MorPorn, 船岡小妹

夏山茂樹

私の彼氏の現地妻?


 自分がどうやってここまで来たのか分からない。何のために。いや、そもそも私って誰なのだろう。なんというか、体がとてもだるい。他人の部屋で横になって、私はただ、何かの記憶を繰り返しながら天井を見ていた。


 東京は目白の家から新幹線で仙台まで乗って、東北本線に乗り換えて三十分ちょうど。コンクリートと肌がくっつきそうなほど熱い船岡にたどり着いた。

 そこから歩いて十分ほどのアパートだという。彼氏のもとい曰く、『お前のことは大家さんに伝えてるから』と電話で言っていた。


 でもどうしてだろう。その時は『何と気の利く彼氏なのかしら』と思ったものだけど、いざ船岡駅に着いてみると出迎えもないし、駅員さんは彼氏が来ることを知らないという。


 「他に女でもできたかしら?」なんてぶつぶつ言ってアパートまで出かける。その道のりで、関東地方ではなかなか見かけない形の屋根や、手で作る木製家具のお店を確認した。船岡城址公園の花が綺麗だと、この町についての情報がネットにあったのだけど、やはり考えるのはこの東北にある田舎町はどこにでもある田舎町そのものだ。


 こんなところに大学が? こんな町にホテルが? こんな所に遠距離恋愛で熱が高まっている彼女を放っている彼氏が? あらゆることを太陽が照りつける陽射しの中で考えていた。

 目の前には蜻蛉かげろうの中で飛び回っている虫が数匹いる。帰る場所を無くして、それらはどこへ行けばいいかわからないのか延々と同じところを飛び回っている。

 私はそんな蜻蛉の虫らしく、アパートの場所を地図アプリで確認しながらケースを引っ張っていた。すると、凛とした声が私を呼びかける。


「お困りですか?」


 そう私を呼び止めた彼女はセーラー服を着ているが、私の身長(一六二センチ)より数センチほど大きく、彫りの深いアーモンド状の吊り目は虹彩が青い。私もそんな青い瞳が欲しいな。そんなことを何となく思いながらその子の目をじっと見ると、彼女は静かに言った。


朱野春香あけのはるかさんですか?」


 この子は何故、会ったこともない私の名前を知っているのだろう。もしかして、彼女が私の彼氏の、基を寝取った子供なのかしら。そんな邪推をしながら、彼女が言葉を続けるのを私は聞き続ける。


「基さんの彼女さんですよね? 東京にお住まいの」


「どうして私のことを知ってるの?」


 私は彼女が言葉を続けるのを遮った。そして睨みつけて聞き返した。熱い日光の中、私は仙台駅から何も口にしていない。三十五度は超えているであろう気温のなか、何も飲んでいなかった。そのせいか、頭が痛いし眼球が震えるような感覚を覚える。もし間違えたら、飛び出してしまうのではないか。

 目を片方押さえながら、一歩後ずさった私の表情はどこか鬼のようだったという。目の前の彼女は慌てたような表情で倒れていく私を抱き止めてくれた。でも、残念ながらそれからの記憶がない。


 頭が少し痛い。でも眼球は私の体内にとどまってくれている。さっきのアレは何だったのだろう? ピアノを弾いている時、私は緊張のあまり動悸が止まらなくて、ということが小さい頃はあったが今はすっかり慣れて東京の音大でピアニストを目指す日々だ。


 うっすらとした視界がハッキリしていくにつれ、その部屋が一般人の部屋であることが分かってきた。起き上がって部屋の中を見ると机にはMacBookと思しきノートパソコンが鎮座しており、その隣にはThinkPadやMicrosoftから出たと思われるノートパソコンが数台重ねられていた。

 息を吸うと嗅覚で感じられるのはとても懐かしい気にさせてくれる、蚊取り線香の匂い。ベッドは横になると木を重ねて作ったハンモックのように木が動いてなかなか安定しない。正直いうと、少し寝心地が悪い。


「ここどこよ……」


 すると、影から基が私をのぞいている。お互い目が合うと、不思議だが久しぶりの再会による感動より、気まずさが混ざってくるのだ。私が横になっているのは恋人の家ではなく、他人の自宅の一室なのだから。


