の前にいるわけじゃないですし、もう開き直って挙動を確認してやろうかと思いまして。

 そりゃ気味の悪さもありましたよ。ですがこちらも一応エンジニアですし、ツイートのネタにしたらウケるかなぐらいの気持ちもありました。はい。


 試験の結果、キンドルでは同期と共に本として現れ、PS4ではストアの商品として現れました。ですがダウンロード済みの本やゲームには出てきませんでした。

 あとは先ほどの、スマホ一台で会話はできないけど、パソコンとスマホの間で通信を起こすと会話ができる、という点。

 なるほどなるほど? なんとなくわかってきました。通信中のデータを書き換えるメソッド。

 悪魔の所業じゃないですか。

 

「妖精っていうのは昔から、地味で孤独にがんばってる人に現れるものでしょ、丸山?」


 大きなお世話です。

 いいですか? 人の端末に入り込んで好き勝手に振る舞うプログラムはウィルスと呼ぶのです。

「悪いことしてるわけじゃないのに」

 とのたまうので、ツイッターを開いて検索です。

 電車 広告 と打ったら「ウィルス」とサジェストされました。ほらみなさい。君がやった事でしょう。いまごろ代理店は大騒ぎですよ。

 それからこのご時勢に「ウィルスじゃないよ」はまずかった。件の選手(桃川というらしい)のアカウントへのリプライに変なのが沸いてる。気の毒じゃないですか。


 おや、妖精さんが沈黙しちゃいました。

 今のところ妖精さんは姿形がないようですので、沈黙されると何を考えてるのかわかりません。あれあれこれはマズい流れでしょうか、と思い始めたころにようやく、

「消した」

 と聞こえました。

 再読込すると、一部のリプライがごっそり消えています。全部のリプライではないあたり、取捨選択した節が伺えます。なんたるハイスペック。

 サーバーの操作もできるんです?

「できないよ。投稿者の通信を捕まえて、ツイートの削除要求に書き換えた」

 なるほど。

「どうさ? 見直した?」

 問題が解決したわけじゃないですが、まあ、多少は。

「そうだ丸山、銀行の残高みてみなよ。お金たくさん振り込まれてるはずだよ」

 いやいやいやいや? いやいやいや。この状況で口座情報を晒すとでも?



 スマホを持たずに近くのコンビニに走り、ATMで残高照会。増えてませんようにと祈る事も人生にはあるのですね。

 増えてた。

 大して変わってないじゃんと思いましたが、増えてました。桁が。残高表示が発する圧。逃げるように帰って頭を抱える今。

「丸山、ブログに妖怪小説のせてたでしょ?」

 はい。若気の至りで。

「アフィリエイト、つけてたでしょ?」

 はい。お小遣いもらえたらいいなと思って。

「お小遣いだよ」

 でも誰かに読まれたわけじゃないじゃないですか!



 簡潔にいうと、ECサイトで誰かが買い物しようとする通信の流れを、私のブログの広告を経由するようにいじったそうです。

 ところでアフィリエイトは即日入金ではありませんから、つまり、一ヶ月前からこの状況は仕組まれていた?

「これぞソーシャルエンジニアリング」

 使い方が違います。トラフィックいじり放題のあなたにそのスキル不要でしょう。

 ここで妖精が、ひとつ咳払いをしました。

「じゃあ丸山、質問だよ。私に何をして欲しい?」


 そうでした。

 そもそも「力になりたい」と妖精はやってきたのでした。

 靴屋の小人なら、うたた寝をする間に靴を仕上げてくれます。ルータの妖精なら、スマホで遊んでる間に設定作業を終わらせてくれるかもしれません。

 しかしこの妖精にできることは、通信経路と内容の改竄かいざんです。 

 お望みとあらば、政府の機密文書を私のメールに流すこともできるでしょう。ただ一言、どこかの国へミサイルを打ち込みたいと言えば、座標と発射信号を偽造するのもあるいは。

 

 ただ、それは私を幸せにしない。


 働かずに広告収入だけで生きていく事も出来るでしょう。トラフィックの流れを変えるだけで発生する簡単なお金です。


 ただ、私はそれで幸せにならない。


 地味なインターネット作業員ですが、これでも腕はあるのです。自分で考えて、なんとかしてやったという、その実感は決して悪くはないのです。

 妖精さん、あなたがスマホ初期化でいなくなる、ただのウィルスだったら良かったのに。

「願い事は、ひとつだけだよ」

「アフィリエイトは?」

「サービス」

 あらそう。


 考えれば考えるほど願いの内容が金か暴力に収斂していきます。

 将来ネットに流されるヘイト発言の類を全て「にゃーん」に変えるとか、そんな事でも良かったんでしょうが、「にゃーん」が悪意の語として変遷していく未来予想に膝を屈しました。くそう、人類にインターネットはまだ早い。

 妖精は願いを叶えたら私から離れていくそうですが、見知らぬ他人がほくそ笑むのも面白くないし、他人の願いで迷惑を被るなんてごめんです。



 そういうわけで、神社を立てることにしました。



「私、妖精だけど?」

 今後はインターネットかみです、いいですね? つくも神みたいなものだとおっしゃってたじゃないですか。URLを取得するので、インターネットの安全と安定とバズをそちらで象徴し続けてください。

 隔離じゃないですよ。隔離するのはウィルスです。八百万の神様は祀らなければいけないんです。

 当面は私がインターネット神主としてメンテしますし、退屈するならおしゃべりツールを何か準備しますよ。Zoom参拝可能なネットの神様、わるくないと思うんですけどね。


 二礼ダブルスワイプ

 二拍手ダブルタップ

 一礼シングルスワイプ

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