さいごに

 父は入院後、二か月ほどして亡くなった。そして、父が亡くなってから三か月を経過した現在(2021年10月1日)に本手記の最終改稿をした。


 父の入院中は、頭を掻きむしながらうなり声をあげて叫びたい衝動に、何度も駆られた。そんな二か月だった。


 正確には、何度かそうしているから「衝動に駆られた」というのは間違いで。いや、まだ間違いがあって、今でもひとりで車を運転しているときに父を思い出すとそうなることがあるから、過去形でもない。気持ちの整理がつくまでに年単位で時間がかかるのかもしれない。


 思い返せば、僕はうぬぼれていたのだと思う。


 2019年の暮れ。中国国内で話題になった新型コロナのネットニュースに肝を冷やした。


 ──これがSARS(サーズ)クラスだとヤバいよな。


 それからテレビとネットで情報を入手する毎日が続いた。


 第一波の頃、どんなウィルスかも分からないからとにかく気を付けなければと思い、通っていたジムも休会し、仕事場として借りていた事務所で寝泊まりする生活を開始した。高齢の両親との自主隔離のつもりだった。近親の者にも気を付けるようにというメッセージを送った。


 ところが、日本国内では死亡率も低く、むしろマスコミの煽り報道が気になり始めた2021年4月某日。


 飲食店事業を新規数店舗で始めたばかりの知人社長が自ら命を絶った。この事件のショックも僕にとっては相当大きくて、「新型コロナは正しく怖がって、経済は止めるべきではない」という気持ちが強くなった。


 それ以降は、テレビよりネットを中心に新型コロナの情報を収集し続けた。仕事の関係で複数の医師の知り合いがいたので、適宜方々ほうぼうから情報を仕入れていた。


 おおむね、第三波までは僕の周囲の医師たちの見解はこうだった。


「新型コロナは、そこまで怖がる病気ではない。インフルエンザレベル。ただし、インフルエンザと同様、基礎疾患のある高齢者はリスクが高いから気を付けるべき」


 僕自身がうぬぼれていたのは「自分は情報弱者ではない」という意味だけでなく「予防もしっかりできている」という意味においてもだった。


 新型コロナ禍で仕事にも相当影響があったこと、そして、実家に空いている部屋が多かったことから、仕事場自体を実家に移転させて、コロナ禍以前の実家暮らしを再開させたのが2021年3月だった。


 それから2か月もたたないうちにこの有様だ。


 ちなみに、僕の知人医師の方々は、第四波で見解がみな変わった。


「第四波の変異株はインフルエンザよりもヤバい」


 父を亡くした原因の一端は自分のうぬぼれや甘い考えにあったという自責の念。友人からどんなにあたたかい言葉をかけられてもこれが消えることはない。


 それでも、やはり「さざ波」程度で医療崩壊が起こる我が国の現状は憎い。新型コロナより憎い。兵庫県も神戸市も、もっと早くから病床を増やしたり、保健所職員を増やしたりできたじゃないか。そういう意味で新型コロナ対策を怠ったというべき首長たち公務員も憎い。(ちなみに父はワクチンを心待ちにしていた。ワクチンが遅かったことに加えて、たくさんのワクチンを無駄にした神戸市は本当に最悪だ)


 それでも平然といられるのは、最前線にいらっしゃる医師、看護師、保健所職員の方々の献身があったからだ。


 この方々がこの手記を読んだときに不快になるのでは?という懸念もあったけれど、医療体制の改善がなされたら現場の方々にとってプラスになる話だと確信している。


 老害ということばは、敬老の精神に欠けるから使いたくないというポリシーだったけれど、高齢の政治家たちの腰の重さは老害以外のなにものでもない。


 こうやって、愚痴満載の手記を書いたところで父がかえってくるわけでもないのに。


 さいごに、この手記の本来の目的を果たすべく、我が家の体験から感じたあまり世に出ていないと思われる情報をまとめたいと思います。(※実際、僕は医療従事者でも専門家でもない点は予めご承知おきください。ここからは敬体表現に改めます。既出の情報もあるかもしれません。一応、高校時代の同級生で、コロナ重篤患者を診てきている医師も読んでくれています。)