「春香ちゃん……、久しぶり……」


 基が申し訳なさそうに、私へ話しかける。何があったのか知らないまま、いや、理解できないまま私は影から車椅子の影を見逃さなかった。


「ちょっともとい! これどういうことよ、迎えにも来ないで、来たこともない田舎町を歩かせて! あと、車椅子の人も顔を見せてちょうだい」


 すると車椅子の影が光に現れ、電動車椅子に乗った少女のような人形が私に顔を向けた。その隣に基が移動して、黙っているだけのラブドールを紹介した。


「コイツはな、大学で知り合った花鳥(アトリ)だぜ。船岡の若い奴の間では有名なんだぜ。何がって、そりゃ、『船岡小妹』だからな」


「それ言うなよ。中華圏くらいしか通じないから」


 歪な笑みを浮かべたアトリは好きな男に媚びる女のようだ。基の肩をそんな気持ち悪い笑みを浮かべて叩く様は、高校時代の私を思い出した。愛が無ければ生きていけない。そう思っていた頃の私だ。

 過去の自分を思い出して私は思わず二人から目を背けた。すると、避けた目線の先にいたのはさっきのセーラー服を着た少女だった。


「大丈夫ですか? あれから、基さんを呼んで家が近かったんで自宅まで春香さんを運んでもらって、伯父に世話をしてもらいました。熱中症で高熱がひどかったです。いやあ、助かってよかったです」


 そう言った彼女は胸を撫で下ろしてどこかへ向かおうとした。いや、何故私の顔と名前を知っている。この家は何だ。知りたいことがたくさんある。

 私はそのまま少女のセーラー服のすそを掴んで、彼女を止めた。すると少女の困惑した顔が近づいて、私の脳みそに鉄球を投げ当てた。


「私とお兄ちゃん、基さんから色々伺ってて、春香さんの顔写真も見せていただいたんですよ」


 脳に鉄球を投げ当てると脳死状態になるという。私はまさに脳味噌に鉄球を当てられて、全てが死んだかのような気分になっていた。


 ああ、なんて最悪な日。高校時代、ウブだった恋人は田舎の大学に行って知らぬ地で新しい恋人を作っていた。いや、一夜の過ちくらい私も基も東京ではあったし、お互いに合コンに行って仲良くなった人にお持ち帰りされたり、お持ち帰りしたりすることもあったけど恋人というものは作らなかった。いや、お互いに離れる勇気がなかっただけかもしれないが。


「あの、春香さん」


アトリが私の名前を口にして呼んだ。


「あの、俺、ウチ、船岡での基さんの恋人役をしています。えっと、何とお答えすればいいのやら……」


「えっ、現地妻的な感じで捉えた方がいい?」


私が話しづらい状況のアトリに聞き返す。少々乱暴な口調になってしまったことを後悔しつつ、私は基に怒鳴りつけてベッドを叩いた。やはりなんというか。ベッドは安定しない。


「どういうことよ! セフレは何人作ってもいいの。でも現地妻とか聞いてないわ!」


すると基は萎縮いしゅくして、小さな声で反論してきた。


「だって……。そういう関係になったのは仕方ないじゃないか。お前だってセフレ、何人もいるだろ?」


「だからそうじゃないの! セフレならこんな家族ぐるみの付き合いはしないでしょ!」


「そ、それはウチがいけないんです。ウチが大学で基にたよってばっかだから……」


アトリが車椅子から乗り出して私に向かって反論した。それでもどこか私に負い目を感じているようでならなかった。


「その、ウチ、事故で麻痺まひが残ってて車椅子がないと移動できへんし、みんなウチに優しゅうしてくれる。ばってん……。ばってん、みんなエッチな見返り求めるん。そうせえへんかったのは基だけだったんや。それでついウチ……。基はわろうないです。悪いのはウチでええねん」


途中からアトリが東北訛とうほくなまりの関西弁を使って基を弁護してきた。それで私はアトリのいうがままに怒りをぶつけてしまった。


立ち上がってアトリに近づき、その頬をぶってみせた。すると基は私の腕を掴んで、睨みつけながら「やめろよ」と叫んだが私は「コイツが基を誘惑したんじゃ!」と怒鳴ってみせると、彼はそれっきり何も言わなかった。

