エルフ動乱
私の仕事は国家の敵を殺すこと、ひいては国家の領土と財産を守ることだ。
敵を殺すことが愛国的行為とされる良い時代に生まれた私はまさに今、愛国的行為に従事している。
反乱を起こしたエルフ族の鎮圧。それが私に課せられた任務だ。
エルフ族の人々にとって、生まれた国への帰属意識というものは皆無と言っていい。彼らは国ではなく、生まれた集落や部族といったごく狭いコミュニティの中にのみ、帰属意識を持っている。
故に彼らが暮らす集落が、我らがソラキア王国の領土にあることなどお構いなしだ。
長命であり容姿端麗でもあるエルフの人々は、かつて他の人種からは森の賢者と呼ばれていた。
長命であるが故に彼らは存在そのものが歴史であり、それ故の賢者なのであろう。書物に頼るまでもなく、己の記憶として時を刻み蓄えた知識は賢者と呼ぶに相応しい量である。
だが私に言わせれば、彼らは賢いかもしれないが怠慢だ。
長い時間森の中でひっそりと生き続けた彼らは、俗世の流れから取り残され、孤立するように狭い世界で暮らし続けた。今までそうしてきたように、これからもそのような生き方を望んでいる。
長く積み上げてきた伝統と平穏は、見目麗しい老人達から変化という言葉を奪い去った。
自給自足、自己完結型の小規模共同体の中で、永遠にも近い程の長い時を過ごしてみれば、誰しも思うのではないだろうか。「今までと同じように暮らしていればいいじゃないか。それで上手くいっていたのだから。変わる必要などない」と。
今までならばそれで良かったのかもしれない。
エルフの住む森の外の人間達が、まだ手作業で農業をしていた頃であったなら。
エルフの住む森の外の人間達が、神の名を利用した権力争いをしていた頃であったなら、それで良かったのかもしれない。
だが時代は移ろいだ。時の流れがまだ穏やかな時期であれば良かったが、世界が工業化してしばらく経つ現代において、時の流れは嵐の日の川のように激流となってすべてのものを一緒に流してしまう。それは森の中で静かに暮らす未開の文明も例外ではなかった。
工業化を果たしたソラキア王国には燃料が必要だった。機械を動かす動力源として使われるのは石油、石炭、そして木炭だ。
広大で豊かな森林地帯を持つソラキア王国にとって、木炭は安価であり容易に入手可能な燃料であり、なおかつ工業化初期の軽工業の発展には欠かせないものでもあった。
今でこそ石油燃料が需要の大半を占めるものの、産業革命が行われた当初の木炭への需要は、それはとてつもないものであった。
木を切り燃やせど燃料は足りず、無尽蔵にも思える燃料需要は次々と森を飲み込んでいったが、それでも足りなかった。
やがて伐採する木材を求めて森の奥にまで進んだ時、その時になりようやくエルフは自らの集落が脅かされようとしていることに気がついたのだった。
手当り次第に木を切り倒す人々にエルフは激怒した。自分達の土地を、自分達の森を外の人間達が犯しに来たのだと。
だが世情に疎い……いや、自ら外界との接触を断っていた彼らには知る由もなかったのだ。その森はエルフ族のものではなく、ソラキア王国の領土であり、そして木は王国が所有する資源であったことに。
木を伐採する木こり、そして炭に加工する製炭職人を次々と襲撃するエルフ達は、当時のソラキア王国政府からすれば、燃料調達を妨害し工業化を妨げる目の上のたんこぶでしかなく、軍隊を派遣するには十分な理由になった。
それはきっと圧倒的であり、一方的な虐殺であったのだろう。
例え当時の王国軍の主力装備が今では骨董品であるマスケットであろうが、原始的な弓や剣しか持たないエルフ族にとっては相当な脅威であったに違いない。
私個人としてはその場に居合わせて楽しみに混じりたかったと羨むばかりだが、生まれる前の過ぎ去った歴史ならばと今を見て生きるとする。
ともあれ哀れなエルフ族は武力を以て尽くを蹂躪され、森を追われた。
その後彼らは少数民族として王国の保護を受けることとなる。
国内各所に点在するエルフ族の集落ほぼ全ては、保護の名目で住処を追われ、政府が用意した土地で新たな暮らしを送ることを余儀なくされた。
旧来の部族社会の風習の排除と、王国市民としての自覚を促す再教育。
ソラキア王国政府は彼らを森の賢者たるエルフ族としてではなく、国家の領する土地に生まれた一国民として彼らを温かく迎え入れることに決めたのだった。
それから百年以上もの時が過ぎ、彼らは政府の教育を受け入れ、国家の理念を理解し、国家と共に繁栄の道を歩む模範的な王国市民となったのか。無論なるはずがない。
百年という数字は彼らにとっては昨日の出来事のようなものだ。つまり何をされたか賢明に覚えている。
集落を追われ、同胞を殺され、挙げ句には王国によって用意された居住区に押し込まれ、そこで王国市民としての同化を強要されているのだ。
王国に恨みこそあれど、感謝するようなことは彼らには一つもないだろう。
エルフ族からみれば、王国はただの敵だ。
故に彼らは起ち上がる。エルフ族の誇りを守り、同胞を殺された恨みを晴らし、敵に復讐するために。
彼らが帰るべき森はもう無い。近代化工業革命という名の怪物に飲み込まれてしまった。木は機械を動かす燃料にされ、王国の発展の礎となった。
彼らにあるのはただ己の部族、人種的な誇りのみである。長い耳に見目麗しい顔立ちを怒りに染めて、王国という化け物に反旗を翻す。
何度も潰された。何人も殺された。それでもやはり挑み続けるエルフ族と王国の関係は最悪である。もはや修復するものは存在しないのだ。
私は知っている。血は血で洗うものだと。
極限まで膨れ上がった憎しみを消す方法などは存在せず、あるのはどちらかが滅びることによって達せられる終焉のみ。
王国もエルフ族も殺し合う他に道はない。ならばそうするまでだ。
王国の命じるがまま、私はエルフを殺す。
何故なら私はそれが得意だからだ。
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