第25話 寿命の対価
今から半年ほど前──俺が片足を失い、部下が全員影獣に殺された日のことだ。
あの時、俺は片足を失った状態で殴り飛ばされ、奇妙な祭壇に叩きつけられた。そこで……多分、俺は一度死んだのだと思う。一度は確実に心臓が停止し、現世に別れを告げた。
だが、俺は再び目を覚まし──その時には、この力について頭が完全に理解していた。部下を皆殺しにした影獣を一方的に蹂躙し、血と肉の香りに釣られた影獣を更に虐殺した。
恐らく、この力があれば領土の奪還は遥かに進むことだろう。もしかすれば、奪われた領土全てを奪還できるかもしれない。
けど、俺はその道を選ばなかった。成し遂げなければならないこともあったし、それ以上に、この力は人の身が扱うには、利用するにはあまりにも強すぎる。
だから俺は力を隠し、部位欠損を理由に、軍を抜けた。
◇
黒い宝玉を握りつぶした瞬間、俺の身体には大きな変化が訪れる。
周囲に強烈な冷気を放つ氷が広がり、身体がドクンと大きく胎動。全身が黒い鱗で覆いつくされ、鋭い爪を持つ巨大な両腕。下半身は一つに繋がり、蛇のように巨大な尾が伸びる。顔は……自分からは見えないが、大きな口腔に角、硬質な蒼瞳が輝く凶悪な竜のものとなっているのだろう。
今の俺は人外の怪物──災いを齎す、黒竜だ。
『…………は?』
呆然と呟きを漏らす人型とイーターを見下ろし、俺は口腔を開いた。
【雑魚が……】
あらゆるものを凍てつかせる氷の吐息を吐き、鋭い視線とよく響く低い声音で、奴らに殺気を向ける。それだけで、人型は膝を折り、イーターはゆっくりと後ずさる。
やはり、雑魚は雑魚だった。あの全力の殴打で俺を殺すことができなかった時点で、それはわかっていたことだが、少々失望を隠し切れない。
竜化した腕でイーターを掴み、一息に握り潰す。
熟れた果実の絞りカスのように内臓をまき散らしたイーターは断末魔を上げることすらなく絶命し、その残骸を無造作に壁に叩きつける。飛び散った臓物や血液は俺の身体から発せられる冷気に当てられ、凍結。
手下があっさりと殺された人型はもはや震えることすらなく、頭上で神のように鎮座する俺を見上げた。
『なんだ、それ……』
【まだやるか? 降参なら早くしろ。どっちみち殺すが】
『……だろうな。態々敵を生かしておくことはない』
既に勝機はないと見ているらしく、人型は無気力な声音でそう告げる。
勿論、こいつは殺す。人型の影獣は通常の者よりもかなり危険だ。能力は勿論のこと、人間の領域内に侵入している、というだけで重大なこと。俺が実際に領域内であった人型はこいつが初めてだが、恐らく他にもいるだろう。いや、寧ろ居てくれなければ困る。
【殺す前に、幾つか答えてもらおうか】
できる限り情報を引き出してから殺す。拷問官でも、質問せずに嬲り殺す者はいないからな。
せっかく出会えた念願の人型なのだから、流石に少しは有益な情報を持っていることを期待して、俺は問いかける。
【お前は、赤い髪に菱形の仮面をつけ、両手に星型の穴が開いた人型影獣を知っているか?】
『両手に、星?』
俺の質問を聞いた人型は呟き、わけがわからないという反応を示した。
『そんな人型は見たことがない。そもそも、赤い髪など影獣には存在しないはずだろう』
【人型に関しては情報があまりにも少なく、ほとんどわからない。だが、知らない、か】
早々に期待が打ち砕かれたか。
だが、まぁ仕方ない。一撃でジャックポットを狙うのは、流石に無理があるというもの。夢は遠くにあるから向かうもの、ということで追い続けるしかない。
ならば、次だな。
【お前はなぜ、あの少女を狙い攫った。事前に鳥を飛ばしていたのもお前だな? なぜ、どういう理由で彼女を狙い、どのようにして彼女の存在を知った】
『……』
一瞬の間逡巡した人型は顔を背け、先程の俺のように、口元を歪めた。
『それも、わからない』
【そうか】
少しでも得れると期待していたのだが、残念だ。
拷問でもすればいけるかと思ったが、そもそもこいつらに痛覚があるのかわからない。それに、今の竜化した状態では、一瞬で殺してしまうことになるだろう。凍結か、永久に闇を彷徨うか。どのみち情報を聞き出すことができない以上、こいつを生かしておく価値はない。
あまりにもあっさりとついた勝敗。
それに同情することはなく、俺は人型に向けて口腔を開き──強大な顎と牙で、貪り喰らった。
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