第26話 エピローグ

「で、何か有益な情報を得ることはできたのでしょうか、元帥」


 奪還軍本部、元帥室。

 軍の最高指揮官である地位を持つ者だけが座ることを許された椅子に腰を下ろした男──ライルカスター元帥は机に両肘をつき、首を横に振った。


「残念ながら、何も」

「例のネックレス……ソテラ=バーティアス氏の結婚祝いと偽ってプレゼントしたものに着けた盗聴器で、情報を得ようとしていたのでは?」

「その通りだ。事実、ソテラが何かを隠していることを匂わせる会話は何度も耳にした。だが、決定的なことは一切なかった。どうもソテラはネックレスを自室に置いてあるらしく、一番セレーナ様と会話をするであろうリビングにはないのだ。仕方ない」

「では、ほとんど無益な会話ばかり、と。あの二人はとても仲がいいことで有名ですから、恋人のように甘い会話をしていそうですね」

「あぁ、凄いぞ。本当に。ソテラなど、こんなことを平気で言うのかというほどのことを連呼している。あぁ、ほとんどがセレーナ様への愛を囁く言葉だ」

「聞くのはやめておきます。任務に支障が出そうですので」


 一応元帥としての秘書をしているので、そんな恋人同士の恥ずかしい会話を聞くのは遠慮しておく。まぁ、私も一応女なので、興味がないと言えば嘘になるが。


「そうだな。あぁだが、一度このネックレスのことがバレてソテラは殺されそうにもなっていたな。すぐに和解していたが」

「セレーナ皇女は、その、かなり独占欲が強い方なのですね。以前お会いした時は、非常に達観していて冷たい目をされていましたが」

「独占したいと思える者と出会った、ということだ。いいことではないか。彼女は出自のせいで冷遇されて来た身であり、今は既に皇族を抜けた身。身分も関係なく気兼ねに恋愛に励むことができるのだから、喜んであげるべきだ」

「……そうですね」


 だったら、新婚そのものと言っていい二人の家に盗聴器を仕掛けるのはやめてあげろよ、と思わないでもないが。


「そういえば元帥。以前ソテラ氏からネックレスに関して聞かれていませんでしたか?」

「あぁ。材質や歴史的価値の意味、特別な特性がないか、などをね。残念ながら、私は盗聴器を仕掛けるために購入したものなので、ほとんど知らないと伝えたが」

「盗聴器を仕掛けるだけなのに、そんな大金を支払わなくてもいいと思いますが」

「本当に結婚祝いのつもりでもあるのだから、いいだろう。どうして材質などについて知りたがっていたのかは、よく知らないがね。だが、問題は起きたらしい」


 バサっと書類に纏められた資料を机に放り投げた元帥は、頭痛を堪えるように額に手を当てた。


「人類領にて、以前確認された影獣と思われる存在に、ソテラの教え子が誘拐され、彼が救出、駆除したという報告を貰った。今後は、国内に常駐する魔法士の数も増員する必要があるだろう」

「厄介ですね。しかも、その発生原因が掴めていません。これが継続するようでは、本格的に奪還を中止し、国内の掃除をする必要も出てきます」

「そうなる可能性もゼロではない、ということを頭に留めておくのだ」


 国の中が蹂躙されてしまえば、一気に立場が危うくなる。

 いや、人類絶滅の危機に晒されるわけだ。それだけは絶対に阻止しなければならない。そうならないために、我々軍がいるのだから。


「あぁ、そうだヨシュア君。この報告と一緒にソテラ君から「ところで、我々の会話から何か掴めましたか?」と言われたのだが、私は殺されるのだろうか?」

「断言はできませんが。私からは、頑張ってくださいとしか言えません」


 自業自得感が強いのと、巻き込まれたくないので、私は上官を見捨てる判断をした。後日、ボコボコにされた元帥が発見されることになるの……だろうか。


     ◇


「結局、何も情報を得ることはできなかった」


 元帥から貰ったネックレス──超小型盗聴器は破壊済み──を掲げながらベッドに寝ころんだ俺は、先日の人型から何も情報を得られなかったことについて、今更ながら落胆していた。

 あの後、竜化を解いた俺はすぐに四人の元に戻り、子供たちをそれぞれ家に送り届けた。彼女たちの保護者には、後日軍から正式に説明があると伝え、簡単な事情だけ伝えて早々に帰宅させてもらったが、流石に俺も疲れていたので文句は言わないでほしい。


「人型は何も喋らなかったんだよね」

「あぁ。あれは何を言っても意味がない。情報が引き出せない以上は殺すしかなかったし、大量のマナを一気に補給できたから、まぁよしとしている」

「……」


 ベッドの端に座っていたセレーナは暫しの間沈黙し、やがて口を閉じたまま、俺の上に覆いかぶさってきた。


「どうしたんだ?」

「ねぇ、そろそろ教えてほしいんだけど」

「何を?」

「貴方が軍を抜けた、本当の理由」


 問われ、俺は心臓が大きく脈動した。

 女は勘が鋭いというか……そんな素振りは見せたつもりはなかったんだがな。だが、セレーナは俺の胸に手を当てているので、先程の心音も伝わっているだろう。隠し事は既に、無理、か。まぁ、そういう約束だしな。


「先に言っとくが、嘘を言ってたわけじゃないからな。部下を皆殺しにした影獣を生み出した、人型の影獣を探していたっていうのも、本当だ。あいつらの無念は、俺が果たさなくちゃならない」

「嘘だとは思ってないよ。けど、まだ何か、別の目的があったんじゃない?」

「……参ったな」


 言いたくはなかったんだが……腹をくくるか。

 セレーナから顔を背け、目を細めて小さな声で告げる。


「俺の寿命は残り少しだ。だから、それまでに人型の影獣を完全に消し去るつもり、なんだよ。それと、奪還の最前線で戦える魔法士を育てることもある。人類量の内と外の問題を解決して……俺が死んだ後も、セレーナが安全に暮らせる世界を作る」

「…………」


 あ~、やっぱり恥ずかしいな。

 面と向かって言うと、余計にな。けど、セレーナは何か心に来たらしく、俺の胸元に顔を埋めてもごもごと喋り出した。


「ん……そうだったんだ」

「残り五年で何ができるかを考えたら、それだったんだよ。流石に限界はあるが、できるところまではやるつもりだ。幸い、その手段は手にしているからな」

「ありがとう。私のために、頑張ってくれて」

「俺の身勝手な我儘みたいなもんだから、お前が礼を言う必要はないぞ」

「でも、感謝はするよ」

「……あぁ」


 俺はセレーナの頭を撫でつつ、ゆっくりと身体を起こす。

 残りの時間で達成できるかどうかは、正直微妙なところだろう。だが、今回の件で人型がいるということは確認できた。なら、それを目指して進むだけだ。歩き進めればいずれ到着する

 俺は時間いっぱい走り続ける。

 奴を、殺すために。


「そういえば、元帥にするお仕置きは決めたの?」

「あぁ、元帥室を丸ごと凍結させるのと、彼の頭に残った毛根を一つ残らず冬眠させるか、どっちがいいかな」

「え~、なんかそれだと生温いし、もっと厳しい奴が良いと思うよ」

「んー……なら──」


 他愛ない鬼畜な話を、俺たちは和気あいあいと続ける。

 こんな時間がいつまでも続いて欲しいとは思うが、現実はそれを許さない。

 ならば、今この時間だけは、楽しいひと時を謳歌しよう。


 有限の命を、悔いなく使い切れるように──。

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どうやら俺の余命は五年らしいので、戦線を離れて塾講師になります。 安居院晃 @artkou

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