アトリの両頬りょうほほを一回ずつ叩いて、ついでに車椅子に蹴りを入れた。そうして船岡駅前のホテルに泊まるために帰ろうと踵を返す私だったが、少女がそれを遮った。


「まあ、今日は泊まってみてください」


「はあ」


 その日は右京家、彼氏の現地妻の家に泊まることになったのだった。


 夕方になると、少女は塾に行くと言って外出した。それと入れ替わりに帰ってきたのは、図体の大きなアトリの伯父だった。スーツが汗だくで独特の体臭を漂わせている。だが不思議とその臭いに嫌悪感を抱くことはなかった。かわりに、ずっと嗅いでいたいという不思議な気分になったのだ。

 狼のような虹彩をしたアトリの伯父は「ノア」と自己紹介していた。チェコとのハーフらしく、どこか外国人の風貌を思い出させた。なんというか、系統は違うのかもしれないけれど、マッツ・ミケルセンが髪を茶色に染めたような感じだ。


「おお、お客さんか」


「ええ、東京から来ました朱野春香といいます。基さんが東京にいた頃の彼女です」


「アイツなあ……。アイツに恋した奴はつくづく可哀想や。まあ、ゆっくりしていってください」


 そう言って私の頭を撫でたノアおじさんはそのまま二階へ上って行ったが、汗だくのシャツ越しに見えた大きな刺青で彼の職を誤解した。


「ヤクザなんか、あの人……」


 台所では基がアトリに教わりながら何かを作っている。関西弁を全開にして、アトリは基と仲睦まじく、まるで新婚夫婦のようだ。私と付き合いたての頃、童貞でオナニーを童貞卒業と勘違いしていた彼が懐かしい。そういえば、ウブだった彼を自分好みにしたくて付き合い出したんだっけな。

 その頃の私は既にピアノの師匠相手に処女を捨て、テクのある男女と交わり、スヌース(噛みタバコ)やお酒も嗜んでいた。恋をした。情も知った。愛はまだ知らない。そんなとある映画のキャッチコピーのパロディができそうなほどに、私の私生活は荒れていた。


 あの頃の基は例えるなら、不知火のなかでもよく光る炎。蜃気楼しんきろうのなかでハッキリとその陰影いんえい輪郭りんかくをハッキリとみせるほどの光だった。

 いま思うと私の心も純粋なままだったのかもしれない。知り合いのDJに頼んで、年齢を誤魔化ごまかしクラブで遊んだ。基と一緒にとあるカップルと親しくなり、彼らとそこで入れ替えの戯れを楽しんだのがきっかけだったか。基はそれをきっかけに女の子の引っ掛け方をレクチャーして、私以外のセフレも何人かできた。


 それがまさか、上京後になって現地妻ができているなんて……。いや、男だからパートナーか? どっちにしろ、同性婚のない日本はややこしい。

 はあ、それにしてもあの大きな竜の刺青が入ったおじさん、かっこよかった。そんな彼と血縁関係があり、親のいない家で暮らすあのアトリと少女の兄妹はなんて幸福なのだろう。

 それはもう、ラブドールにも見間違えるほど精緻せいちな顔をした基の現地妻や、あの綺麗な青い目を持つ高身長の受験生が生まれるわけだ。


 今でもヤクザなのかな。そんなことを思いながら、私は基とアトリの作業する台所に行って、その作業を見た。何やら鶏肉を切っているらしい。


「もっと鶏肉は小さく切ってや。ナオミが食えへんやろ」


「ええ……。はっと汁、思ったより難しいわ」


「難しいし手が込んだものだから上手いもんができるんやろ」


「カップ麺も美味いだろ」


「まあ、確かにチキンラーメンは美味いけどやあ」


「ちょっと、ふたりとも」


「なんだ?」


「なに作ってるの……?」


「はっと汁だぜ。ここの郷土料理」


「なに食べさせるつもり?」


「美味しいものですよ」


「関西弁でいいよ。どうせアトリには隠すことなんてできないんだから」


 そう口出す基は、東京にいた頃の不良具合とは違って、どこか落ち着いて見えた。例えるなら伴侶を得て身を落ち着けた青年のようだ。


「はっと汁とくるみ餅出したるから、春香さんは休んでてや。男に料理の大変さを教えるのが楽しいんや」


 そういたずら小僧のように笑ったアトリは言った。もう基と私はお互い遠い世界の人間になった。


 映画の『ひまわり』で観た、戦争をきっかけにソ連とイタリアで別れっきりになった夫婦のようだ。夫はソ連で家庭を持ち、それを知った奥さんは失意のもと遊んで気を紛らわせたり、工場で知り合った男と再婚してかつての夫の名前を子供につける。


