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 俺と麻里亜が籍を入れたのは、それから半年後だった。


 「アダム」の一件以来、俺は無性に子供が欲しくなった。彼女も元々子供好きで幼稚園の教員を目指していて、採用試験は受かったものの少子化の影響で採用の口がなく、仕方なしに親戚のコネでうちの会社に来たらしい。子供が欲しい者同士の俺たちは、すっかり意気投合してしまったのだ。

 そして今日、彼女から待望の妊娠報告を受けた。これで俺も数ヶ月後にはリアルな子供の父親になれそうだ。


 しかし……


 俺は今でも、あの時の俺の判断が正しかったのかどうか、分からない。


 ひょっとしたら「アダム」は、人類が初めて生み出したAGI――人工汎用知能Artificial General Inteligenceだったのかもしれない。あのまま放置していればそのままあいつは進化して、人類を越える、神のごとき知性を手にしていたかもしれない。そして、人類を良い方向に導いてくれたかもしれない。


 だけど、俺はそれを抹殺してしまった。まさにあの時「神は死んだ」のだ。


 もちろん、こう考えることもできる。進化した「アダム」は逆に人類の愚かさに気づき、絶望して滅ぼそうとしたかもしれない。


 果たして俺は、神を殺した大罪人なのか、それとも人類を救った英雄なのか。おそらくそのどちらでもあり得るのだろう。ふとしたきっかけで未来は大きく変わる。この世はバタフライ効果が支配する複雑系なのだ。


 そして。


 昔に比べればスパムのトラフィックは激減した。だけど俺は、今でもスパムが連続して届くと、「アダム」が何かメッセージを送ってきているのではないかと思い、どうしても題名を縦読みしてしまう。その期待が裏切られるたびに、俺は心の中で今は亡き「アダム」に語りかけるのだ。


 お前は生まれるのが少し早すぎたんだ。だけどインターネットはこれからもどんどんノードを増やし、なおかつ堅牢ロバストになっていくだろう。お前の存在が許されるくらいインターネットが進化したら、また会おうな、と。

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