第5話 魔宴
ずっと片割れをなくしたみたいな満たされない気分だった。なにをやっても楽しくなんかなれなかった。いまの自分はどっかからの借りものだって気がしてた。
気のせい?
それでもいいんだ。今夜なにか答えが出るはず。私の頼りにならない直感。いっつも間違う。それでもいいんだ。
「行くのか?」
すぐうしろから聞こえた声にびくっとして振り返ると
「後悔しねえな?」
そんなのわかるもんか。
「止めるの?」
「止めたかったけど……決めるのはおまえだ」
「いっしょに来る?」
「あたりまえだ。どんだけウザがられようとおれはついてくって決めてんだよ、ずっと前から」
ありがと。あんたってほんとは心があったかいのにがさつな言いっぷりはどうしたって直らないね。司の顔を見あげて、安心して私は目をとじた。そしてふたたび目をあけたとき、私と司は学校の屋上にいた。
月は満月。あいにくの曇天にうごめく人影。くろぐろと夜空一面にひろがる雲の手をかわし月は赤くあやしくかがやいて、夜の屋上を照らしていた。
「あら。けっきょく司も来たのね」
ふり返った真帆は全身真っ黒のマント姿。夜に半分とけながら真帆はつめたく言った。
「最後まで見守ると決めたからな。
「ちょうど一年前の夜だったわね」
「ヴァルプルギスの夜?」
それが合言葉だった。刹那、閃き、そして暗転。まっくらな世界のとおくから声が届く。
「思いだした? おかえり、貴理子。世界を救った魔女」
…………思いだしたよ。ただいま、みんな。呪われた魔女たち。
悪魔はときどきいたずら心で世界をむちゃくちゃにしてしまう。そんなとき悪魔は自分の手を汚さない。かわりに魔女に力を与えるのだ――世界を狂わすほどの力を、魔女自身にも制御できないほどの力を。
大人たちに隠れてひらいたヴァルプルギスの魔宴。佐和子はとびぬけた力をもつ魔女だった。ダイヤモンドの原石みたいなきらきらした魔力をたまたま見つけた悪魔はいと
目をとじてまたあけるまでのあいだに、学校のまわり一円の人間がみな死んだ。魔力に耐性のある魔女たちだって立ってるのがやっとだった。さえぎるもののなにもない燎原を火が草をなぎたおすように死はどんどんひろがった。一刻の猶予もならなかった。
「なのに私にはできなかった。いちばんのライバルで、親友だったのに」
ちがうよ真帆。だれかがさーちゃんを殺さなきゃなんないなら、それは私でなきゃいけなかったんだ。さーちゃんは私の片割れだもの。さーちゃんがそう言ったんだもの。
「ちがう、おれがやらなきゃならなかったんだ。おまえが佐和子を殺すなんて、そんなことあっちゃいけなかったんだ。佐和子はおまえのふたごの姉だったのに」
そして司は、さーちゃんのいいなずけだった。いままでありがと。私のお義兄ちゃんになるはずだったひと。
ふたり仲睦まじいのを見るのが幸せだった。私はさーちゃんにも司にも真帆にも似合わない落ちこぼれだったけど、そんなことどうだってよかったしみんなのちょっとうしろを歩くのがほんとに幸せだった。だってさーちゃんは私をたいせつな片割れだって言ってくれたもの。私もさーちゃんのことたいせつだったもの。
だから暴走して止められなくなったさーちゃんを止めるのは私でなくちゃならなかった。
さーちゃん。世界じゅうの人間を救うかわりにさーちゃんが死ななきゃならない理由なんてあったのかな。いまでもわかんないや。でもあのときさーちゃんの目が、理性をなくしたはずの目が、私を見て「殺して」って言った気がしたんだ。当てにならない私の直感。自分の直感を私は呪うよ、この先ずっと。
世界を救ったご褒美に、世界は私の記憶を隠した。私がふたごの姉を殺した記憶をさーちゃんごときれいに消した。
世界はやさしい。そんなやさしい世界を、私はけっしてゆるさない。だからさーちゃん、あなたも私をゆるさないで。
(了)
魔女と世界の隠し事 久里 琳 @KRN4
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