 1 体温計の妙

 我が家には、ある有名大手会社の体温計が3つありました。1つは前から我が家にあるもの、もう1つは僕の事務所用で僕が携帯していたもの、そして残りの1つは、僕と母が陽性で寝込んでいる間に、陰性の父が慌てて新しく購入したもの、です。


 後で分かったことですが、僕がその3つで体温を測ると、3つとも結果が違いました。父の購入した体温計が一番低く計測され、母が使った我が家のものが一番高く計測されます。この違いは、体温計測が予測でなされているかどうかの違いのようで、計測秒数にも差がありました。驚いたことに約1度もの違いがありました。


 これにより、父は熱がなく大丈夫だと油断しやすくなった可能性があります。日々の平熱からどれくらい上がっているのか、という見方も重要だと感じました。新型コロナにかかったときは使い慣れた体温計を使うべきです。


 2 動脈血酸素飽和度計測器パルスオキシメーター

 自治体によって違うかもしれませんが、神戸の保健所からの動脈血酸素飽和度計測器(パルスオキシメーター)の貸し出しは一家に1台です。家族で陽性、陰性が分かれた時は、2台あるのが望ましいです。裕福な家や、医療関係者は手に入りやすいかもしれませんが、我が家の備えは0台でした。これは我が家の失敗のひとつだったと思います。


 我が家は当初、父だけが陰性でしたが、あれこれ家事をしている間に陽性に変わっていた可能性があります。父が検査で陽性となって計測した時にはすでに体血中酸素飽和度は80%前半でした。陰性の間、陽性の家族と接触しないようにすることから、一家に1台しかなかった計測器は陰性者の父に回らず、それが父の病状把握に多かれ少なかれ影響したことは否めません。


 3 家庭内感染時、陰性者も安静に

 陽性者はもちろん、家庭内感染時は、陰性者であっても要警戒です。大丈夫だと思って陽性者のために動いてしまいがちです。我が家では父ががんばりすぎました。他にいろんな不運が重なったこともありますが、第四波の変異株の感染力からしますと、検査結果で陰性となった後のどこかで、表面上は無症状のまま、新型コロナが父の体(特に肺)を蝕んでいた可能性があります。とにかく可能な限り、家庭内で陽性者が出たら、陰性者の方もいっしょに安静にした方が無難だと思います。(出前を活用したり、別居親族に買い物を頼んだりして)


 4 極度の寒気

 風邪などで熱がある場合、寒気を感じるのは典型的な症状です。ですが、知人のコロナ罹患者の中にも、今まで経験したことのないような極度の寒気がしたと言っていた方がいます。僕の父の場合は(状況証拠からですが)極度の風呂嫌いなのに風呂に入り、そして、浴槽内で重症化し意識を失いかけていました。最近はこの「極度の寒気」の話も散見されるようになりましたが、高齢の方はいつも以上に入浴に注意が必要だと思います。そもそも風邪の時の入浴は避けるか、短時間入浴厳守ですよね。


 ちなみに、僕と母は、ダウンジャケットを着て横になっていました。僕も母も寒いときに部屋着としてのダウンジャケットを常備していたのですが、父にはこの習慣はありませんでした。後に母は「4月なのにダウンジャケットを着てちょうどよいくらいだった」と言っていました。


 5 重症化した場合の携帯電話

 万が一、ご自身又は大切な人が重症化した場合、入院時にはなんとか携帯電話をもっていくべきです(できればスマホが望ましいですが使いこなせていることも大事な条件です)。若い方は言われなくても持参するでしょうけれど、高齢の方は携帯電話を持ち込まないケースもあるようです。入院時に家族との連絡手段があるかどうかは結構重要です。


