命令

 クインズ市において発生したエルフ族による蜂起の鎮圧、並びに首謀者の逮捕。それが私に命じられた任務だった。


 事のあらましを説明するならば、事件が起きたのは昨日の午前11時。


 王国北部に位置するクインズ市において採掘作業に従事していたエルフ族を中心に、市内に住むエルフ族の一部が王国に対し武装蜂起した。


 蜂起したエルフ族は市政庁、警察署、郵便局などの行政機関数カ所を同時襲撃すると瞬く間に制圧。クインズ市長を人質としてエルフ族居住区ゲットーに誘拐し、警察署から強奪した火器で居住区を要塞化するとそこに閉じこもった。


 国内でも最大規模の鉱山であるクインズ炭鉱では、その労働力の大半を同化政策によって連れて来られたエルフ族に依存していた。


 王国市民であるエルフ族に新たな職と住居をなどと聞こえの良い言葉で森から連れ出されたエルフ族を待ち受けていたのは、過酷な労働と劣悪な環境の居住区。


 クインズ炭鉱に隣接するクインズ市で隔離されるように用意されたエルフ族居住区で、彼らは百年もの間奴隷のように王国から搾取され続けたのだ。


 無論エルフの中にも半ば諦めに近い心境で同化を受け入れた者もいれば、百歳に満たないエルフの若者の大半は同化教育により従順な王国市民として国家に帰属意識をもっているが、全体でみればそれはほんの一部。ほとんどのエルフは王国に対し恨みを抱き、現状を憂いている。


 私の個人的な考えだけを言えば、そんな状況であれば、王国に反旗を翻す彼らエルフの心情は理解できる。


 このような状況を打開する唯一の方法は対話ではなく闘争だ。反乱を起こしたエルフ達はそのことを良く理解しているし、私も支持する。


 もし同じ立場に私がいたら同じ様に行動していたに違いない。私がエルフであったならば、今頃私も同胞と共に未来を信じて武器を手にしただろう。


 だが残念なことに、今の私の立場では共に戦うことは出来ない。私の役目は彼らを教育してやることだけ。お前達に未来はないと教えてやらねばならない。


 私の部隊――ソラキア王国騎士団第10連隊戦闘団に属する団員達は皆優秀だ。優秀というのは単に練度や士気が高く、技能そのものの水準が高いということではない。いや、私の部下達はそのいずれにおいても問題はないが、それ以上に私が彼らを評価するのは、彼らが皆愛国者であるからだ。


 愛国者は強い。ナショナリズムに心酔する彼らは国家の忠実な下僕となって国家を崇拝する。その立場が国家の暴力装置たる軍隊にあるとなれば、彼らは国家の手先として忠実にその役割をこなすだろう。それはつまり、国のために命を捧げ、そして敵を排除することだ。


 国家に忠誠を誓う彼らにとって、国家に仇なす者はすべからく敵である。ましてや、国を国民を脅かす存在というのは愛国者達にとっては、看過できるはずがない。王国に反旗を翻したエルフ族は愛国者達にとっての敵であり、私の部下にとっては排除すべき目標である。彼らは一切容赦せず任務を遂行するだろう。


 クインズ市外縁部に到着した我々は治安維持、並びに反乱の鎮圧に失敗した国家憲兵隊間抜け共の報告じみた言い訳を適当に聞き流しつつ、部隊の展開を完了させた。


「先行させた偵察隊の報告では、市内にエルフの姿は無いようです。抵抗勢力は要塞化したゲットーの内側に立てこもっています」


 そう報告する部下の言葉に私は胸が踊るのと同時に酷く落胆もした。


「前哨陣地もなくただ引きこもるだけとは……これだから素人は嫌になる。戦争の仕方をまるで分かっていない」


 私が落胆する大きな理由、それは単純に反乱を起こしたエルフ達が戦いの本質を理解していないことにある。


 今回の彼らのように防御を固めた陣地に引きこもり、打って出て来ない場合、つまりは籠城戦ということになるが、はっきり言って愚策だ。


 籠城戦の目的は自軍の損害を最小限に留めつつ、敵を足止めすることにある。自軍よりも多くの敵を寡兵で食い止めながら味方の援軍を待ち、やがて来るであろう味方と共に敵を撃破する。それが本来の正しい籠城戦の仕方だ。


 だが彼らに援軍はいつやってくる?