 中国と日本で離れ離れになった親子の話も有名だが、戦争という大きな有事でもないのに私は失うものを失ってしまった。そんな気さえして、基から離れたくてどこかへ行こうとした。でもどこへ行くの? 迷っていた私は、ふとノアおじさんの行った二階を思いつく。


 そのままこっそり二階へ行った私は、おじさんの部屋をノックする。するとスラリとしたマッツ・ミケルセンが私を見下ろして聞いてくる。


「なあ、朱野さんだっけ。何をしにここへ?」


「その、その……。素敵だなあって」


「何が?」


「ノアおじさんの……、外から見れるもの全部。内側をもっと見たいんです」


 流し目に下を見るようにして気を使う。こういった仕草に男は弱い。実際、この仕草で数多の男と幾多の夜を共にしたのだ。東京でできるなら、この田舎で通用しないはずがない。それにおじさんだ。きっと若い子の誘惑が好きだ。


「部屋に入れてもいいけど、基の承諾なしでやるなら帰ってくれ」


「……拒みはしないんですね」


「ああ」


 ノアおじさんは虫の居所が悪そうに頭をかきながら、私を部屋へ入れてくれた。部屋の中はガジェットで溢れており、パソコンや機械がたくさん転がっていた。

 なんというか、阿笠博士の実験場もこんな感じだろうか。そんな気持ちになる部屋だ。


 私はふと、何かのマフラーと思しきものに手を触れた。すると、ノアおじさんは少し怒り気味に私にそれを下すよう言った。


「危ないからそれを下ろしてくれ!」


「すみません……」


 シュンとしてマフラーを置いた私に、おじさんが笑って謝り返す。


「こっちこそごめんよ。実はね、水素で動くマフラーを作ってたんだよ」


 水素で動くマフラー。いうならバイクを水素で動かすということか。


「危ないから触っちゃダメだよ」


「あの、これは何に使われるんですか……?」


 私が恐る恐る聞くと、彼は「アトリの車椅子につける」という。電動車椅子は時速6キロ程度しか動かないらしく、「時速三十キロ未満なら」というわけでマフラーを付けて自由に使えるようにしたのだという。


「これ大丈夫ですか?」


「公道に出るときは時速六キロ程度にしろって言ってる。メーターもつけたんだよ」


「へえ、博識な上に甥っ子さんのためにそこまでできるんですね……」


「だろ? アトリからの依頼だったけど、こうやって実現してやることがオレのできることさ……」


 その夜、ナオミ抜きでの夕食があった。二階のおじさんの部屋にいた私を見て、基はただただ驚いていた。そして安心した顔をして、「春香、ごはんだよ」と言った。だが不思議と怒りは湧かず、そのままでいいような気がしてきた。


夕食は宮城県の郷土料理で固められ、私は今東北にいるのだと実感した。アトリは右手で箸を持ち、くるみ餅だけを口にして胡桃の粗さを吟味しているようだ。


「もう少し砕いてもよかったな」


「ええねん。家庭料理を出すならそんなにしっかりしたものじゃなくてもええねん。だからこれでええねん。お前の料理はどれも美味いで」


「おっさんやあ、そんな照れること言わんでもええねんやあ……」


 アトリが照れて、餅をかすかに噛み砕いて嚥下した。私は不思議とその行為をするのが本物のラブドールがしているような感覚がして気味悪かった。

 なんだろう、ネット小説でよく見る何もしていないのに主人公について行って「大好き」って言っているようなヒロインたちを想像させる。

 汚い話だけど、どうせ性器も作り物なのでしょう、と。つい口に出してしまいたくなった。それでも私は抑えて、言いたいのを堪えるが思わず笑いが溢れてしまう。


「ふふふ……」


「なんなんだ、お前。大学行ってから大変なのか?」


「違うわ。なんか色々変わってて、おかしいの」


「そ、そうか……」


 それから気まずくなったまま、食事を終えて私は風呂に入る。風呂はアトリが自分で体を洗えるように器具が揃えられていて、それらが邪魔だった。だがどんな感じで風呂に入浴するのか。私は不思議に思ってアトリの器具に乗って体を洗った。