 他の自治体はどうか存じませんが、神戸ではiPad面会を初期から取り入れています。ですから、入院した患者との接点が全くないわけではありません。


 ただ、父がスマホをもっていってなければと思うとぞっとします。僕と母は、父と最期までスマホを通してやり取りができていました。(※病院によっては携帯の持ち込みを禁じているところもあるかもしれませんが、父の入院先は病室内での通話をできるだけ避けるようにとのことで持ち込みはOKでした)


 6 亡くなってしまった場合

 この点はあまり考えたくはない方も多いと思いますが、体験した僕としては伝えたいことのひとつです。現状では、新型コロナで亡くなった場合、病院から火葬場に直行するという選択肢しかありません。ですが、病院から出棺する前に少しだけ拝顔はいがん(棺の中の故人の顔を拝めること)ができる可能性があります。これはこの1年間で改善された点です。ただ、これには①病院の方針と②葬儀屋選びが重要になります。


 ①は病院が認めてくれないならどうしようもないかもしれませんが、①病院が認めてくれても②葬儀屋の中には「顔は拝めません」と言い切るところが複数ありました(神戸市内の話です)。入院してから直接会うこと叶わず、お骨になってから再会となるのはあまりに残酷です。拝顔させてくれない葬儀屋は断ってください。


 5 医療崩壊

 兵庫県も神戸市も、新型コロナによる死亡率が最悪となりましたが、主たる原因は医療崩壊と保健所のパンクです。僕の父をはじめ、新型コロナに罹患し重症化してしまった人だけでなく、別の病気で人工呼吸器がまわってこなかった方もいました(僕の友人のご家族の話)。


 医療崩壊が起きるかどうかの一番の目安は病床使用率です。感染者数に焦点があたりがちですが、厳密にはお住まいの『市町村レベル』で病床使用率にも注目すべきです。


 ですが、この手記で一番伝えたい医療崩壊の件は、この点ではありません。


「さざ波」程度で医療崩壊する、脆弱な医療体制の改善の必要性です。これを放置し続けている方々に対する怒りは今も強くあります。少なくとも兵庫県、神戸市では、2020年4月の第一波から2021年4月の第四波までの1年間、『本気で』医療崩壊を防ぐために動いた方はいないのではないでしょうか?(※追記、第五波を迎えて、ようやくこの点の改善の動きが全国的に活発になったと感じています。第四波で目を覚ましてくれていたら、第五波の医療崩壊はもっとマシだったのではないかと心残りではありますが)


 それでも、つきつめていけば、そんな首長を選んだのは自分も含めた県民、市民です。若い世代、お子さんがいらっしゃる方はお子さんの世代に、どんな地域社会を残してあげたいのか、これを機に改めて考えなおすべきではないでしょうか。


 我が家のような事態が少しでも減るように、できれば今後だれにも起きないように、強く願っております。


 決して、過度に怖がらせたり、煽ったりする意図は手記掲載当時も今現在もありません。ワクチンを打てと主張するつもりもなければ(※追記、ワクチンは統計データ的に重症化を予防する効果は相当ありますね)、オリンピック、パラリンピックに反対する意図もないです(※追記、現在では実施できたことは良かったと思っています)。むしろ、父を亡くした今でも「はやく経済を元通りにすべきだ」という思いの方が強いです。


 それでも、この手記で不快な思いをされた方や気持ちが沈んだ方がいらっしゃるかもしれません。その方々には申し訳なく思います。ご容赦ください。


 最後まで読んでくださった方々、本当に心より感謝しています。この手記はもう少し推敲を重ねて改稿し、多くの方に読んでいただけるものにできればと考えております。


 2021年10月1日に最終改稿致しました。一部、そのまま残して追記する形を取ったので読みにくかったかもしれませんが、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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親父はコロナではなく医療崩壊に殺された。それでも親父は最期に僕を三度救ってくれた。 けーすけ @kokupro

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