第421話:コーヒーブレイク
「ほい」
「ん。ありがと」
知佳にコーヒー(らしき飲み物)の入ったカップを手渡す。
時間は深夜。
部屋は薄暗く、ランプの仄かな明かりのみが俺たちを照らしている。
いつの間に買ったのか、半分くらい透けている白いネグリジェが艶めかしい。先程までハッスルしていたというのにもう元気が出そうだ。
ちなみにスノウとルルは疲れて寝ている。
ソレイユも別室で就寝中である。
「そういえば、悠真」
「うん?」
慎み深い胸元を見ていたところ、知佳に声をかけられる。
「明日にでもギルドから声をかけられると思う。魔力税のことで」
「……魔力税?」
「そう。ギルドとの契約を結んだ時の書面にも書いてあった」
そういえば文字の形を覚えておくとか言っていたな。
後で契約書の内容を解読できるように。
普通そんなことできないと思うんだが、知佳が普通じゃないことなんて今更である。
「魔力が税金みたいに取られるってことか?」
税金。
綾乃に基本投げっぱなしではあるが、とんでもない額を取られることになるということだけは知っている。あまり大きな声で言うことではないのだが、この間は市役所なのか市議会なのか県職員なのかよくわからないお偉いさんが事務所に来てあれこれ欲しい施設やサービスなどをたずねられた。
ルルが「要は引っ越すなってことだニャ。腕の良い冒険者にはあの手のがよく来るニャ」と鋭いことを言っていたが、俺はあまり深く考えないことにした。
そういえばとある少年漫画の漫画家のために空港までの一本道が作られた、みたいな都市伝説もあったなあ。
魔力税。
めっちゃ取られるんじゃないの、俺。
「所得税みたいに人によって変動するものじゃなくて、一律みたいだけど」
俺の嫌そうな顔を見て察したのか、前もって俺の魔力徴収されすぎ問題は解決された。
「厳密には魔力税って名前でもない。私がそう解釈しただけで」
「なるほど……しかしなんのために魔力を集めるんだ?」
「このランプ」
知佳が指差すのは俺たちを仄暗く照らしているランプだ。
「何で動いてると思う?」
「何って…………なんだ? 魔石じゃないのか?」
俺たちの世界であれば電池だし、ルルたちの世界であれば魔石のエネルギーだ。
まあ俺たちの世界でも魔石のエネルギーで動くものは既にあるが。
「違う。これは魔力で動いてる」
「へえ……?」
魔道具なんてものがあるとは聞いているので、さほど驚きではないが……いや、魔力?
だからこの世界から魔力が消えてるんじゃないのか? と一瞬思ったが、結局使った魔力は魔素となって世界に還元される(はず)のだから関係ないのか?
「スノウもあまり詳しくはないみたいだけど、魔力でものを動かすより魔石のエネルギーで動かした方が効率は良いらしい」
「じゃあなんで魔石で動かさないんだ?」
「その技術がない……ってことだと思う」
そんなことあるのか。
でも俺たちの世界でも結局その技術は多分セイランたちがアメリカにもたらしたものだということが判明しているし、そういうものなのかもしれない。
それにこの世界のダンジョン、異様に難易度高いし。魔石を研究するだけの余裕がない可能性もある。
「つまりはこのランプの中に魔力を貯めておける電池みたいなのがあって、それで動いてる感じか?」
「そういうこと」
ふうん。
その動力を確保するために魔力税なるものがあると。
それで足りるのだったら他の動力源が発達しないのも納得ではある。
俺たちの世界でも、あらゆるエネルギーが発明される前に魔力や魔石でのエネルギー活用が発見されていたらそれらは存在しなかった可能性だってあるわけだし。
……あるかなあ。わからないことはわからないで済ませておこう。知佳が身近にいることで、無駄に賢ぶらない方が良いということがある意味身にしみている。
「……魔力が動力源の世界なのに、魔力が減ってきててもあまり問題視されてないのか?」
「私たちの世界でも化石燃料が減ってきててもあまり問題視されてなかった」
「まあ、そう言われるとそうなんだけど……」
どうにも腑に落ちない。
あと12年だぞ?
