第4話 招待状


 半分かわいた川底から草がぼうぼうに伸びて、ときどき私たちの行く途をじゃました。その一本をひょいっと真帆まほは手折った。

「この草をもってて」

「草?」

 見たことない草だった。茎のてっぺんで糸みたいに細い葉っぱがたくさん放射状に生えている。みどり色した彼岸花みたい。

「そ、カヤツリグサ。ただしくはカミガヤツリ。むかしはこの草からパピルスをつくったのよ」

 はじめて見た草だった。そのはずなのに、直感した――私はこの草を知っている。

佐和子さわこが好きだったのよ、パピルス紙。妙な趣味よね」

 草を手渡されたとき感じた。やっぱりこの手ざわりには覚えがある。

「まだ思いださない? つめたいのね。佐和子はいつも貴理子きりこのこと見守ってたっていうのに」

 真帆の目がきつく燃えあがった。そう言われるとなんだかわるい気がして、いまにも消えそな頼りない姿の草に目を移した。

「あの子のきもち、あんたわかる?」

 ごめんわからん、さっぱりだ。佐和子ってだれよ。


 なのに心がさわぐんだ。

 どうしてわからんなんて言うかなあ、忘れるなんてひっどい、あはははとやけにあかるくわらう声が聞こえた。でも怒んないよ、私たちずっとそばにい過ぎたからなあ、ほんとやばい、だからすこしのあいだ離れるのもいいかもね。

 すこしのあいだ? そう、ほんのすこぉし、一年か百年か千年ぐらい。でもまた会えるよ、だってさーちゃんときーちゃんはね、貝の片割れなんだ、重ねるとぴったり合うの。きっとまた会える。だから泣くんじゃないよきーちゃん。

「泣いてないよ」

 思わず答えたとき、わたしはベッドのうえでカミガヤツリの草を握りしめて、頬にはほんとに涙が流れていたんだ。それは夢なんかじゃなかった。幻聴でもなかった。たしかに私の耳もとで、なつかしいくすぐったい声が聞こえた。

 みどり色の彼岸花に涙が落ちて、涙は花のような葉のうえでこなごなにくだけた。それは招待状だとあんにゃろうは言った。


「来るか来ないか、貴理子が決めるのよ。あんたが来たいと願えば、どんな邪魔が入ったって、その草があんたをあるべき場所へと連れていく」


 てのひらのうえのカミガヤツリを見つめて、私は決めた。

 真実を知りたい? ちがうね。そんな高尚なんじゃないんだ。

 魔宴への招待状。ヴァルプルギスの夜。世界はなにを隠しているのだろう。


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