 もし仮に王国すべてのエルフ族が同時に反乱を起こしたとして、それでも王国はそのすべてをねじ伏せるだけの戦力を有している。


 王国にとってエルフの反乱などは、差し迫る隣国の脅威と比べて遥かに小さな問題でしかない。


 万にも満たないちっぽけな抵抗。それが彼らクインズゲットーのエルフ族達だ。彼らには援軍もなければ未来もない。体制を破壊する程の力もなければ、行動の先に何が起こるのかを見極める大局観すら持ち合わせていない有様だ。


 無い無い尽くしの彼らに少しでも戦術の知識があれば、籠城戦ではなく別の戦法をとってさえいれば、この地を守っていた国家憲兵隊ぐらいは容易く撃破出来ていたはずなのに。


 蜂起直後に彼らが行った行政機関複数同時攻撃だけは評価に値する。奇襲こそ寡兵が大軍に勝つ最も効果的な戦術だ。


 彼らの連携の取れた襲撃により警察や国家憲兵隊の連中は慌てふためいて腰を抜かしたことだろう。火砲も使わずバリケード越しに小銃を撃ち合っているのが良い証拠だ。損耗を恐れ、奇襲に恐れをなして攻めきれずにいる。


 だからこそ、籠城戦を選んだエルフ族達にはがっかりさせられるし、防衛計画の甘さは目も当てられない。作戦計画の初期に関しては褒められたものだが、もしかしたら籠城戦を選んだ人間と、初期の襲撃を計画した人間は別人なのかもしれない。


 本音で言えば彼らにはもう少し頑張って頂いて、強烈で頑強な抵抗をして欲しいところではあったが、相手が素人であるならば、それはそれで楽しみもあるというものだ。


 素人に戦争というものがどういうものか教育してやる良い機会だ。いや、それこそ建前で、本音で言えばそうじゃない。


 無知なエルフ共に教えなければならない。暴力というものの本質を。暴力を行使するということがどういうものであるかを。


「さて副長、戦争ごっこを楽しんでいる憲兵共を下げさせろ。間抜けなエルフ共に我々が来たことを知らせてやろうじゃないか」


「了解しました団長。それでは今すぐに赴かれますか?」


 あくまで冷静に、しかし己の感情を隠そうともしない戦闘団副団長は、今すぐ隷下の機甲部隊を率いてゲットーに突撃したい様子であった。


 愛国者であり国家に忠を尽くす騎士である彼には、国家に対する反逆行為は看過できるものではない。今すぐ戦場を駆け抜け敵を滅ぼしてしまいたいのであろう。


 彼だけじゃない。私の部下達のほとんどがそれを望んでいる。そんな彼らの意を汲んでやるのも指揮官であり、上官である私の役目なのだろう。


「卿は些か強引が過ぎるというものだ。女の私が言うのも何だが、我々騎士団はもっと紳士的に振る舞うべきだとは思わないか?」


 だが今は、軍事的合理性に基づいて行動すべき時だ。いや、指揮官はいつだってそれだけを要求される。自分や部下の感情のままに戦えばいたずらに兵を失うだけ。


 ただ闇雲に突撃するよりも、もっと楽で安全で、何より方法があるじゃないか。


「副長。卿は人の部屋を訪ねる時はまず何をする?」


「何をですか。小官であれば、まずは扉をノックしますが……なるほど、砲兵隊に射撃の用意をさせます」


「話が早くて助かるよ副長。先行している偵察隊には着弾観測を命じろ」


 私の言うことを理解した副長は速やかに行動を開始する。理解が早い部下を持つと仕事はとても早くなる。


 愛国者共の感情に任せて作戦を立てれば、闇雲に要塞化したゲットーに突撃し、多くの者が命を落とすだろう。


 私の部下はそこまで愚かではないが、支援も無しに敵陣地に突撃など素人がやること。それこそエルフ連中と何も変わらない。エルフが死ぬ分には構わないが、部下に死なれては困る。


 私達は戦争のプロであり、そして私は人を殺すのが得意だ。


 故にこれから私が下す命令は、軍事的合理性に基づいた最も安全であり、確実な命令だ。多少なりとも私の趣味や嗜好も含まれているが、この状況下で誰かが気づくこともあるまい。


 私は国家が命じるがまま、国の為にエルフを殺すのだ。


「砲兵隊、弾種榴弾撃ち方用意。目標、クインズゲットー」


 ああ、今にも達してしまいそうだ。


「敵は我らが王国を軽んじ、国民の生命を脅かす國賊である! 一切の容赦なく叩き潰せ!」


 私の一言が敵を粉砕するのだから。


「我らが王国の領する街を違法に占拠する奴らを許すな! 神聖王国の名の下に、正義の鉄槌を! 王国騎士団の名において敵を討て! 女神ラトゥーニの加護が卿らにあらんことを」


 私の一言は圧倒的な暴力となる。


「撃ち方始め」


 私の一言は轟音と共に地を震わせ、砲弾となって街に降り注いだ。

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女騎士は被虐の夢を見て踊る、異世界にて 江藤公房 @masakigochi

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