鯨よりも深く~学者峯岸浩太郎の休日~

達見ゆう

野郎だけの海遊び

「ひゃ~、暑いぜ、ギラギラしてるぜ」


 ボブはスキンヘッドにサングラスと海坊主みたいなカッコをして呟いた。


 今日は推しロスが続いてる僕のためと言う名目で今回の休暇で同僚のラボメン達数人とカブトガニを見に海岸へやってきた。

 確かに生き物大好きだし、十七年セミが現れた時にはしゃいで写真を撮りまくり、標本を作り、セミのお墓まで作ってセミロスにまでなった僕を見ていろいろ心配してくれたのはわかる。カブトガニは僕も好きだ。


 しかし、ボブ本人はハッキリ言わないがスーザンとは別れたらしい。カブトガニ観に行くと行って海までナンパかもしれない。野郎ばかりで海へ行くのは釣りかナンパのどちらかだ。


「コータロー、どうした? 浮かない顔してるな。まあ、いろんなロスが続いたからな。カブトガニはいいぞ。なんせ生きた化石だ。あの独特のフォルムに強そうな尻尾……」


 前言撤回。ボブの饒舌さからしてカブトガニ好きはガチのようだ。


 他の皆もどこだどこだと探している。まるで皆して子供に戻ったようだ。いくつになっても男は海辺で少年みたいにはしゃぐのは万国共通らしい。


「アメリカカブトガニは浜辺に現れるのか。日本のだとどうだったけな」


「ああ、日本にもいるのだっけな」


「昔は漁師の網に引っ掛かる厄介者だったけど、今は絶滅危惧種だ。で、なんでこっちのカブトガニは浜辺に来るのだ?」


「産卵のためさ。海亀みたいだな」


 産卵……うう、海洋生物もリア充なのに僕と来たら……。


「産卵そのもの見られるかわからんが、春の風物詩を見るというのもいいぞ」


 謎の落ち込みをした僕を慌ててフォローするボブは良い奴だ。


「うう、私は深い海の底の貝になりたい」


「なんだそりゃ?」


「日本のなんだっけな、ドラマか小説のタイトルだ。いろいろあって厭世的になった主人公がつぶやいたセリフだがうろ覚えだ」


「貝だなんてよしとけ、他の魚や鯨のエサになるのがオチだ。どうせなるならどーんとでっかく鯨になれよ」


「うーん、鯨は日本人に食べられるからなあ。僕も鯨の竜田揚げ好きだし、ってアメリカ人には禁句だな」


「ああ、発言内容も問題だが、考えがとことんネガティブだな。じゃ、鯨より深い所に生きる生物になりゃいい。少なくとも人間には食われん」


「どうだろうなあ、ダイオウイカやリュウグウノツカイなどの深海魚が採れたニュースがあると『どうやったら美味しく食べられるか』と真剣に考える国民性だし、猛毒のフグ卵巣を毒消しする技術もあるからな」


「食に対する執念はチャイニーズが一番と思ってたが、ジャパニーズも大概だな」


「ダメだ、周りに怒られるけど鯨が食べたくなってきた」


「お前な、その発言を皆の前でしてみろ。重りを付けられてそれこそ鯨のエサにされるか鯨より深く沈んでダイオウイカ辺りのエサにされるぞ」


 僕達がそんなバカな会話をしているとちょっと離れた所にいたジョージが叫んだ。


「おーい、カブトガニがいたぞー! 二人とも来いよ!」


「えっ!! ホント! どこどこ??」


 僕はは真っ先にジョージが呼びかけた方角へすっ飛んで行った。


 そこには二匹のカブトガニがちょうど交尾していた。しばらくすると産卵して、孵化して海へ帰って行く。ウミガメと同じだ。


「……自然っていいものだなあ」


 僕はなんとなしに口にしていた。アメリカカブトガニも日本ほどではないが、数が減ったと聞く。願わくば少しでもこの子達が生き残りますように。


「コータローは良い奴なんだが、いわゆる『良い奴』で止まるのだろうなあ」


「俺もそう思ってた」


「僕も」


「俺もそう」


「カブトガニだって求愛行動するし、鯨なんて結構な音量でラブソングを丸一日ぶっ通しで歌うぜ。コータローに足りないのはそういう押せ押せなものだな。野生動物に負けてるよ」


「うーむ、我らでなんとかできないか」


 遠くでボブやジョージ達が何か話しているが、今はこのカブトガニ達を見守っていよう。海っていいなあ。





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