 洗いづらくて、シャワーを浴びるときはかがまないといけないのがキツかった。アトリはこんな不自由の中で生きているのか。そう思うとさっきの言葉で振り返ったのが、自分に性的な見返りを求めるなか、基だけが助けてくれた。それがどんなにありがたいかを思い知る。


 そんな彼を失ったのだ。そう思うと自然と涙が出て、人知れずに私は泣いた。障害者に負けたからとかじゃなくて、性的な見返りを求められて心弱っているとしたら、よりどころが基しかなかったとしたらアトリと同じことをしていた。

 そうハッキリ言えるのは、基が優しい性格のクズだからだろう。最初は親切心で近づいたはずなのに、いつのまにかアトリと関係を結んでいて、戻れなくなったのだ。

 落ち着いて風呂から上がってみると、ナオミが帰っていて「今日は布団を用意しました」と言ってきて部屋へ案内してくれた。

 まあ、そこはリビングのソファーをベッドに変形させたようで、寝心地は思ったより悪くない。


「ネトフリもアマプラも見れますから、お好きなものをなんでも」


「『ネトフリ』? アマプラなら知ってるけど……」


「ああ、最近流行りのネットで見れるドラマや映画を配信するサービスです。Netflixですよ」


「ああ! はいはい。そこまでしていただいて、ありがとうね。ナオミちゃんが東京に来るときは何かお返ししないとね」


「えっ、いや。そこまでしないでいただいて大丈夫ですよ。それに、今日出会ったばかりですし……」


「そう。まあ、何かあったら頼ってね。あなたに助けてもらわなきゃ何にもできなかったから」


「そうですか。では、おやすみなさい」


「おやすみ……」


 いつの間にか時計を見ると十一時になっていた。もうしばらく何かしたいな。基とアトリは今頃楽しく戯れているのでしょうね。そんなことを考えると、隣の部屋で何がされているか気になって、思わず私は扉を開いた。


「もとい……」


「なんだよ。アトリがやっと寝たのによお……」


「ここに来てからの基はアトリにばっかご執心ね。私に対しては?」


 それから基が黙って手招きする。それから私はアトリの邪魔にならないように、ベッドの一番端っこに横になる。


「どうだった? 船岡に来てからは」


「……別に。ただ、『船岡小妹』の気持ちがなんとなくわかったわ。あんたって、根は優しくて優柔不断なんだよね」


「アイツなあ、オレと会う前からただただ可哀想な奴なんだ。とりあえずMorPornで"Funaoka XiaoMei"って調べてみ?」


 言われたとおり、"MorPorn"で調べる。すると、アトリが行為をしている動画がたくさん並んでいた。中には外でやったと思しきものもあった。


「性的見返りってこういう……」


「しっ。まあ、こういうのがあるんだ。だからオレが彼氏役を演じてたら、いつの間にかオレもマジで好きになってて……」


「アンタの気持ちも分かるわ。私もアンタと付き合ううちに、本当に好きになった人間だから」


 すると基が手を握って、小さく私の髪にキスをした。それから彼は頬を染めて、小さく確かに言った。


「でも、お前も忘れられない」


「……私たち、これで終わりにしましょう。いいお友達でいましょうよ」


「……ああ」


 それから翌日、私は杖をついたアトリとそれを支える基に見送られて、東京に帰った。


「基、愛してる。東京でも、船岡でも、愛するものは離しちゃダメだからね?」


「……。ああ、ありがとう」


 それから段差のある車両に乗って、アナウンスがして扉が閉まる。私は離れていく船岡の風景を見ながら、基たちを見ないようにしながらずっと車両が仙台駅に着くまでバッグを大事に持っていた。

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