化石燃料は何十年とか何百年とか先になくなるかも、みたいな話は確かにあったがあと12年という具体的な数字で差し迫っているのに。
「これは私の推測だけど」
微妙そうな顔をしている俺を見て、知佳が付け足す。
「民衆がパニックに陥らないように誘導されているような気がする」
「誘導?」
「この世界のメディアのようなものに」
「パニックになってもどうしようもないし、そうするのが正解ではあるのかなあ……?」
他に方法がありそうにも感じるが、この世界のことに詳しいわけでもないしなんとも言えないな。
「今のところ情報が少ない中で判断はできない。けど、きな臭いのは確か」
「また世界が滅びる滅びないの話かあ……」
とは言え。
流石にこの世界を救うために種馬になったりする気はない。
というか、そんなことよりまず俺たちが元の世界に帰る必要がある。
それに俺たちの世界だって12年以内に滅びそうなのだ。
どうこうするにしたってその後である。
セイランたちのようなある意味共通の外敵がいるのなら俺でも役に立てることはあるかもしれないが、世界中の魔力を補うほどの種馬になれというのは流石に非現実的な話である。
しかしやっぱり見て見ぬフリというのもなあ、と思ってしまう自分がいる。
難しいところだ。
「ところで、帰ったあとのことだけど」
カップを机に置いてじっとこちらを見る知佳。
「この世界と私たちの世界を行き来できるなら、魔石を買い取るべきだと思う。管理局が主導ってことにして」
「魔石が安いからってことか?」
「精々綺麗な石くらいの扱いだから、比べ物にならないくらい安い。莫大な利益が生まれることになる」
それは俺もちょっと考えたことだ。
細かいところは綾乃に任せようと思っていたが、管理局主導と来たか。
「妖精事務所で取り仕切るには規模が大きすぎる。それに好きにやっても値崩れしかねない」
「だから管理局に任せるってわけか」
管理局に任せるってのは要するに国に任せるということと大差ないが、柳枝さんがいればその国に好き勝手されるということもなく上手いことやってくれるだろう。
また柳枝さんに頼ることにはなってしまうのはちょっと心苦しくはあるが。
「でも綾乃とかと相談しなくていいのか?」
「後で相談はするけど、悠真のモチベーションにも関わることだから」
「モチベーション?」
「どうせ見て見ぬフリはなあ、とか思ってるでしょ」
「……まあ、そうですね、はい」
知佳の隣に座りながら認める。
どうやら知佳さんにはお見通しであるようだ。
「貴重な交易相手がそのまま滅んでいくのは惜しい。そのうちこの世界の問題にも首を突っ込んでもいい」
「まずは元の世界に帰ってから、だな」
「そういうこと。優先順位がついているのなら、良し」
ぽんぽんといい子いい子するように頭を撫でられる。
座っている状態でも身長差があるのでちょっと腰を浮かせて背伸びしているのが可愛い。
「帰ったらWSRの上位陣を集めて色々直接指導したいな。魔法の使い方とか、魔力の感覚とか。逆に教わることも多いだろうし」
「悠真が言うと変な意味に聞こえる」
「流石にそこまで節操なしじゃないです」
誠に遺憾である。
しかし10位以内にいる女性陣四人のうち二人(未奈さんとローラ)とは既に関係を持っていて、一人(ミンシヤ)とは知り合いで一人(イザベラさん)には嫌われている? 状態なので、実質全員と関わりあいがあるんだな、俺。
「冗談はともかく、全体的なレベルアップはやっぱり急務だと思うんだよな」
「あながち冗談でもないけど……どうやるの?」
「とりあえず一緒にダンジョン入って直接戦ってるのを見てもらうとか、魔法なんかのレクチャーが必要ならしたりってところかなあ。なんだかんだ全員プロだから、手取り足取りってほどじゃなくてもなんとかなるだろうし……ん?」
知佳が細っこい脚を俺の膝の上に乗せてきた。
「私は手取り足取り教えてほしいな……」
そう言って上目遣いでこちらを見つめてくる。
「…………なんだその不意打ち」
明らかに知佳のキャラじゃないのに、迂闊にも心臓が爆発するかと思った。
そもそも見た目が可愛い全振りなのだから何したって可愛いに決まっているのに。
「悠真が既存の二人はともかく残りの二人にも手を出さないように、虜にしておこうと思って」
既存の二人ってのは未奈さんとローラで、残りの二人ってのはミンシヤとイザベラさんか。
まあ、あれだな。
要は2回戦が始まるってことだ。
ダンジョンのある世界で賢く健やかに生きる方法 子供の子 @kodomono_ne
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